第20話 旅支度

 俺とハルノさんはDランクの討伐依頼を受けているが、今のところは一度も失敗をせずに続けることができている。


 このまま順調にいけばいずれCランクに上がれるかもしれない。Cランク昇格には基準というものがなくて、冒険者ギルド長の評価次第らしいから、いつになるかはまだわからないんだけど。

 ラヴェンナの先輩冒険者たちの話を聞くと、DからCを目指す人は大体一年から五年くらいかかるのではということだった。だから少なくとも一年はかかるかもしれない。


 でも、俺たちはそんなに待てない。アルビオン王国に向かうためにはCランクに上がってから行こうと自分たちで決めているからだ。なので希望は今すぐにでもCランクに上がりたい。そしてアルビオンに向かいたい。まあ、さすがにすぐには無理なんだろうけど。



 それと旅支度もしなきゃならない。俺たちは討伐報酬の殆どを旅に必要な物や装備、そして旅費として貯金していった。


 貯金は冒険者ギルドにお金を預けることができる。

 ギルドは国営だから国ごとで運営方法なんかが違うらしいんだけど、お金のことについては統一されているらしい。貯金の場合、お金を預けるとギルドの印とギルドマスターのサインの入った証書がもらえる。お金の引き出しにはその証書と自分のギルドタグが証明となって、預けたお金が引き出せる仕組みだ。統一されているから違う国でも引き出せる。

 でもこの証書、意外とでかい。高校で貰うプリントとか、だいたいA4サイズぐらいあるんだけど、紙自体が分厚い。だから折りたたんでもウエストポーチに入れると結構かさばる。

 しかも紙って。これ、旅で雨とか川で濡れたり、インクが薄れて字が消えたらどうするんだろ?



 まあそんなわけで今日は休日にして、旅に必要なものを買いに店を回っている。まずは服装だ。


 今までは二人とも麻製でベージュっぽい色の長袖シャツに紐をベルト代わりにしたズボン、その上に頭から被る革製のベストを着ていた。まあ動きやすいんだけど、防御力は冒険者装備としては最低限のものだった。


 だから俺たちは以前から目をつけていた防具屋の装備を買いに来たんだ。

 早速着替えてサイズなどを確かめてみた。


「おおっ、すごい! かっこいい! これはまるでラノベの冒険者みたいだ」

「なによそれ?」

 いかんいかん、ちょっとオタクっぽかったかな?


 俺は紺をベースにした厚手の服の上に胸当てや肩当て、籠手や脛宛てなど、急所を守る感じの焦げ茶色した革製のパーツ式の防具を選んだ。盾を持たないから機動力優先の装備だ。


 武器も左腰に下げた三日月刀と背後にぶら下げたトマホーク(投げ斧)の他に、8インチ(20cm)くらいある刃渡りの長いナイフを右側の腰に着けている。これはガルムさんに作ってもらったもので、もし刀が折れた時に使う予備の近接武器だ。今のところ殆ど使うことはないけどお守りみたいなもんだな。



 ハルノさんは一見魔法使いらしい紺のワンピースだけど、動きやすさ重視で膝上丈で少し短い。この丈だと少し動いたら当然下着が見えちゃうけどショートパンツを履いてる。ショートパンツは普通に立ってるとスカートで隠れてるから履いてないように見えててなんかずるいやつだ。見えそうで見えない風なところがなんかヤバい。また、膝上まである紺のロングブーツで、これまたチラチラとスカート丈から覗く生太ももがヤバい。

 俺のコメントがなんか変態っぽいけど、だけどそれぐらいかわいいんだ。


 今までは冴えない格好で目立ってなかったハルノさんだったけど、元はすごい美人さんなのでおしゃれするとめちゃめちゃキレイでついつい見とれてしまうほどだ。まあアイドルだったんだから当たり前か。

 まるでラノベにでてくる美人な冒険者そのものだった。現実にいるんだなと思った。


 腰まである黒髪はサラサラで、目はまつ毛も長くて、ぱっちりと大きいのに少し釣り目の切れ長なので一見冷たそうに見えるんだけど、逆三角形の顔の輪郭にすっとした顎のライン、それにスレンダーな体型と相まって、まるで芸術品のような美しさだった。(胸はすこし残念というかなんというか)


「ちょっと、なにジロジロ見てんのよ」


「あいや、ごめんなさい、つい見とれちゃって」


「えっ」


「あっ、ごごごめん!」


「う、うん……、そっか、そっかそっか。ふひ。ふひひひ」

 ドヤ顔でくるくる回りながら鏡に映る自分を眺めるハルノさん。笑い方がなんかやらしい。


……この人黙ってると絶世の美女なんだけど、喋るとなんでこんななんだろ?

