第26話 懺悔
「俺がこんなところで用心棒をすることになった理由から、話させてくれ」
「覇道昇竜会って、地下格闘技団体を知ってるか? ボクシングジムの先輩がそこの団体の試合に出るからって、連れられたのが始まりだ」
「余ってたらしいチケットを二枚もらった俺は、愛美と一緒に試合を観に行った。愛美は楽しんでたみたいだったけど……正直、程度の低い試合で退屈だった」
「その試合の帰り、俺は鬼道さんに会った。あの人は俺のことを知っていたらしく、覇道昇竜会で試合をしないかって話しかけてきた。もちろん、その場で断って、後は普通に立ち話。カタギには思えない威圧感だったけど、話してみたら意外と良い人だった……って、その時は思っていたんだけどな」
「鬼道さんは、俺と一緒にいた愛美に、金払いの良いおっさんを紹介してた。その上で、俺にバイトを持ちかけた。顔出し不要の用心棒。……普通、そんな怪しいバイト、引き受けるわけがない。でも、断ったら愛美がどうなるか、言われなくっても分かった」
「愛美は彼女でもなんでもない、家が近所ってだけの幼馴染。頭悪いし性格悪いし、正直言ってあんま好きじゃねえ。……けど、酷い目に遭ってほしいと思えるほど、嫌いでもねぇ」
「だから、俺はおとなしく鬼道さんの言うとおりにした。正直言って、俺はもう終わったって、そう思ってた。人を殴って金を渡されるんだ。……これをネタに強請られて、これからもっと笑えないことに手を染めさせられるって、そう思った。だけど、鬼道さん一人をぶん殴って済む話でもねぇ。俺一人じゃ、流石に覇道昇竜会の連中を倒して、愛美の安全を確保するなんて出来なかった」
「それと、【ウサギ】って呼んでる野郎がいる。俺とコンビを組んでたすばしっこいガキで、話したことなんてほとんどねぇけど。まだ声変わりもしてないガキが、食うために仕方なしにこんなヤバいバイトに手を染めてる。仲良くしてたわけじゃねぇけど、俺が抜けたらあいつにペナルティがあるんじゃないかって思ってよ……」
「桜木。お前がただもんじゃねぇことは分かった。だから、恥を忍んで、頼む。――俺も、愛美も、ウサギも、どうにかなんねえかな? 俺の出来ることなら、力を尽くす。鬼道さんだってこの手でぶっ飛ばしてやる」
「だから、俺に力を貸してくれ」
☆
竹虎は話し終えると、深く俺に頭を下げた。
彼の話を聞き終えて、俺はふむと思案した。
ガキのヤンチャじゃすまされない危ない橋を渡っていたのは、美波が人質に取られてたからってわけか。
俺は竹虎に向かって言う。
「残念だけどお前が大人しく言うこと聞いたからって、結果は変わらねぇよ。美波は変態どもの餌食だ」
俺の言葉に、竹虎はギュッと拳を握りしめ、声を荒げた。
「だから、何とかなんねぇかって頼んでんだよっ! ……悪い、お前は悪くねぇのに、当たっちまった」
「いや、別に構わねぇよ。というか、そんなに心配するな」
俺の言葉に、竹虎は顔を上げる。
「昨日、美波が鬼道をはじめとした変態どもにまわされるとこだったけど、俺が助けといた」
俺の言葉に、竹虎は無言のまま首を傾げていた。
「そんで、鬼道は昨日俺がケジメをつけさせた。後はイキってる手下のチンピラをぶっ飛ばせば、覇道昇竜会は完全にお終いだ」
「は……? いやいや、嘘だろ? 鬼道さんがやられれば、副代表の
疑わしそうに俺を見る竹虎に、「ちょっと待ってろ」と俺は言ってから、葛城に電話を掛ける。
ワンコール目が終わらない内に、応答があった。
『お疲れ様です、若。そちらは終わりましたか?』
「ああ、こっちは終わった。手筈通り、鬼道のスマホから幹部連中にSOSメッセージを一斉送信して、呼び出してやれ。一人じゃ厳しそうなら、【サルビア】から兵隊連れてっても良いから」
『今、メッセージを送りました。兵隊は、活きの良いのが何人か、覇道昇竜会とやり合いたいって言ってるんで、連れて行ってきます』
