第27話 恋のライバル

 竹虎はその後、美波に連絡を取って彼女の無事を知った。

 覇道昇竜会の呼び出しは当然のようにすっぽかし、普通に家に帰ったようだった。


 覇道昇竜会の連中は、ものの見事に玉砕し、敗北を喫した【サルビア】の傘下となって吸収された。

 鬼道が頭となって活動をしていた覇道昇竜会は、こうして事実上の解散となった。


 シマで悪さをする奴らがいなくなり、ホッとした俺は久しぶりにゆっくりと休日を過ごした。

 楓が作ってくれた舌触りの良いカスタードクリームを使ったシュークリームを食べ、英気を養った。


 ――そして翌朝、学校にて。


「よう、おはよう」


 教室に入って席に着いた途端、隣に歩み寄ってきた竹虎に、軽い調子で挨拶をされた。


「おう、おはよう」


 と、何のためらいもなく挨拶を返してから……気付いた。

 周囲のクラスメイト達が、驚愕の表情を浮かべながら俺と竹虎を何度も見比べていることに。


「ちょ、ケンどしたん?」


「なんか桜木も普通に挨拶返してっし」


「なんかあった?」


 クラスメイト達から問われた竹虎は、平然とした様子で答えた。


「高3にもなって、陰湿な嫌がらせをするなんて、ガキっぽいよな。……って、今さらながら気づいただけだっての。桜木だって、普通に挨拶されたら返事位するだろうし、不思議なことはねーよ」


 竹虎の言葉の後、クラスメイトの視線が俺に集まった。

 どうにでもなれと思い、俺はやけくそ気味に「ああ」と呟いてから頷いた。


「お前らももう、あんま下らないちょっかいかけてやんなよ」


 率先して俺に下らないちょっかいを掛けていた竹虎は、そう言ってから自席へと戻っていく。

 周囲の人間は、「ケンがそう言うなら」と、自らに言い聞かせるようにそう呟いていた。

 好奇を孕んだ視線は、俺ではなく竹虎に向けられていた。


 余計な世話を焼きやがって、馬鹿野郎。

 ……そう思いつつ、今後は下らないちょっかいを掛けられない分、マシな学生生活が送れるかもしれないな、と俺はそう思った。

 

 それからスマホでメールチェックをする。

 サルビアの代表や、櫻木會の若頭補佐からの連絡があった。

 どちらも、覇道昇竜会の後始末の関係だった。

 メールに目を通し、『良きに計らえ』とメールを返す。後始末は任せておいた方が、ウチのシマに都合の悪いことにはならないだろう。

 

 それから、ざわざわと周囲が騒がしいことに気付いた。

 普段であればもう少しおとなしい気もするが、どうしたのだろうか?

 そう思い周囲を見ると、いつの間にか隣の席に女子が座っていた。

 そいつは、うっとりとした表情で俺を見つめているようだった。


「おはよう、仁」


 目が合うと、その女子――美波愛美は、俺の表情を窺いながらそう言った。

 ……いや、本当に美波かこいつ?

 いつも遅刻をしているくせに今日はHR前に学校に来ているし、俺のことを気味悪がっていないし、ていうか名前で呼んでいるし。

 

「「「「はぁっ!?!?!??」」」」


 俺がそんなことを思っていると、周囲からは驚きの声が聞こえた。

 無理もない。

 驚いているのは俺も同じだ。


「ちょ、愛美どしたん?」


「なんかあった?」


「なんか桜木も普通に驚いてっし」


 周囲のクラスメイトが、矢継ぎ早に美波に問いかける。

 彼女はふふ、とミステリアスに笑ってから、


「ひみつー」


 と、間延びした調子で答えた。

 クラスメイト達は、唖然とした表情を浮かべていた。

 おそらく、俺も似たような表情をしていただろう。


 戸惑う周囲の反応を気にせず、美波は俺にラッピングされたクッキーを手渡してきた。


「甘いもの好きって聞いたから。女子力アピール、手作りだよ」


 可愛らしくラッピングされた、綺麗に焼かれたハート形のクッキーだ。

 なんていうか……そろそろ怖くなってきた。


「何のつもりだ?」


 小声で問いかける俺に、美波は耳元で囁く。


「この間の、お礼とお返し」


 それから可愛らしい封筒を俺に差し出す。

 中身を確認すると、一通の手紙と、数枚の紙幣と硬貨が入っていた。


『半端な覚悟じゃないから』


 手紙に書かれていたのは、それだけ。

 同封されている金はおそらく、俺が美波を平手打ちした後に渡したタクシー代のお釣りだ。

 

