レシピ通りに上手くいくかよ

餅腹もち

手順0

 毎日自宅と会社の往復で一日が終わっている。大半の社会人なんて同じような一日を過ごしているのだが何故だろう、自分の中に何も残らない。生産性が全くないと言ってもいい。

 帰りの電車の中で考えることは夕食は何を食べようか、そう言えばまだ終わってない書類があるから仕上げなきゃ、洗濯もそろそろ回さないと着るものがないなど無限に膨らむ。

 どうでもいいことなのに生きることに必要なことばかりで、こんなことで毎日振り回されている自分に虚無感しかない。

 毎日何も得ずに一日が終わる、そんな人生でいいのか。


 帰り着いて誰もいない部屋に明かりを灯す。何気ない作業なのに心が疲れている時は途端に寂しくなる。誰かと一緒に暮らすのは辛いはずなのに、何故か異様に人恋しくなる時もある。我儘な思想だなと思いながらも革靴を脱いだ。

 このままソファーに体を沈めたい欲を抑えてすぐに脱衣所へ向かう。シャワーを浴びて洗濯を回さなければならない。

 一度ソファーに沈めば二度と戻って来れない。気がつけば朝日を拝んでいるという日々を幾度と過ごしたからだ。同じ過ちを繰り返してはいけないと体が警告している。疲れているのに、このまま何も考えずに横になりたいのに、現実はそうはさせてくれない。

 シャワーを浴びている間もとめどなく思考は巡らせる。あの書類は何がダメだったのか、あの説明では後輩は分かりにくかっただろうな、上司が理不尽過ぎて顔面を殴りたくなった、何でこんなに上手くいかないのだろう、ああ夕食どうしよう、何か食べないと体がもたない。夕食、夕食、何か食べなきゃ何か食べなきゃ。ああああああああああああああ。

 最悪だ、さっきもシャンプーしたのにまたシャンプーを手のひらに出している。何回シャンプーすれば気が済むんだ。前はボディソープで髪を洗った。キシキシして最悪だった。最悪だ、何もかも上手くいかない。


 私は、生きていく自信が、ない。


「もうさ、俺達終わりにしない?」

 告げられた言葉に声を失った。穏やかなBGMが時間の流れを緩やかに感じさせてくれる昼下がりのカフェ。あまりに場の空気とは違う、冷えきった言葉に何も言えなかった。

 恋人はお金だけ置いて去ってしまった。私の何がいけなかったのか一切言わずに。それが虚しかった。

 あまりの出来事に私が涙を流せたのは三日後のことだった。遅過ぎて自分でも泣きながら笑ってしまった。失ったことで何か変われるはずもなく、いつもの日常が続いている。

 恋人がいない、という事実を除けば私の人生は無機質なものだ。


 私の人生、この先ずっとこのままなのだろうか。

 八年も付き合った恋人には理由も告げられずに別れを切り出され、会社では有能でも無能でもない平々凡々な仕事しかできない。上司に可愛がられることもなく、出世欲もなく、後輩に慕われるわけでもない。そんな立場で仕事をしたいわけではないが、社内で何かの話題で盛り上がっている時に自分は入れない。羨ましいとかそんな浅い気持ちではない、辛いのだ。

 そんな現実の中、回ってきた書類を黙々と片付けていくしかできない。自分が何の為に生きているのか。本気でわからない。

 違う、生きる為に食って寝て働いている。単純な人間の活動に生きる意味なんてない。これが現実だと受け入れてこのまま心を殺して生きていくしかない。

 転職活動する勇気さえない私にはお似合いの環境だ。


 浴室から出て体を適当に拭き、溜まっていた洗濯物を洗う。今回は三日間しか溜め込まなかった。三日間は自分にとっては上出来だ。

 その後は適当にスキンケアして髪を乾かす。ドライヤーがこの世で一番嫌いなので髪は常にショートヘアー。風にたなびくロングヘアーは憧れ。

 憧れは手に届かないからこそ、憧れなのだ。それでいい。

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