VSキャトルフィーユ

 どこまでも青空が広がる日、僕はエルとの待ち合わせ場所の浜松城を目指した。やけに気が重い。初めてのライブを見に行くからかな。

 待ち合わせ場所の浜松城につくと出世大名なんとかちゃんとかいうヒゲジジイがいた。見つからないようにする。さてエルは、と。いたいた。真っ白なお城の前で扇風機をあしらったダサいTシャツを着て、ぽつんと突っ立っている。どうやら僕がきたのがわかったのか急に笑顔になって手を振った。僕は気恥ずかしさを感じながらそっちに向かった。


「なんだ、その服。扇風機?」


 僕は気恥ずかしさを誤魔化すように言った。


「おはよ。違うよー。これはキャトルフィーユのオリジナルのシャツ! 扇風機じゃなくて幸運の四葉だよ。フランス語でキャトルフィーユは幸運の四葉って意味なんだ」

「ふーん」


 どうやらかなり入れ込んでいるらしい。エルは頭の形がいいからボーイッシュが似合うな。


「じゃあさっそくライブ会場に行こうよ」

 

 エルは笑顔だ。


「え、デートなんだからもうちょっとぶらぶらするんじゃないの」

 

 そう僕がいうとエルはとぼけた顔をした。


「別にデートじゃないし、たまたまだし」

「急に女の顔になるなよ。気持ち悪いなあ、じゃ行くか」

「気持ち悪くない! かわいい!」


 毛を逆立てているエルを尻目に僕は繁華街の方向に歩き出した。でもライブ会場とはどんなところだろうな。なんとなく暗くて狭いイメージだけど。

 僕らは人にまぎれて歩いた。


「そのキャトルフィーユってバンドとどういう仲なんだ? 知り合いとか言ってたけど」

「えーっとね、学校のOBだったり、静岡大学の人だったり色々。やっぱさー。音楽やっている身としては憧れるじゃん。バンドとかコンサートとかって。浜松は音楽都市だからさー、色々探したんだ。そしたらもう推せるバンドに出会ったんだ。それがキャトルフィーユ! もう美人さんたちばっかだしかっこいいんだよ」


 エルは昔からズレたところがあるから、あまり期待はできない。でも美人の女子大生バンドなんて、こんなローカルな場所ならまあまあ有名なんだろうな。

 

「ここ、ここ」


 エルは地下へつづく階段を指差した。奇妙なチラシが壁にたくさん貼ってある階段を降りると分厚い扉が現れた。なんか緊張してきた。扉を開けるとすぐさま中の音が漏れ出てきた。人が大勢いる気配がする。湿度も高まった気がする。

 

「いらっしゃい」


 気だるそうなお姉さんの声。受付の人だった。僕らはチケットを渡した。なんというか暗いし黒いし狭いし妙にあかりが怪しい。何というか異世界だ。匂いはゴムっぽい気がする。奥にはドアのない扉があり中の様子が少し見える。僕はそこまで歩いた。どんな未知の世界が待っているのだろう。


 僕は敷居を跨いだ。


「狭っ!」


 思わず口に出してしまうくらい狭かった。いや、狭すぎだろ。牢獄かと見間違うくらいだった。雑なライトが焚かれていてまるで誘蛾灯のようだった。そんなところに人が大勢いるもんだからもう入れない。


「入って、入って」


 エルが後ろから押してくる。この人だかりに割って入っていけと。気が進まない。


「すいません、通ります」


 僕らは前の方にやってきた。ステージちかくらしいが、ステージといってもちょっと足場があるくらい。バンドで使うだろうマイクスタンドやドラムセットが置いてある。もっと体育館みたいなのを想像していたから、これで1500円か、という気分になった。

 そでから雑に女の子たちがまばらに入ってきた。なんとも親しみやすい距離感。確かに美人だ。バンド活動やってますってタイプの美人。セイコとはタイプが違うな。こう野生の鋭さがある、たくましさというか、目つきがギラギラして飢えたケモノのよう。衣装はエルも着ているあの扇風機のTシャツだ。割と体は小柄だった。