 まあでも、最初はイメージ違うなあとか思ったけど、素のハルノさんも人間らしくて悪くないと思った。


 次は外套や鞄などの旅の装備だ。

アルビオンまではほぼ徒歩なので大きめのリュックだな。

 外套は布製のローブにした。二人とも濃紺で揃えた。もし街中ではぐれたときにわかりやすいからね。布製だから防御性能はないけど軽くて風や日差しを避けられればいい。


 これであらかた整った。あとは二・三日野宿する討伐依頼なんかで不便なことや不足したものはないか確認しながら必要なものを追加していこう。



 そして、お世話になったタイラーさんたちブラックストライカーのみんなには俺たちのことを話さないといけない。

 こんなにお世話になったのに隠し事なんてこれ以上できるわけがなかった。


 そんなわけである日の夜に一緒にご飯を食べようと誘ったんだ。


「お前らから誘ってくれるなんて嬉しいじゃないか。よし! 今夜はたっぷり飲むぞ!」


「は、はい。今日はとことんやりましょう。ですが、その前に少しお話があります」


「なんだ? 改まって……、はっ! まさかお前ら、いよいよ付き合うとかか?」


「ち、違いますって!」


「違うのか? じゃあなんだ?」


「はい、俺たちの出自というかなんというか。実は、俺達はこの世界の人間じゃないんです」


「どういうことだ?」


 俺達は元の世界のこと、そして突然この世界に飛ばされてきたこと、ガルムさんに聞いた勇者召喚に関係してるのではということを話した。


「そうか、そうだったのか。お前たち、苦労したんだな。よく打ち明けてくれたな」


「いえ、今まで黙っててごめんなさい」


「謝る必要はない。誰にだって秘密はあるさ。それに冒険者はお互い手の内を見せないもんだ」


「そう言っていただけると、なんだか気持ちが楽になりました。ありがとう、師匠。そんなわけで、俺達はいつかここを出てアルビオンに行こうと思います。そして元の世界に帰る方法を探しに行きます。まあ、旅は危ないからCランクに上がってからにしようと思っていますけど」


「そうか、わかった。お前たちがいなくなるのは寂しいがしかたない。それまでに準備なんかもあるだろう。昇格についても何かあれば手伝うから何でも相談してくれ」


「師匠〜。あ、ありごとうございます!」


「気にするな。よし! じゃあ飲むか! お前たちの門出を祝ってな!」


 タイラー師匠がエールのジョッキを持ち上げようとしたとき、別の人からストップがかかった。

「待ってください! あたしも話があります!」


 ハルノさんが思い詰めた表情で割って入ってきた。なんだ?


「あの! あたしの名前、ホントはハルノじゃないんです」


「えっ、なんだって? 偽名だったのか?」


「偽名っていうか、芸名っていうか」


 ハルノさんがなかなか説明できないようだから俺も事情を話した。


「ハルノさんは元の世界ではアイドルって言う仕事をしてて、その仕事の名前がハルノさんなんです。だから偽るための偽名というわけではありません。多くの人たちからはハルノさんて呼ばれてましたからね」


「コウ、あ、ありがとう」


「いえ」


「……八重よ」


「えっ」


「あたしの本当の名前、八重っていうの。黒森八重(くろもりやえ)。それがあたしの名前なの」


「ヤエ。八重さんか」


「地味でしょ? 名字も黒い森って、ねえ? だから芸名を使ったの。八重は春に咲く八重桜から来てるからハルノってね」



「そうだったんですね。ん? 八重桜? あれって四月の終わり頃に咲くやつですよね? ハルノさんは二月生まれなんじゃ?」


「そうよ。あたしは二月十五日生まれ。だけどね。本当は四月か五月に生まれる予定だったの。あたし早産だったのよ」


「早産?」


「うん。予定よりも早く生まれてしまうことよ。だからあたしは未熟児として生まれたの。

呼吸障害とか、低体温症とかで、自分では生きられなくてだいぶ弱ってたみたい。お医者さんからは長くはもたないだろうって言われたらしいわ。お母さんは、せめて生まれる予定だった四月まで生きてほしい、て願って八重ってつけてくれたの。神様にね、四月までは何とか生きさせてって。それからは、無菌室から出て触れることができたら自分が何としても守るからって。そうしてあたしには八重っていう名前がついたの」


「そうだったんですね。いい名前です、八重さん」


「あ、ありがとう。コウ。 あの、アナ師匠、今まで黙っててごめんなさい」


「いいのよ、気にしないで。よく話してくれたわね。うれしいわ。ヤエ」


「うっ、うん。なんか恥ずかしいよ。ほんとの名前で呼ばれるの、久しぶりだから」


「とってもいい名前よ。ヤエ。

うふふふ。それじゃあ私たちも、そろそろ発表しようかしら? ねえリーダー?」


「ああ! そうだな!」


 ん? なんだ?


