森メメントは青春の破壊者
e層の上下
都田川と高校
僕はかばんをさぐり、入れてあった篠笛を取り出した。不安になったり、どこか息苦しさを感じた時、川に来て篠笛を吹く。僕にとってはタバコのようなものだった。吸ったことないけど。
この篠笛は、僕が小学生のころ、お祭りに参加しろと無理矢理子ども会に入れられて、貰ったものだ。練習は学校が終わって7時ごろから公民館みたいなところで行われていた。少し坂を登ったところにある古い建物。そこの2階で小学生が大勢集められ、篠笛を吹く練習をしていた。最後にはお菓子の詰め合わせが貰えて嬉しかったことを覚えている。そこでは同学年の男は僕1人だった。友達は誰もいない。あとは女子が3人。他の同級生は同じ地区に住んでいてもこういうお祭りに参加しない。いまは結構ドライだしな。そんなもんだよ。結局6年やって篠笛は上達した。音楽に触れるのが当たり前だったから、中学校でも吹奏楽部に入った。やっぱり男子は少なかったけど。フルートやサックスな息で音を出す楽器を好んだ。
篠笛を構え、いまハマっているゲームのゼノブレイド3のおくられる命(https://www.youtube.com/watch?v=S8S3FF2pJBQ)を吹く。常に地震での死を意識している僕には心地の良い設定の旋律だ。旋律がかすれ川の穏やかに流れる音に溶けていくのがわかる。スピリチュアルな世界に浸っている時、合理性を他者に説明しなくていい時、僕は癒やされるのだ。静かに夕陽が落ちてゆきやがて夜が来た。暖かくなってきたとはいえ、夜になると寒くなる。もう帰らなきゃ。
*
綺麗な小川沿いの通学路を進むと細江高校が見えた。網の向こうに校庭が見えてくると朝練であろう学生が走りこんでいる。その先には校舎が並んでいた。どこへ行ってもよくある似たような校舎だ。アパートみたいな部室小屋が校舎への視界をさえぎるとその先に学校の門がある。門をくぐると自転車の置き場があって、右手側には謎の館がある。体育館は別にあるし、なにに使うのかわからない。まあ、なんでもいいや。ここで3年間お世話になるのか。
案内にあった1の1にさっさと入る。真新しい制服を着た生徒が向かう方へついていく。
ドアを開けると、これから1年同じになるクラスメイトに生暖かい視線で迎えられつつ、僕は席についた。
やがて先生が来て自己紹介をするのだが、すでにこの環境に飽きていたからよく覚えてない。あー、早くこのかったるい始業式おわんねーかな。その後体育館。校長のありがた〜い声を聴き、また教室。
今度は一人ひとりあいさつをしていく、くっそだるいイベントだ。
「僕の名前は森メメント、気賀出身です。僕がこの学校でやりたいことは、この学校の生徒全員が死ぬところを見ることです。よろしくお願いしまーす」
少しざわざわしたり笑い声がしたりした。ややウケ。さすがに「殺す事です」とは言えなかったなぁ。それだけの常識が僕にもあったってことだ。
休み時間になると上級生の男たちによる女子観察が始まったのか廊下が騒がしい。このクラスに可愛い女がいると噂になっているようだ。ドアのガラス窓にはアホ面が集まってる。
「なあ、ショートカットの子いる? あのクールそうな、おっぱい大きい」
先輩方と仲良くしたそうな女子が話していた。
「え〜、誰だろう〜」
甘ったるい声で女子は応えた。
「あっ、広井さんじゃない?」
女子その2が応えた。
広井緒出子(ヒロイオデコ)。僕もよく知ってる女だ。家が隣だし、一緒に篠笛ならってたし、幼馴染だし。同じクラスだったんだなぁ。
その後、オデコは呼び出しをくらっていた。相変わらずおモテになりなさる。でもオデコのことだから、めちゃくちゃしそう。もらい火しなきゃいいけど。
ようやく午後になり、今日は学校終わり。さっさと帰るに限る。
「おまえが、森?」
と、クラスを出たと同時に僕より背の低い4人組に呼び止められた。制服のよれぐらいから同級生でないことがわかる。いきなり因縁をつけられることなんてしたかなあ。初日だぞ。
「そうですけど」
違うけど、と答えてもよかったけどさらに面倒なことになりそうだし、認める。話しかけてきた奴だけ偉そうで、他は子分といったところか。話しかけてくるのもそいつだけだった。
「じゃあ、広井緒出子と仲いいってのはおまえか」
すこし頬が緩んだ。あー、こいつオデコに近づくために、まず近しい人間から関係を持つタイプか。
「俺は3年の上様、この学校で生徒会の役員をしている」
はー、生徒会の役員様。そんなお方が初日にすることが女の尻を追うことですか。立派だねえ。行動力の化身。
「広井の幼なじみの森です。なにかようですか?」
