異端

ぶんぶん

第1話

 煌びやかな電光を身に纏(まと)った摩天楼の群れがうごめく。絶えずゴゴゴゴという重低音を響かせながら、宵闇に連なり歩いて行く。皆、三角柱の高層マンションだ。百体の高層マンションは動く。

 いつからそういう生活をしているのか、誰が建設したのか、動力源は何なのか、マンションの群れがどこへ向かって移動しているのか。今生き残っている人類に、それを知る者は居ない。数千年前の構築物は何も言わない。ただ、人々を乗せ、舟のようにゆらゆらと砂漠を歩いて行く。

 そんな群れの中に、四角形のマンションが一体、交じるようになった。大砂嵐の後から、いつの間にか紛れ込んでいた。他のマンション群は三角柱なのに、“それ”は四角柱。高さは低いが、同じペースで最後尾についてくる。窓はあっても中は見えない。それはモノ言わず、ただ群れの中に混じっている。三角柱のマンションに居住する人類達は、ここ数百年の間に起きたことのない事態に、震え慄(おのの)いた。あれは何なのか。誰が住んでいるのか。怪しみ不信がりながらも、その正体を暴いてみたいという衝動にかられた。その衝動は伝染病のように、増え広がる。「何としても、知りたい」という好奇心。幸い、屋上に入口らしきものが見えたので、三角柱の人類は共に協議した。四角マンションが何なのか、誰が住んでいるのか調査しようと。

 マンション群の歩く砂漠には、時折激しい砂嵐が吹く。大砂嵐。そんな日は二重窓はもちろん、外気に通じるありとあらゆる空間を塞ぎ、完全に締め切る。さもないと、砂が部屋の中に吹きこみ、生活に著しい影響を及ぼすからだ。

 なので、四角マンションの調査は、最後に発生した砂嵐が、止んだ直後に行うこととなった。一度止んでしまえば、次の砂嵐が来るまで一週間は余裕が持てるためだ。調査団は、各マンションから選出された考古学や科学者達で構成された、三十人ほどである。先頭を歩く高層マンションから、次の後方のマンションへとワイヤーブランコを張り、順番に移動する。マンションの歩行スピードはそれほど速くはないため、誰も落下することなく、四角マンションの手前まで安全に移動できた。いよいよ明日進入を開始するという日、調査団の人員はお互いを鼓舞して言った。

「マンションは三角型でなければならない。四角型の彼(か)のマンションは異端である。よって我々は、あの構築物に存在するありとあらゆる財宝を接収し、そこに住む生物を僕(しもべ)として活用する権利を有する。ここに集いし調査団は、その権利を保持する第一級国民である」

「然(しか)り。その通りです」

 こうして調査団は四角マンションにワイヤーブランコを張った。屋上からだと落差があり過ぎて危険なため、ビルの真ん中らへんの家に間借りをし、そこから降り立った。すると見よ。四角マンションの屋上は、草花の生い茂る美しい庭であった。

「おぉ。なんという美しさよ。砂漠に移ろうビル群の中に咲いた、オアシスである」

 肝心の居住区へ至るドアにはロックがかけられていた。しかし三角マンションよりも更に古い時代の構築物と見え、ドアは錆がひどかったため、持ち込んだ重機でこじ開けることができた。

「罠があるといけない。全滅しないように、部隊を分けよう」

 三十人の調査団を五人割りし、六チーム作った。最初の一チームは大量の食料を確保して帰って来た。次のチームはその下の階層からたくさんの財宝を持って帰って来た。次のチームはその更に下の階層から、多くの“旧”人類を奴隷として捕まえてきた。その奴隷たちは、言葉は通じなかったが、身振り手振りから察するに『感謝している』らしいことは伝わって来た。調査団は誇らしかった。多くの食料や財宝を確保しただけでなく、旧人類を“救出”することができたからだ。尚も次のチームがその下の階層を調査しようとしたが、旧人類が『やめておけ』というような身振りをした。しかしここまで来て調べずに帰るわけにはいかない。知りたいという好奇心、衝動を何者も止めることはできない。だが旧人類は首を縦に振らなかった。それだけでなく、接収した財産をどうやって三角マンションに持ち帰るかも問題だった。ワイヤーブランコで、少しずつ持ち出してみたものの、大量のモノやヒトを移動させている間に、次の大砂嵐の兆候が表れた。

「このままでは砂嵐に撒かれて我々は全滅してしまう」

 調査団は、仕方なく四角マンションの中に立てこもることにした。

 そして激しい大砂嵐が明けた次の日。

 調査団が元居た三角マンションは、影も形も見えなくなっていた。

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異端 ぶんぶん @Akira_Shoji

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