 ……つまりこいつは、あの倉庫にいた人物と俺が同一人物だと結びついている。


 俺は美波を睨む。

 彼女は恥ずかしそうに頬を染めながらも、うっとりとした表情で俺を見つめ返す。


「そんな一生懸命に見られたら、ハズイかも」


 美波の戯言を無視し、今度は竹虎に視線を向ける。

 奴はニヤニヤしながらこちらを見ていた。


 ――犯人は、お前か。


 こんなことなら、竹虎に口止めをするべきだった。……いや、あの様子だと面白がって美波には言ってそうだな。

 俺は鈍く痛むこめかみを抑えながら、ストレスを和らげるためにクッキーを口にする。

 しっとりと甘いクッキーに、


「うわ、うま……」


 と、俺は声を漏らしていた。


「ホント? 嬉しい」


 心底嬉しそうな表情ではにかんだ笑みを見せた美波に、俺は無言で頷く。

 すぐ後、チャイムが鳴った。


「残念、もっと話したいけどもうすぐHRじゃん。また後でね、仁」


 そう言って、隣の席から立ち上がり、自分の席に戻っていった。

 

 一体どうなっているんだ、と頭を悩ませそうになるが、馬鹿の考えることは分からない。

 俺は考えるのをやめ、とりあえずもう一枚、クッキーを口に放り込んだ。




 ――それから、昼休み。

 

「……仁先輩?」


 俺を昼食に誘いに来た歌音が、教室にいる俺の様子を見て絶句していた。

 

「はい、仁。あーん」


 美波が早起きして作ったという玉子焼きを、俺の口元に運んでくる。

 無視をしても美波は諦めない。

 うっとうしいので、大人しく食べる。……甘めの味付けが俺の好みで何となく悔しい。


「ほら、桜木。あーん」


 必要以上に距離を詰めてくる竹虎が、減量中によく食べているという手作り鳥ハムを俺の口に問答無用で押し込んでくる。

 薄く塩のみで味付けがされている。

 パッサパサだったらぶん殴っていたところだが、しっとりとした舌触りで、思いのほか美味かった。


「「どう!?」」


 二人同時の問いかけに、


「ヒンナヒンナ!!」


 と無表情で答える俺。

 喜ぶ竹虎と美波。

 遠巻きに苦笑を浮かべるクラスメイト達。

 自らの目を疑い絶句する歌音。


 ――歌音のその反応も、無理はないと思う。

 つい先週まで俺は学校では陰キャなぼっちだったのに、何故か今では、クラスで一番の美少女と美男子に囲まれながら、楽しくランチを決め込んでいるのだから。


「……よう、歌音」


 俺が歌音にそう言うと、


「誰ですか、この人たちは?」


 と、彼女は真顔でそう問いかけてきた。

 ご存じタカビー先輩とチャラ男先輩なのだが、俺に対する態度のせいで同一人物と判定を下せないようだだっだ。


「イエーイ、彼女さん見てるー? 大事な彼氏君の親友でーす!」


 楽し気に明るく宣言する竹虎と、


「どもー、恋のライバルでーっす」


 至って真剣な表情で、挑発的に答える美波。


 ここが学校でなければ思いっきり顔面をぶん殴ってやるとことなのに、ちくしょう……。

 二人の回答の後、俺は無言のまま溜め息を吐いた。

 それを見た歌音は、何を納得したのか「うんうん」と頷き、


「それじゃ、私も一緒に食べさせてもらいますねー」


 と言って、近くの椅子と机を一組動かして、合流する。

 この状況で一緒に昼を食べる?

 こいつのメンタルもちょっとおかしいんじゃないか……?

 

 歌音は平然とした様子で弁当を広げる。

 クラスメイト達の注目が、歌音が合流したことにより倍増した。


「マジでどういうこと?」


「愛美ってあの陰キャのこと狙ってる?」


「んなわけないだろ! ……ないよね?」


「桜木さえいなければ、滅茶苦茶画になる組み合わせなのになー」


 耳に届いた周囲の言葉に、俺は今さらながらに思い知った。


 学園一可愛い後輩と、クラスの女王様と、日本ボクシングの至宝に囲まれた俺は。

 平穏無事に陰キャ生活を送るのは、もう無理なんだな――と。


______________________________________

あとがき


ここまで読んでくれてありがとっ(^^♪

今回のお話で、第2章「抗争、終わりと始まり」はお終いです(∀`*ゞ)エヘヘ

「ここまで面白かった!」「これから先も気になる!」と思ってくれた読者のみなさんへ(≧▽≦)

レビューや応援コメント、☆☆☆→★★★で応援してくれると、嬉しくてモチベーションがとても上がります(∩´∀`)∩

ので、引き続きよろしくお願いしますね(∀`*ゞ)エヘヘ

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