第2話 ビチェンパスト王国(1)

 さて国境の尾根を越えたビチェンパスト王国側の街道脇に泊まった私達ですが、翌日はゴーレムに乗ってロマーネ山脈から街道を通って降りています。


 冬の真只中の1月始めですが、街道の雪搔きを駐留する軍と雇われた人足が一斉に出て行っています。

 雪を集める場所や捨てる場所が決まっている様で、効率的に雪を街道から排除していきます。

 彼等は私達のゴーレムを見ても良く見る光景だとでも言う風に見送るだけです。


 街道を上って来るゴーレムに引かれた馬車の一団とすれ違ったので、ゴーレムを使った冬の移動は多いのかもしれません。


 レタと2人でゴーレムに乗ったまま10km下って、先ほど雪搔きをしていた人足と軍の根拠地である砦のあるマルグゲト村に着きました。


 村には下から登ってきたゴーレムに引かれた馬車の集団が居て昼を取っているようです。


 村には馬やゴーレムに引かれた馬車を駐車する場所があったのでそこにゴーレムを止めて、私がゴーレム番として残り、レタが交易所兼食堂へ様子見に歩いて行きました。


 私達の格好は、何時ものボディースーツに偽装で革を張ったミスリルのプロテクターとブーツに手甲、そして裏起毛のフード付きコートをプロテクターの外側に羽織っています。

 特に私は顔を見られたくないのでフードに付いているマスクをしっかり止めて顔を隠しています。


 1コル(15分)ぐらい経ってレタが返って来ました、手に荷物を持っている所を見れば買い物をしてきたようです。

 レタが興奮したように手に持った袋を見せながら言います。

 「お嬢様これを見てください、コーヒー豆とお茶でありますですよ!」

 量は多くありませんが、ここで売られている物の中では高かったのではないでしょうか。

 「お嬢様ご心配なく、魔石と交換しましたからそう高くはありませんです」

 わたしの心配を言葉にする前に察して答えてくる。

 流石交易の国ビチェンパスト王国です、コーヒー豆とお茶が手に入るとはびっくりです。

 街道を少し下った場所に空き地があったので、そこへテントを張って休憩します。

 テントの中から家(神域の部屋)へ帰り、お昼ごはんです。


 コーヒー豆とお茶はカスミ姉ねネエネに取られてしまいました。

 姉ねネエネによるとコーヒー豆は種を乾燥しているだけなので、水に浸したスポンジの上に置いて置けば芽が出るかもしれないそうです。

 お茶は生の葉を乾燥しただけの物で、火入れや強く揉んでいないので培養すればお茶の木が作れるかもしれないそうです。

 どちらも前から欲しかった飲み物ですから、栽培の成功を期待してしまいます。


 昼食後も街道を下っていきます、既に街道の雪搔きは終っている様で凍った雪だけになっています。


 先ほどからすれ違うゴーレム馬車や橇の回数が多くなってきました、今日中に国境の町コキュナトスまで行くのでしょう、交易の荷を満載しています。


 昼11時(午後4時)に街道を下った先、ボットパ村に着きました、20ワーク(35km)程全て下り坂が続いています。

 私達の行く先はこの村から幾つかの峠を越えてロマーネ山脈から離れ海へと続く事になります。


 宿を確保しようとレタが村の中に入って行きましたが、しばらくしてがっかりした様子で帰ってきました。


 宿は何件かあるのですが、全部冬の間は個別の部屋は無くて、宿ごとに大部屋を一つ用意して、部屋中が暖を取れるだけの大きな暖炉で薪をガンガン焚いて宿の人も泊まる人も家畜まで一緒に寝るそうです。


 それだけ冬の寒さが厳しくて、輸送に馬では無くてゴーレムを使うはずです。

 でも秘密を抱える私達は宿には泊まれない事がこれで確定しました。



 人目に付かない街道から外れた森の中を今日の塒にします。

 レタが街道からここまでの雪の上に残った跡を風魔術で消しながら戻ってきます。

 レタを待って一緒に家に入ります。


 レタの聞いてきた話ではまだ1500ヒロ(2250m)クラスの山々が在るそうですが、峠を2つ越えると川の流れる谷に出るそうです。

 そこから道なりに降りていくと20ワーク(35km)程でジェリモネフリッカの町に着くそうです。


 ジェリモネフリッカの町は帝国との交易のロマーネ山脈への起点となる町でビチェンパスト王国中から交易品が集まって大変な賑わいなのだそうです。


 私達もそこでなら泊まれる宿もあるでしょう、物資の補給をレタもしたい様ですし今日はジェリモネフリッカの町で一泊します。


 ボットパ村を出て2つの峠を越えるころ物資を満載したゴーレムの引く橇と人足の集団の先頭を行く300人程の軍の部隊が登ってきました、昨日の雪搔きをしていたマルグゲト村にある砦の人たちと交代するのかもしれません。