「おう、そんじゃ頼んだ」
俺はそう言って、電話を切った。
「……【サルビア】って、この街でスカウトとかやってる半グレだろ? そんな連中をお前が動かせるわけないだろ」
頭を抱えて呆れたように竹虎は言う。
「竹虎は用心棒として雇われてんなら、きっと招集がかかるだろ。ちょっと待ってろや」
俺が言うと、胡乱気な眼差しを竹虎は向けてきた。
しかし、早速彼のスマホにメッセージが届いたようだ。
慌てた様子でスマホを手に取り、メッセージを開いた竹虎は、
「マジかよ……」
と、唖然とした様子で呟いた。
どうやら、鬼道以下の幹部連中も血の気が多いらしい。
頭数をそろえて、一刻も早くカチコミをしたいのだろう。
「そういえば、【ウサギ】ってのは、フードを被ったちびで間違いないよな?」
呆然自失の竹虎に、俺は念のため問いかける。
「あ、ああ。そうだ、お前も会ったことあるよな」
「なら、間違いねぇ。安心しろ、そいつは一応俺のとこで保護してる」
とはいえ、保護する前にちょっとばかし痛い目を見てもらったが。
「お前が何者かわからなかったけど。……もしかして、サルビアのメンバーなのか?」
俺は首を振る。
サルビアは俺が創設したグループではあるが、現在は後継に任せているため、メンバーとはいえない。
「対等なビジネスパートナー、ってとこだ」
「……何をしたら、個人が半グレグループと対等なビジネスパートナーになれるってんだよ」
頭を抱えて、溜め息を吐いた竹虎。
「とにかく。桜木がただの吹かし野郎じゃないのは分かった。じゃあ、何か? 俺はこのあと愛美とウサギに連絡とって二人の無事を確認した後は、晴れて自由の身ってことなのか?」
「ああ、そうだ。覇道昇竜会はこの後すぐ潰れる。そしたらお前は晴れて自由の身。……カタギに戻って、いくらでもやり直せば良い」
俺は優しく諭すように、竹虎に言う。
竹虎のボクシングの才能は、本物だ。こんなところで潰れて良いわけがない。
「……その前に、受け取った金は全部鬼道さんに返して、俺がぶん殴った相手にも頭を下げる」
しかし、竹虎は苦悶の表情を浮かべて、硬い声音でそう言った。
「金は迷惑料だと思って受け取っておけ。お前がぶん殴った相手も……どうせろくでもない相手だし、気にすんな」
おそらく、竹虎が殴った相手は薬に手を出したラリッちまった奴と、俺くらいのものだろう。
やはり、ろくでもない相手しかいないな。
竹虎は俺をじっと見てから、
「確かに、お前の言う通りだな」
「ぶん殴るぞこの野郎」
俺が答えると、彼は微笑みを浮かべてから、言った。
「やっぱ、金は鬼道さんに返そうと思う。その上で、ぶん殴ってやらなきゃ、気が済まねーよ」
「そういうことなら止めねぇよ」
俺の言葉に、竹虎は真剣な眼差しを向けてから、口を開いた。
「まだ全部が終わったわけではないってわかってるけど。桜木には、本当に助けられた。この借りは、いつか必ず返す」
俺はその言葉を聞いて、真剣な表情の竹虎の頬をビンタした。
「……いって、今余計なこと言ったか、俺?」
いきなりビンタされたというのに、怒ることもなくただ不思議そうに首をひねりながら、竹虎は俺に問いかけた。
「俺みてぇな半グレもどきにはもう関わんなよ、未来のチャンピオン。お前が将来有名人になった時に、『俺はこいつに喧嘩で勝ったことがある』って自慢するから。それで貸し借りはなしだ」
驚いたような表情を浮かべた竹虎は、それから拳を握って俺の胸に軽く押しあててから、言った。
「自慢する相手もいない陰キャのくせに、何言ってんだか」
いい度胸してんな、こいつ。
そう思って再び手が出そうになったが、ばかばかしくなって、結局止めた。
俺と竹虎は、しばし顔を合わせて笑いあった。
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