第15話 いつもの光景

「仁先輩、毎朝私におにぎりを作ってくれませんか?」


 おにぎりを食べた歌音が、真剣な表情でそう言った。


「プロポーズ?」


「違いますよ、勘違いしないでくださいよねっ!」


 プイっ、とそっぽを向いて歌音(ツンデレ)はそう言った。


「悪いが、ウチでは楓が朝食を作ってくれてるから、それはできない」


 俺の言葉に、歌音は勢いよく楓を見た。


「楓さんはおかずと味噌汁をお願いします! 私、朝からがっつり食べる派なんで!!」


「お前、俺の想像以上に太々しい奴だな」


 俺が呟くと、楓は恭しく頭を下げながら答える。


「あいにくですが、歌音さん。我が家の朝食は、若の希望により小倉あんトーストが基本になっているので……お味噌汁は出せません」


 楓の言葉に、「そんな!」と衝撃を受けた様子の歌音。

 余計なことを言う前に、組員たちにご飯を提供する手伝いをさせる。


 相変わらず、組員たちは美味い美味いと飯を頬張ってくれる。

 その様子を見て、基本無表情な楓も僅かに頬が緩んでいた。


 それから、後片付けを毒島と手分けして済ませる。

 楓と歌音には、別に用意をすることがあるため、二人は別室にいる。

 

 用意というのは、この後夜廻りをするために着替えとメイクをしてもらうのだ。


「……お待たせしましたー」


 二回目だというのに、メイクにも服装にも慣れた様子はない。

 おかげで、良い感じにダウナーな地雷系女子に見えるので、良しとしよう。


「準備できたみてぇだな。今日はちょっと早いが、行くぞ」


 俺の言葉に、二人は頷く。

 時刻は21時を少し過ぎたころだ。


 俺たちは見慣れた夜の繁華街を歩いて行く。

 バカ騒ぎしている若者、二件目を探すサラリーマン、風俗のキャッチに捕まるおっさん。

 安心感さえ抱くほど、いつも見ている光景だった。


「若、お疲れ様です」


 そんな中、早めに夜廻りをしてもらっていた葛城と合流をした。


「お疲れ様です」


「こんばんは」


 楓と歌音がそれぞれ挨拶をした。


「おう、一人にして悪かったな葛城」


「いえ、問題ありません」


「それで、俺がメールで写真を送った二人、見たか?」


「いえ。男の方も、女の方も見ていませんね」


 葛城は首を振って答えた。


「写真の二人って、チャラ男先輩とタカビー先輩のことですか?」


 歌音が隣から問いかけてきた。

 茶髪ピアスとバカ女のことを言っているのだろう。

 俺は「そうだ」と呟いてから、頷いた。


「そのお二人は、どういった人ですか?」


 そう言えばまだ楓には説明をしていなかったと思い、俺はスマホで二人の写真をメールして送った。 


「二人とも、俺と同じクラスの高校生だ。男の方は、少々やんちゃをしてるタイプの人間だが、クラスの連中には慕われてる。女の方は馬鹿で偉そうで、男にちやほやされて勘違いをしているから、男連中はともかく、女子には嫌われてる」


 俺の言葉に対して、歌音が言う。


「タカビー先輩は良くも悪くもクラスで一番美人な人って感じですけど、チャラ男先輩はスポーツか何かで有名な人でしたよね? 雑誌の取材とか、たまに学校出来てたみたいだし。下級生に割と優しくて、私のクラスにも結構ファンいます。だからイメージは良かったんですけど、仁先輩にだけは特別感じ悪いのでびっくりしましたよ」


 歌音は続けて言う。


「何か酷いことでもしたんですか?」


「俺がやらかした前提で話を進めるなよ……。何もやってねぇ。ただ、あいつが勝手に絡んできてるだけだ」


「仁先輩の主観の話は、あんまり信用できないんですけど」


 満面の笑みで、歌音はそう言った。

 なめ腐ってんなこいつ、と思いつつも、その可愛らしさに免じてついつい許してしまう。


「……聞いた限り、特に問題なさそうな高校生ですが、どうしてわざわざ探してるんですか?」


 楓の言葉に、俺は答える。


「歌音が先週の金曜日、その二人とガラの悪そうな男の三人で一緒にいるところを見たらしいんだよ。それが少し、引っかかってな」


「ガラの悪い男、ですか。ただの人相の悪い知り合い、という可能性もありますが、気を付けるに越したことはないでしょうね」


「そういうことだ」


 楓の言葉に、俺は答える。

 それから、俺たち4人は夜廻りを再開する。


 徘徊している中高生に早く帰るように声を掛け、酔客同士の喧嘩の仲裁に入りながら夜廻りを続けていると……。


「若、路地裏を見てください」


 葛城の声に、俺は視線を動かす。

 中学生くらいの男子が、フードを被った小柄な男に千円札を数枚差し出していた。

 最初はカツアゲかと思っていたが、違う。


「薬か……?」


 男子中学生は、フードを被った小柄な男からパケ袋を手渡されていた。

 うちの組でシャブの売買はご法度。

 つまりウチのシマでシャブの売買が行われるのは、本来あり得ないことなのだ。

 それがあり得るとしたら、組の方針に逆らってシャブの売買に手を出した野郎がいるか……外部の組織がウチのシマで好き勝手をしているかのどちらかである。

 そしてもしそのどちらかにでも該当するのであれば……ケジメはつけてもらう必要がある。


「おい、何してんだてめぇら」


 近づいて声を掛けると、男子中学生は呆けた顔で、


「え、サプリを譲ってもらっていたんですけど」


 と言い。


 小柄なフードの男は、路地裏を|駆け上った(・・・・・)。

 狭い路地を、壁面や僅かな足場を使って、あっという間に簡単には捕まえられない場所に行ってしまう。

 パルクール、という技術だった。


「俺は今の男を追う。お前らはこいつから色々と事情を聴いとけ!」


 我流で学んだパルクールもどきで、俺は追跡を開始する。


「落ちたら危ないですよ、気を付けてくださいねー」


 場違いなくらいのんびりした歌音の声音に気が抜けそうになりながら、狭く不安定な足場を生かして建物の屋上にまでたどり着く。

 周囲を見渡すと……いた。


 フードの男も俺に気付いたようだ。

 奴は視線の先で俺に中指を立てて、隣の建物に飛び移った。


「……上等だ、クソ野郎」


 俺はそう呟いてから、後を追った――。

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