転生少年の現代知識チートってやつ

たまぞう

己が使命に駆られて作り出す


 祈りの声が聞こえたんだ。必死なたくさんの想いとひとりの心が。それは目が覚めた今となっては聞こえないけど、その代わりに俺の見上げる天井付近で羽ばたいていた。


 その白い鳥も気になるのは気になるんだけど、それよりは今よこで泣きながら俺を花で埋め尽くそうとしている女性に声を掛けるのが先だろう。

「おはよう、母さん。」

 目の前の女性が母親であることは既に知っていることだから、俺がそう呼ぶのは何もおかしくはないだろう。なのに何故そんなに驚いているのか。


 俺は確かに祈りによってこの世界に呼ばれた転生者だ。ここが異世界というのも知識として元からある。そして今こうして目覚めたのは何もおやすみの後のおはようと言うだけではなく、この瞬間が物心ついた時というやつなんだろう。

 今というのは唐突ではあるけど、赤子の時から意識があったりしなくて良かったと思う。だってそうだろ?意識は大人なんだ。赤ちゃんプレイなんてのはその道のプロに任せておくべき特殊プレイだ。


 しかしこの世界は寝ている我が子を花で埋もれさせる文化でもあるのか?これではまるで死人のようではないか。

「ダリル…え?ダリル?」

 何故泣いている。しかも自分が産んだ子どものことを忘れたのか?どんなショックがあればそんなことになる?


 しかし次の瞬間には俺はその女性に抱きつかれて、自分が一度は死んでいたことを知る事になった。

 つまり、まるでもなにも俺は死人で両親とのお別れの最中だったらしいな。それでこの花か。そんな謎文化がなくて良かった。もし寝るたびに花を敷き詰められるなら、転生したこの世界はどこもかしこも花で埋もれている原生林みたいなものに違いなかっただろう。




 それから9年。すでに12歳になった夏。俺はそれまでを実に普通に過ごしている。それは特別な理由があるわけじゃない。この歳までは小学生をしているからだ。

 色々と現在に至るまでやらかしてくれている転生者か転移者か知らない連中の残した遺産のひとつが義務教育だった。

 実にらしい事ではあるが、あまり上手くはいかなかったようにも思う。おそらく施行したはいいが、さほどに自分たちへの関わりが無かったからだろう。


 もし転生小学生や中学生なら、義務教育の推進をしただろうか?いーや、学校なんて退屈だろう。冒険に行くさ。だからやったのは大人だ。でも結局は自分たちが受ける側じゃないから、内容までは手を付けてない。きっと飽きたんだろうと伺えるお粗末な小学校のカリキュラム。


 それでも真面目に通ってるのは、目覚めてから散々に両親を困らせたからだ。何も知らない両親にとっては普通である方が心休まるだろうと、気楽な子ども時代を過ごす事にしたんだ。




 そんな小学生時代の今が夏休み。この歳まで別に何もしてこなかった俺がとうとう動く事になった。

 この王国のとある山に凶悪な魔獣が巣食ったというからだ。その理由が“跳ねヤギ”の捕食。跳ねヤギはその土地だけに生きるなにやら元気なヤギのことらしい。俺はこの歳までそんなおかしなヤギの存在に気づいていなかった。さらにそれを襲う魔獣がいるというのだ。

 この情報が俺の今のこの退屈な転生生活の転機の訪れだと確信している。

「俺は、これだけは何としてもやり遂げなければならない。」




 地上とは違う薄い空気。ここにそのヤギたちがいる。そしてそれを喰らう凶悪な魔獣というのも。

 俺はこのために趣味で作った魔道具まで持ってきている。この幼い身体で魔獣の相手をするとなれば必要だろう。


 このガントレットとグリーブはコツコツ貯めた素材で作ったものだ。スキルだけで構築したものはつまらないから、素材を集めて錬成して作り上げた。名前はまだない。魔獣というのがどんなのかは知らないけど一度殴り飛ばしてみたかったんだ。