「今日は来てくれてありがとおおお」


 キーン。うっせ! 急に叫んだから目が覚めた。叫ぶならさきに言ってくれ! マイクのハウリング音と女の子の声でなんとなくふわふわした世界から現実に戻された。

 しばらくするとあいさつが始まったが内輪ノリであんまりわからなかった。この時点でかなりしらけてしまった。周りはまあまあウケている。エルも見たことないような笑顔で歯茎が出ている。何が楽しいのだろうか。

 演奏が始まった。ステージのライトが熱を感じるほど明るい。あっという間に縁者たちは汗だくになった。周りが熱狂する中、僕は無表情でそれを見ていた。

 

 ボーカルの女の子はどこかうわの空でマイクを両手で握って歌っている。目線ははるか上でうわ言のようだった。たぶん名前はうわちゃんだな。髪は金にしようとしたけどちょっと黒が残っている感じ。目が合うとすぐそらしてしまう。


 きずなきずなー、きずなーが芽生えるとー

 なかまなかまー なかまーが生まーれるー


 ギターの女の子はあきらかにメンヘラだ。髪のインナーカラーに赤くそめていてピアスもしている。目線は全く合わず、自分の世界に入り込んでいるようだった。じーっと見ていても一切こっちを見ない。


 ベースの女の子はフツーの女子大生。髪はふわふわしていて笑顔でベースを弾いている。目が合うと不思議そうにこちらを見ている。じっとこっちを見て目を離さない。僕も目を離さなかった。


 ドラムに関してはヒステリーを起こしているとしか思えない演奏だった。顔をぶるぶる振って黒髪が乱れている。時々、魂がぬけたように呆然としている時があって、その時に目が合うとにらみつけてくる。


 キャトルフィーユなんてかわいい名前がついているが、どっちかというとドブの姫とかの方が合いそうだな。

 

 くだらない魚天国の替え歌が終わるとオリジナル曲が始まった。恋愛の歌のようだった。


 負けたくない 強い女を目指しているの

 男の言葉なんてへっちゃら かわしてみせる

 でも なんか へん あいつの言葉 何度も繰り返しちゃう 負けちゃう 流されちゃう


 やだやだやだやだ でもカラダは正直だねって 言われると何も言い返せない


 私のこころはつらぬかれて すべてに負けてほぐされちゃうの もう好きにして


 なんだこの歌、女騎士が山賊に襲われたときにレイプされている歌か何かかな。無理矢理犯されることを肯定的に捉えている曲なのかな。その後も強がりな女が男にまどわされて弱くなって負けてしまい、好きになってしまう歌が次々披露された。エルはこんな曲に感情移入しているのだろうか。変態じゃん。


 女子大生たちの髪はみだれ、熱いライトのせいで汗がほとばしり、はりついている。まるでセックスの後のようだった。僕は相変わらず白けムードで見ていた。演奏もお世辞にも上手いとは言えず、会場の熱狂と歌のボルテージが上がるたび、僕は吐き気に襲われた。


 どのくらい時間が経ったのだろう。バラードのような曲が流れ、おしまいの気配がした。ようやくこの地獄から解放される。僕は安堵のため息を吐いた。エルはというと泣いている。号泣して目がうるんでいる。泣く要素は全くなかった気がしたが、感性の違いだろうか。

 

 全ての演奏が終わり客がまばらになった。演者たちはステージの片付けをして幕に下がっていった。


「ねえ、楽屋にあいさつに行こうよ」


 疲れ切っていた僕は首を横に振った。


「いいから、いいから。私、顔パスなんだ」


 僕はエルに連れられ、くっそ狭い廊下へ連れていかれた。荷物が散乱していてさらに狭い。Quatre Feuillesなんてカッコつけたネームプレートが貼ってある部屋に着いた。


「お邪魔します! エルです!」


 おーう、というおっさんのような返事が聞こえ、エルは扉を開けた。あの4人があぐらをかいたりして各々休んでいるようだった。


「なんだよー。エル、今日は彼氏ときたのかよー」


 エルは手をぶんぶん振って「違います、違います」と顔を真っ赤にして答えていた。


「幼馴染なんです、チケット買ってくれたんですよ!」

「幼馴染だったけど、ある日『こいつの手大きいな』なんて思っちゃってただの幼馴染だったハズなのに、急に好きになっちゃう系だ?」

「違います! ほらメントくんもあいさつしてよ」


「こんにちは、僕は森メメントです。初めまして。お前らはクソだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る