 アナさんがタイラー師匠に確認を取って、そしてこの日一番の秘密が暴露された。


「私、タイラーと結婚することにしたの」


「「「「ええーーーーーーーー!」」」」


 俺とハルノさん、もといヤエさんだけでなく、パーティメンバーのコナーさんとザカリーさんまでもが驚いていた。ははは、知らなかったんだ。


「あら? そんなにびっくりした? それはよかったわ。 秘密にしてた甲斐があったわね」


「いやいやいや! アナ、ウチのリーダーて、歳がだいぶ違うだろう?」


 そういえば皆さんの歳を知らないな。でも、見た目はこの二人、親子ぐらい違うぞ?

タイラーさんは四十過ぎくらいに見える。アナさんは二十代前半とかじゃないのかなあ?


「まあ確かに十五歳くらい違うけどね」


「「なんだってー!」」 コナー&ザカリー


「でも愛に年齢なんか関係ないわよ? 」


「「……おれ、狙ってたのにな」」 コナー&ザカリー


「はっはっはっ、お前ら心の声が漏れてるぞ? まあ誰にもやらんがな」


「ちっ、こんなのどこがいいんだ? アナ。 たしかにリーダーは強いけどさ。他にいいとこないぞ? 顔も不細工だし」

「そうだそうだ! 俺たちの方が三倍はかっこいい! それにリーダーはどう見たって初老だぞ?」


「あら、私の旦那にいちゃもんつける気? でもまあいいわ。今回だけ見逃してあげる。

あなたたちの言う通り、彼のいいところは強さよ。いい? 私たちは冒険者よ?

強くなきゃ長く生きられないわ。弱かったら結婚してもすぐに死に別れるかもしれないし、父親がいない子供が育つことになるかもしれない。私たち冒険者に最も必要なのは生き残る強さなのよ。そして私が今まで見てきた中で、タイラーが最も強い男よ。惹かれて当たり前じゃないの」


「う、うそ、まさかアナから惚れたのか? この猛獣からじゃなくて?」


「そうよ。この人、私のことなんてまったく女として見てなかったんだから。まるで妹か、ひどいときには娘ぐらいにしか見られてなかったわ。だから既成事実をつくっ、 げほげほごほ! まあそういうわけで私から告白したのよ」


「「そんなーーー!」」


 はは、コナーさんとザカリーさん、めちゃくちゃショック受けてるな。それにしてもさすが俺の師匠、若くてきれいな奥さんもらったなあ。


「師匠! おめでとうございます! びっくりしたけど、おれ、お二人はお似合いだと思います! お幸せに!」


「まあその、アナ師匠。師匠がいいならあたしもお祝いするわ。おめでとう。幸せになってね」


「うふふふ、ありがとう二人とも。それにしても、ウチのパーティメンバーからはまだお祝いの言葉をいただいてないんだけど?」

 アナさんがザカリーさんとコナーさんを軽くにらんでる。


「 知らんまに俺たちだけ取り残されてるよ!」

「くそっ、お前らうまいことやりやがって!」


 ん? おまえら? なにいってんだザカリーさん?


「リーダーもコウも、もうお前らは友達じゃねえ! この裏切り者めえ!」


「えっなんで? 俺関係ないよね?」


「お前はヤエと付き合ってんだろ? ちきしょう! 二人とも美人のカノジョを捕まえやがって!」


「ちょっと! あたしとコウはそんなんじゃないわよ! ただのパーティメンバーよ!」


「えっそうなの?」コナー

「それホントなのか?」ザカリー


「そうよ! なんでそうなるのよ! 絶対ちがうわ! ありえないから!」


「は、はは、ははは」

 そんなにきっぱりと言わなくても


「お、そ、そうか。 コウ、なんかごめんな? な?」コ

「お前も頑張れな? へこたれるなよな?」ザ


「は、はい。 いやほんとそうですよね。 俺なんかにヤエさんはもったいないですって。はははははは、はは…」


「……もう。そんなに落ち込まなくてもいいじゃないのよ」



 まあ、そんなわけで師匠達にも俺たちのことを打ち明けることができた。

 よし、あとは頑張ってCランクに上がって出発だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る