 台地のように平たくなったここには木々が自生していて、野生動物も沢山いる。ヤギも見つけたが跳ねてはおらずトコトコと歩いている。

 捜索は難航した。その魔獣を放置するのはこの世界において多大な損害となるだろう。魔獣を探しながら木々に実るチェリーのように赤く色づいた実を回収しておく。


 やがて何かから逃げ惑うヤギとすれ違った。バタバタと走る音も聞こえて来る。またヤギとすれ違い、今度はその先から木々の間を窮屈そうに縫ってやって来るバカでかい生き物が目に入った。立ち昇る何かが魔力であるなら、そうかあれが魔獣なんだな。しかし…

「コモドドラゴンてのがいたっけ?まんまデカいそれだがあれはトカゲだからな?」

 



 象よりもデカく見えるのは俺が子どもだからか?いや、ヤギと比較してもデカすぎるがこいつ俺を食うつもりだな。

 目が合えばわかる。自分が食べる側だと信じて疑わないデカいトカゲ。


 大口を開けて勢いよくかぶりついてきたトカゲは、その直前に見えない壁にぶつかる。


「この世界の強さの分類としては3つだろうか。武器兵器と肉体、それに魔力。俺のような幼い身体でも魔力が潤沢ならこんなデカいのにも勝てるんだな。」


 開いた大口を覗けば鋭い歯が並んでいるのが分かる。俺はそれを手前から一本一本ていねいに抜いていく。なんか喚いてるけどそんなの無視だ。

「ここがファンタジーな世界ならこういうのが素材だっつって重宝されんだろ?あぁ…もう、舌で抵抗するなよ、汚い。」




 俺を喰らうつもりでやってきたトカゲはもう動けはしない。魔力が力になるならいくらでも余ってるんだ。その身体の全てを縛り上げて動けなくするくらいわけはない。

 磨き残しだらけの歯を収穫する俺の目の前で、喉の奥にチリチリと舞う火の粉が見えた。もしかしてこれは。


 もしかしなくても次の瞬間には炎が俺を襲う。ドラゴンブレスってやつか?じゃあこいつはトカゲではなくてドラゴンなのか?

 燃え盛る炎はしかし口の中から外へと出ることはない。


「木が燃えたらどうすんだ、まったく。しかしその炎を吐く仕組みは気になる。あとで見せてもらうか。」




 歯が無くなってスッキリした口を出たらあとはこいつの首を回したらダメな方に回して大人しくなってもらった。

 あとにはトカゲの姿はない、ファンタジー様様だな。さっきから摘んでいた木の実もトカゲの歯も、いつの間にか手元から消えている。それでもちゃんと入手していて、念じれば手のひらに出せる。その中身にすっぽりとトカゲも収まったのがわかる。


「あ、ぶん殴るの忘れてたな。いや、貴重な素材だったら惜しいし…。仕方ない、ガントレットの出番はまたそのうちだな。」




 俺は魔獣のいなくなった台地を散歩する。もう十分な成果をあげているけど、他にも魔獣がいたりしないかというのと、

「本当に跳ねるんだな。」

 一度見たいと思っていた陽気なヤギたちの舞を目にして満足した。




 家に帰り着いた俺はせっかく手にした素材を加工することにした。別に用意していた書物を参考に俺なりにやってみるとしよう。

 外に移動してまずは…そうだなこれくらいの量で試してみるか。ひと目につかないようにだけは気をつけておこう。俺の魔力とスキルを使って行うこれは普通ではないはずだからな。


 広げた素材は太陽のもとで乾燥させてやる。待ってるだけではいつまでかかるか分からん。少し経過を早めてみる。いい感じに水分も抜けて…ふむ、こんなものか。


 必要なのは中心部だ。これは手作業でやるしかないか?いや、作業員を用意すればいいか。イメージしながら魔力を放出すれば、影人間の出来上がりだ。中身だけを取り出して集めさせよう。もちろん状態の良くないやつは取り除いてもらう事にする。


 その間に俺はドラム型の入れ物をスキルで作り出す。鉄屑の再利用をさせれば俺ほど有効的に使えるヤツはいまい。

 細部にこだわっていたら、影人間の作業が終わったみたいだ。ありがとう、さよならと言ってお別れする。


 受け取った中身だけになったそれを、用意した入れ物に放り込む。そして火をつけて下から炙りながらゆっくりと回し続ける。これは俺だけでいい。というか他には任せられない。火の通りを見た目と匂いで判断する。こんなものだろうか。