 ビチェンパスト王国は交易を大事にしていますが、神聖ロマナム帝国への警戒は決して緩めてはいないというのが良くわかりました。


 雪は降ってはいませんが、寒さの厳しい一日でした、昼10時(午後3時)にはジェリモネフリッカの町に着き、アイとナミも家(神域の部屋)から出て来てもらいます。

 ナミとレタは2人で宿を探してもらいます。


 アイは私と残り、駐車場でゴーレムを土に返して、コアを回収する様子を見ています。

 ここではゴーレムを土に返す専用の場所が用意されていて、そこでゴーレムを解放して土へ戻すかコアからゴーレムを作るかします。


 コアをベルトポーチに仕舞って辺りを見回します、今の時間は交易の隊商がジェリモネフリッカの町に着くには少し早いようで、私達だけです。

 しばらくして幾つかの隊商がやって来たので、馬車を止める場所を決めてそこに馬車を纏めて行く様子を見ていました。


 馬車を止め終わった後、ゴーレム使いたちが、先ほど私がゴーレムを土に返した場所で各々のゴーレムを解放していきます。

 その光景を眺めていると、レタが戻ってきました。


 「お嬢様、宿が取れましたです」と私の手を引いて宿へと連れて行きます。

 この年で少し恥ずかしです、それでもレタの握った手が暖かくて手を離せません。

 アイとナミが後ろから付いて来ます。


 宿は「アマツバメの巣」と言う可愛い名前の割には雪に強そうな急な傾斜の屋根と太い木を丸のまま使ったがっしりした作りの宿です。


 宿の従業員に4人部屋へ案内してもらいます。


 宿の部屋にはセルボネ市の宿で見たことのある空調魔道具があって、部屋を暖かく保っています。

 ジェリモネフリッカの町には3泊するつもりなので、宿には銀貨12枚を払っています。


 部屋でこの後の予定を決めてもらいます、私はこの後直ぐに家へ引きこもる予定です。

 話し合いで、レタはジェリモネフリッカの町を見て回り買い物もするそうです。

 アイとナミは交互にこの宿の食事を食べ、時間が在ればレタとは違う場所を見てみる積りだそうです。


 皆、新しい国、新しい町だからと言ってそんなに興味深い物など多く無いでしょうに、好奇心が抑えきれないようでソワソワしています。

 私は彼女達を解き放つためにも直ぐに家へ引っ込みました。


 家に入って、カスミ姉妹で船について話します。


 レタが帝都で集めた資料と私の徐々に思い出す記憶が元になりますが、今の時点では十分でしょう。


 前々から船旅についてヴァン国に行く商船を見つけて乗せてもらうのはリスクが大きいのではと思っていたのです。


 ビチェンパスト王国は交易が盛んですが主な取引先は。

 東へはドミナント要塞の先に在る大河ドミナの河口にあるモルバヤーシ公国の公都ブヴァストコンツェぐらいから中の海東側まで。

 西は南大陸と北大陸の間で狭まった部分(西の海への出口)ぐらいになります。

 北は北側の大陸(帝国やビチェンパスト王国がある)で中の海に面した場所全域。

 南は南大陸の沿岸部は海賊だらけなので南の大陸へは東か西の一部だけ。


 帝国の海の玄関と言われるミオヘルンと言う大河ワーカムの河口にある港湾都市までは行っていないのです。


 そういえば、私がヴァン国から船で着いたのがミオヘルン市でしたね、それにボネ公爵の領都でもありますね。


 商船に便乗していくとすれば北大陸の西の端サラマンダ・ゴサ国のアンレーネ山脈の麓にあるサラル・セーナ・ロサの町により、そこでアンレーネ山脈を越えた先の国ディジョレン・ヌゥ・ナトネの西の港町カナントまで行く船に乗り換えて、カナントからヴァン国行の船に乗ると言う、乗り換え2回、最低3隻の船に乗る必要が出てきます。


 これを自前の船で行ければ、早くて3月の後半か4月にはヴァン国に着けるでしょう。

 海の魔物に対しては、聖域の結界で対応できるでしょうし、大型のヨットならば作る自信が在ります。

 (どこからそんな自信が出てきた? by大姉)


 海賊対策に火球砲を1門備えれば鬼に金棒です。

 (脳筋の発想なのよ by妹)

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