一応、自己紹介。長くならなきゃいいけど。
「いやいや、なんていうか少し顔を見たいなって思っただけだ、たいした用はねえよ。広井と仲良くさせてもらうためのあいさつだ」
「そうですか。じゃ急いでるわけでもないんで、じゃ」
僕はさっさと振り切った。
「俺はもう広井と付き合うって決めたからー!」
しばらく行ったところで、なんとかとかいう先輩は叫んだ。声が校舎内に響く。
僕はつまらない死んでいるような日常に文句を言いながら暮らしたいだけなのに。初日から変なのにからまれてしまった。もう会いたくねー。
オデコは幼なじみだし、家が隣同士でもある。親も顔見知りで交流もある。同じ高校に行くことも知ってた。こういう時、露骨に嫌な顔するやつもいるけど、オデコはそういうのはない。その辺は気が使える女だった。顔がいいのと胸がでかいのとでモテるモテる、背も高くないし、なんか全体的に太め。あとうるさくない、ここ重要。男もとっかえひっかえらしい。そして都合がいいことに男を見る目がない。モテる男、なんか政治家の息子、あとは先生からも女を見る目で見られている。そのせいか年々性格がきつくなり──元々だったかな──男を寄せ付けなくなった。それで遠回りして僕に狙いをつける男がでてくるようになって迷惑してる。今日のもそういうアレだろう。
ということで、僕はオデコの部屋のベッドで寝ている。
普通の女の子の部屋で、変わったところと言えばヤマハのエレクトーンがある。ヤマハは浜松の企業だしな。あとは今寝ているベッドのわきにはよくわからないぬいぐるみ。レースのカーテン、床に散らばった薄い洋服。とまあ、軒並み女子らしい淡い色の部屋だ。いい香りもする。しばらく待っていると、階段を猛烈な勢いで登ってくる音がした。何かぶつぶつ喋っている。ドアがバン! と開いた。
「勝手に部屋に入んないでっていつも言ってるでしょ!」
「よう、おかえり」
僕はチラッとオデコを見た。前髪をわけて、ラピスラズリのついたピンで止めて出ている額が汗ばんでいる。制服姿もそれにつられてすこし清楚に見える。
「制服、似合ってんな」
「ありがとう、さっさと出てってというかベッドから出て!」
「まぁまぁ、僕が用事もなくこんなことするはずないだろ」
「……用事って?」
「特にない」
「出てって!」
「ははっ、嘘だって。おまえさー、先輩ともう付き合ってんの?」
「なんで?」
オデコは、こちらをにらむとカバンを机の上に置いた。
「今日の放課後、先輩から声かけられた。おまえと仲良いだろって」
「なんて答えたの?」
「いつも手をつないで登校してますって」
「本当は?」
明らかにイライラしている声。腕も組み始めた。もう一度くらいボケられるか? でも瀬戸際だぞ。ギリギリを見極めるんだ。いや、無理。
「別に何とも答えてない、向こうが一方的にあいさつしにきただけ」
「あっそ。じゃああたしは関係ないわね。出てってくれるかしら」
「えー、でも出て行きたくない」
「ありえないから」
「今日はもうおうちに帰りたくない」
「もう十分でしょ、これから遊びに行くの、さっさとどっか行って」
「いってらー」
「あんたも一緒に出ていくのよ」
腕を引っ張るオデコ。でも体重差があるし、僕はブラジリアン柔術も習っているから余裕なんだよなぁ。逆にベッドに引きずり込んでやった。制服の高級な肌触り……。
「一緒に寝るか」
同時に肘うちが飛んできた。僕のお腹に命中すると思わず声が出た。
「うっ」
「触らないで」
腕引っ張ったのそっちだろ! ベッドのほとりに立つオデコ。
「うう、僕は一緒に寝たいだけなのに」
「あたしは一緒に寝たくない」
「本心を言えよ、本心を」
「えーっとじゃあわからないようなので一から説明します。ここはあたしの部屋です。あんたはここに勝手に入ってます」
「お邪魔しますって言ったよ」
「そのうえベッドで寝ている。女の子のよ! ありえないから。わかりましたか?」
「わからないから紙に書いてくれる?」
「書かない。さっさと出て行く」
「この問答飽きてきたよ、もうよくない?」
「あたしもよ。もういい」
「そういうわけだから僕はしばらく休憩してから行くよ」
「いますぐ!」
やれやれ。僕は仕方なく部屋を後にする。階段を降りる、と見せかけてすかさずまた部屋のドアを開ける。これで下着姿が見れる! でもそこにいたのは腕を組んでるオデコの姿だった。
「見え見えなのよね、考えてることが」
「はーっ」
やれやれ。さすがに帰ることにする。
「じゃあ、オデコのお母さん、お邪魔しました」
「あいよー」
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