問、その関係の名は~返答、アナタが感じたこと~

幽美 有明

問、その関係の名は~返答、アナタが感じたこと~

導き、追従する

 俺は俺ほど醜い存在を知らない。

 誰よりもみにくく、誰よりもおろかで、誰よりもおぞましい。


 それは外見がという話ではない。外見など、ただの肉の塊の、遺伝子による偶然の結果でしかない。肉の塊であるのだから、幾らでも取り繕うことは可能だ。


 内側だ、中身だ、精神だ、自我だ。

 人が生き、積み重ねた時間によって形成されるもの。いかなる手段を持っても、他者が手を出せない形無き存在。


「また愚かなことを考えているの?」


 学校の授業が全て終わり、生徒の姿が居なくなった教室。紅い黄昏の光は、別棟の校舎によって遮られ。しかし赤い黄昏の色を宿した、赤黒い影が教室の中を覆いつくしている。

 教室の窓際にある机に、上体を突っ伏して。腕を囲いのようにし、頭を隠した俺がいる。机の上で寝ているようにも見えるが、だた自分を拒絶していただけだ。


 俺と言う存在に声をかけてきた彼女は、それは澄んだ声だった。人が人であるならば、聞きほれる声。道端で聞いたなら、足を止め耳を傾け聞きほれる声。その声は鈴のような声と言うよりも、夏の風に吹かれてなびく。そう、風鈴の音のようだ。澄んでいて、響く。芯があり、されど儚い。消え入りそうで、しかし耳に残る。風鈴はそういう物であり、彼女の声も風鈴のそれと同一どういつなのだ。


「愚かかどうかは」

「あなたが決めることじゃない、私が決めること。私が愚かと言ったなら、その考えは愚かなのよ。他の誰でもない、唯一あなたにとってだけは。理解した?」

「お前がそう言うならば、それが俺にとっての真実だ」

「それでいいのよ」

「部活は終わったのか」

「終わったからここにいるのよ。さぁ、帰るわよ」


 愛おしき月下美人が、そうだというのなら。いかなる考えも愚かな考えだ。彼女が黒いカラスを白いと言えば、カラスは白くなるのだ。帰るというなら、家に帰らなければならない。他の何もいらない。彼女の声があればいい、他は何もいらない。彼女以外は必要ない。姿すら声すらも。

 椅子から立ち上がると、彼女が右手に紙袋を持っていた。


「その紙袋はなんだ」

「これは贈り物よ。女性と男性からの」

「また、貰ったのか」

「また、よ。贈り物は要らないのだけど、返すのも失礼だから持って帰るわ」


 今日も彼女は、贈り物を貰った。彼女がは要らないというのに、なぜ送るのだろうか。分からない。分からないが、彼女が持って帰ると決めたなら。それが正しいことなのだ。


「今日はハンバーグが食べたいわ」


 帰り道、互いの手を繋ぎながら歩く道。車道側を歩く俺とその隣にいる彼女。彼女はハンバーグが食べたいと言うが、冷蔵庫にひき肉がない。彼女が食べたいなら、何としてもつくらなければならない。そのためにはスーパーによって帰らなくてはいけない。


「材料がない。スーパーで買い物して帰る必要がある」

「じゃあ買い物して帰りましょう。ついでに明日の材料も。明日はそうね……鍋がいいわ」

「分かった」


 手を繋いだまま歩く。

 歩く。歩く。歩く。

 歩く間も手を繋いだまま。先を歩く彼女に腕を引かれ、く道先を先導されて。俺が道迷わぬように、1人にならないように。彼女の首が、時折僅かに動き。後ろに俺がいるか、確認してくる。

 俺が居なくなっていないか、確かめる。

 時を同じくして、握る手の力が強くなる。ただ握っていた手を、『ギュッ』と力を強めて握る。握った手の先には、俺がちゃんと居るのだと確かめるように。1人ではないと確認して、手を握る強さは戻る。

 俺が追従しているのだと、確認している。


 風が吹けばどこかに飛ばされていきそうなほど、彼女という存在は薄い。肉体としての重さではなく、存在の希薄さだ。彼女がどこかに消えてしまいそうだから、俺はその手を握るのだろうか。分からない、俺には何も。彼女に聞けば答えてくれるだろうか。



 無意識的に手を握るのだ。

 無意識的に求めるのだ

 無意識的行動が、もし答えであるなら。


 その手を離さないでくれと思う。

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