 ここまでくればあとは部屋で構わない。火入れまでしたら次はこれを砕いていく。それこそ粉とも呼べるくらいに砕く。この砕き度合いでも出来上がりに違いが出る。今回はお試しだ。とりあえずは見た目にこれくらいと思えるところまで。


 両親のいないうちに完成までこぎつけたい。

 お湯が沸いた。いよいよ抽出の作業に入る。ここで全ての結果が明らかになる。これまで不手際はない。まじまじと見つめる俺は一滴一滴と滴る黒い液体にその成功を確信した。




 跳ねるヤギというのを見る機会なんてのが訪れるとは思わなかった。そんなものは宗教がテキトーをでっち上げてるものだなんて風にしか考えてなかったからな。


 何やら外ではそのヤギたちの所にいた魔獣が突如としてどこかに消えてしまったと噂する人たちがいる。確かにあれから時間は経っているが、情報が早いな。しかもあのトカゲのやつ、“フレイムドラゴン”などという大層な名前だったみたいだ。今夜にでも調査隊が編成されるようだが見つかりはしないだろう。


 この王国の昔の転生者か転移者かは知らない連中がやったとされるニホン模倣の数々。生活水準は格段に上がったらしいが劣化版ばかりで気に入らなかった。その何より気に入らないひとつを俺が達成してしまったのは…割と満足している。


 その成果は今俺の手の中にあって、立ち昇る香気が鼻をくすぐり舌に感じる酸味のある味はこの歳になるころには欲しくて仕方なかったもの。

 黒い宝石のようなこのコーヒーが王国に無いという事実は転生してから知識を溜め込んでいく俺を落胆させるのに十分だった。


 調査隊とやらが諦めて立ち去ればあのコーヒー園は俺が見守ることにしよう。この王国の外は魔獣に囲まれていてみんなそれどころじゃないらしいからな。




「ダーリルっ!ねえ、ダリルがいつも1人で飲んでるそれって一体なんなの?」

 この間弓を作ってやったエルフがべっとりとまとわりつくのはいつもの事だが、とうとう俺の楽しみにも手を出すのか?


 感情を失っていてなお、ストレージにあるこいつの存在は忘れずに飲んでいたものだ。こいつの願いを叶えて楽しみの感情を取り戻してからはより一層にこのコーヒーの虜だ。


「気になるなら飲んでみるといい。」


 まあ、楽しむ心をくれたのはこいつだ。感謝のつもりで差し出してみるのも良いかも知れないな。


「え?いいの?てか、あわわ…これって間接キス…。」

「右手で飲め。そうすれば反対だから気にならんだろう。」


 回し飲みってのを受け付けないほど繊細なヤツだったかこいつ?しかもせっかく言ってやったのにそのまま口を付けてやがる。


「にがっ!!なんこれ!?にっがーーーーっ!!ダリルいつもこんなの飲んでるの!?身体壊すよ!?」

「ならお前はミルクでも飲んでるといい。」


 せっかく飲ませてやったのに。いや、そういえば砂糖やミルクを入れる方が一般的だったか?まあ、知らん。俺の楽しみは流通させる気もない。俺だけの楽しみであればいい。


「ああっ!でもカップだけは!カップだけは欲しいかも!?」

 全く訳のわからんヤツだ。今度は俺が飲む姿をずっと見ながらぶつぶつ呟いているしな。そんなに欲しかったのか?なら仕方ない。


「せっかくだ。コーヒーの淹れ方を教えてやる。砂糖とミルクも入れればお前好みにもなるかもしれんしな。」

「え?それは別にいいよ。カップだけちょうだい?ぎゃああ、痛いいいい!暴力反対!いだだだだだだ!」


 やっぱりコーヒーは俺だけのものだ。あの秘密のコーヒー園も。ずっとほったらかしにしてしまっていたが、久々に収穫しに行くか。ついでにまた跳ねヤギでも見るとしよう。


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