第10話 交渉成立
歌音視点
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「あんた、どこの家に世話になってたの? 警察の厄介になっていないか、心配してたよ」
翌日の夜。
自宅のマンションに戻ると、私を迎えたお母さんが不機嫌そうに言った。
私の身の安全よりも、警察の厄介になっていないかの方が心配だったらしい。
「……あの人はいないの?」
「あんたね、お父さんに向かってそんな言い方するもんじゃないよ」
大げさにため息を吐いてから、綺麗な眉間に皺を寄せながら、お母さんは言った。
「そう、それなら今からあの人の部屋に入りにいこ」
「仕事中だから、鍵かけてると思うわよ?」
「関係ない、あの人に話さないといけないことあるし、お母さんにも聞いていてもらいたいし」
私は首を傾げるお母さんと一緒に、再婚相手の部屋に向かって歩く。
扉を見ると鍵が閉まっているようだった。
服の内側に忍ばせていた金づちを取り出し、振り上げた。
「――は?」
お母さんの惚けた声が耳に届いた次の瞬間には、手にした金づちを思いっきり振り下ろした。
「な、何やってんのよあんた!?」
お母さんの問いかけに応えるつもりはなかった。
扉の鍵は運よく一撃で壊れていた。
私が思いっきり扉を蹴り開けると、ベッドの上で下半身丸出しにして、隠し撮りしていた私の写真とくすねた下着をオカズにして自慰行為にふけっている変態男がいた。
「……え、何?」
怒っているのか悲しんでいるのかよく分からない表情で呟きつつ、彼の右手は未だに動き続けていた。突然の出来事にパニック状態になって、自分でもどうしたらよいのか分かっていないのかもしれない。
とりあえず、私はスマホでその醜態を録画することにした。
唖然として何も言えないでいるお母さんとその再婚相手は、口を大きく開けていたが、何も言葉を発することが出来ていなかった。
そんな二人に向かって、私は啖呵を切る。
「お前らに言いたいことは一つだけ。私はこの家を出るけど、そっちからは二度と干渉するな。その約束が守られなければ、この動画は全世界に公開する」
それから、私は二人に中指を突き立てる。
「世間体とか、真っ白な経歴とか、お金持ちの若い夫とか、そういうのが惜しくないなら好きにすればいい……じゃーね」
言いたいことは言えたので、私は自室に向かった。
高校入学前に引っ越しをしたから、ここで暮らしたのは1年とちょっとだったけど、驚くほど思い入れはない。
最低限の荷物を整理して鞄に詰め込み、家から出る。
扉を閉める前、二人の言い争う声が耳に聞こえたけど――私にはもう関係のないことだった。
それから、駐車場に停まっている黒塗りの車の後部座席に乗り込む。
「器物破損に恐喝。今のやり取りのどこに、お前に配られたカードを生かした要素があるんだ?」
呆れたように掌で顔を覆いながら問いかけたのは、隣に座っている先輩だ。
「私の可愛さに利用価値があると思っている先輩がいつでも助けてくれるってわかっていたから。私はこうして好き放題暴れられたんです。これも、カードの切り方の一つじゃないですか?」
先輩は私に盗聴器を持たせていた。
部屋の様子をずっと伺っていたのだ。
「釈然としねぇ……」
苦笑する先輩。
彼はそれから「まぁ、良い」と呟いてから、続けて言う。
「これからの話をするか。有栖には迷惑をかけた詫びに、割の良いカタギのバイト先と保証人の要らない格安の物件を紹介してやるよ。金も、高校卒業するまでは不自由しないくらいには渡してやる」
「仕事と、住む場所……」
私は先輩の言葉を繰り返してから、今日一日考えてたことを口にする。
「私、これからも先輩の部屋に住まわせてもらいます。もちろん手伝いもしますから」
私の言葉に、先輩の視線が鋭くなった。
「……お前、俺のこと舐めてんのか?」
低く、重い声。
良いように利用することはできないぞ、という意思が言外に伝わる。
彼に威圧的な視線を向けられていると、ホテルの一室で暴力をふるっていた彼の姿が脳裏を過り、身体が震えそうになる。
けれど、ここで引くつもりはない。
「私の容姿には、利用価値がある。そう思いませんか?」
私が言うと、先輩はじっと私を見てから――溜め息を吐いた。
「そのことに異論はない。お前の容姿は抜群に良い。今回みたいなことにはもちろん使えるし、夜の仕事以外にも金を稼ぐ方法はいくらでもあるだろうし……出来ることなら、手元に置いときたい」
「じゃあ、決まりですね」
私の言葉に、先輩は真っ直ぐにこちらを見つめて答える。
「一応言っておくが、勘違いするなよ。俺はお前に絆されたわけじゃねぇからな」
そう前置きをしてから、続けて言う。
「お前がこれからもウチの世話になるってんなら――その間、有栖は俺の所有物(モン)だ。それを肝に命じとけ」
家出を拾ってもらった時よりも、随分と待遇が悪くなったように思う。
だけどそれは、先輩なりの優しさだったのかもしれない。
この条件を飲んでしまえば、私はきっとまた――怖い目に遭ってしまうのだから。
でも、あまり表に出せない仄暗い感情を有していることを自覚してしまった今、これまで通りの生活は送れないと思った。
「一個だけ、条件を付けても良いですか?」
だからせめて。
私からも、一つだけ条件を提示させてもらいたい。
不機嫌そうな表情を浮かべてから、「条件による」と答えた先輩に、私は言う。
「これから私のことは、歌音(かのん)って呼んでください」
「……なんで?」
キョトンとした表情で、先輩はそう問いかけた。
なんだかおかしくって、私は笑みを零しながら答える。
「有栖って、再婚相手の苗字ですから。愛着もなければ、呼ばれ慣れてもいないんですよ」
先輩は額に手を当て俯きつつ、くつくつと笑っている。
「……良いぜ、交渉成立だ。これからよろしく頼むぜ、
笑いながら、先輩は握手を求めて右手を差し出した。
私は握手に応じてから、
「あ、それじゃあ私もこれから先輩のこと『若』って呼んだ方が良いですか?」
「絶対にやめろ。これからも同じ高校に通うわけだし、今まで通り『先輩』で良い」
「それじゃあ、『仁先輩』って呼びますね」
「……まぁ、それでも良いか」
少しだけ考えた後、考えるのを放棄したような疲れた表情で、彼は言った。
私はもう一度きつく彼の手を固く握ってから、言う。
「改めて、これからもよろしくお願いしますね。……仁先輩」
私の言葉に、彼は無言のまま頷いていた。
――この行動が正解か、もしくは取り返しのつかない失敗なのか、今は分からない。
だけどこの行動が失敗だったとしても、きっと後悔はしないだろうな、と。
なんとなく、私はそう思うのだった。
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あとがき
ここまで読んでくれてありがとっ(^^♪
今回のお話で、第一章「街を守る良いヤクザ」はお終いです(∀`*ゞ)エヘヘ
「ここまで面白かった!」「これから先も気になる!」と思ってくれた読者のみなさんへ(≧▽≦)
レビューや応援コメント、☆☆☆→★★★で応援してくれると、嬉しくてモチベーションがとても上がります(∩´∀`)∩
ので、引き続きよろしくお願いしますね(∀`*ゞ)エヘヘ
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