とある少年の冒険譚 ~アイドルと異世界転移~

星乃千尋

Chapter1 ~ A twist of fate ~

第1話 とある少年の独白

バレンタイン・デー


 まったく誰が考えたのか、迷惑なイベントだ。


 この日、教室では男子達がいつもと違ってなんかソワソワしてる。

 きっと誰かからもらえるんじゃないかって期待しているんだろうな。

 だけどもらえるのはほんの一部のヤツだけだと思う。


 自分でも自覚してるほどにパッとしない俺なんかは学校で寂しい一日を過ごすことになる。

 でも、少なくとも二個はもらえるんだ。母さんと妹なんだけどね。二人とも俺が女の子からもらえないとわかっているのか、毎年チョコをくれるんだ。

 ゼロよりは幸せだろう。ありがたい。まあ、恥ずかしくて人には言えないけどね。


 ウチは三人家族で、父さんは俺が七歳の時に病気で他界した。残してくれた生命保険と、母さんのパート勤めのおかげで不自由ではない生活を送れている。

 そんな環境だからか、家族は本当に仲がいい。母さんも妹のなみも、俺にベタベタと腕を組んでくるぐらいなので、家族で外出のときは知り合いに合わないようにすごく気にしてる。

 だって学校のヤツに見られた日にはマザコン、シスコンとバカにされるに決まっているからね。


 俺の名前は村手幸むらて こう。十六歳になったばかりでもうすぐ高校二年生だ。学校も都内では学力でそこそこ上位に入る公立高校に通っている。

 母さんが仕事だし、家事は俺と中学二年になる妹と分担してやっているのもあって、俺自身は部活や友達付き合いもほぼやらない。でもボッチじゃない。俺はそこまでじゃないけどラノベオタクのヤツとか、俺は違うけどアイドルオタクのヤツとか、なにかのオタク系ばかりだけど友達はいる。


 そんな俺だけど、バレンタインである今日の夜は予定がある! でも残念ながら彼女とかじゃない。アイドルオタクの屋代やしろが有名アイドルのバレンタインライブに誘ってくれたんだ。


 俺はドルオタじゃないが「Claraクララ」は俺でも知ってる超人気のアイドルグループだ。

 テレビでしか見たことないアイドルが見れるのでこの誘いには二つ返事でOKした。

 今日は母さんも仕事が休みで家のことはやらなくてもいいしね。


Claraクララかー。楽しみだなー」


「ふっ。誘った僕に感謝するのだな。村手」


「ああ。ありがとうな。チケットがタダだったらもっと感謝したのにな」


「そこまでするか! 僕も金払って手にいれたんだからな!」


「まあ。誘われないとこんな機会無いから、感謝してるよ」


「そ、そうか。ならいい。今日は楽しもう」


 白とピンクの目立つ羽織にハチマキといったドルオタファッションの屋代と話しながらライブ会場に着くと人の多さに圧倒された。五万人とか入るドームがほぼ満員、すごい人気だ。


 Claraはよく歌番組やCMにも出るので曲は知ってるけどメンバーのことを詳しくは知らない。ライブならトークなんかもあると思うからどんな子達なのか楽しみだな。



 席に着いてから三十分待つと、いよいよ始まった。聞いたことある曲がかかり、歌いながらの登場だ。

 待ちくたびれた観客が一斉に騒ぎ出す。隣の屋代も両手を上げてなんか吠えだした。みんな熱狂的だな。もうなにがなんだかわからない状況だ。でも、ステージに立つ女の子たちの歌声はなぜかよく通り、歓声に負けないはっきりとした声が俺にも聞こえてきた。

 それはまるでこの騒音ともいえる歓声さえもが曲のメロディになっているようで、不思議な感覚だった。これがアイドルのカリスマか。


 Claraは三人グループで両端の二人がかわいい系で、真ん中の子はクールできれいな人だ。メインボーカルも真ん中の人で名前はハルノちゃんだ。

 屋代が取った席はだいぶ右端だがファンクラブの優先チケットなだけにアリーナの一番前だった。ステージを動き回ってくれるので近くまで来ると表情までよく見える。やっぱり好みはハルノちゃんだな。黒髪ロングで足が長くて、スタイルはバレーボール選手みたいにスラッとしてる。カッコいい。胸はちょっとあれだけど。


「ねえ聞いてみんな! こないだこんなことがあったの!」

 ひとしきり歌声に酔いしれたあとは三人のトークタイムだ。ナッチという愛称の女の子が最近の自分にあった出来事を話しだす。笑顔で明るく話す姿はなんだかかわいい。話し上手な感じだ。


 それに他の二人が相槌を打つ。エリちゃんって子とセンターのハルノちゃんだ。

「えー! すごいです! ヤバイですね!」

 テンション高めで相槌を打つエリちゃんは元気いっぱいなお嬢様系だ。

「ふーんそうなんだ……」

 ありゃ? 以外と普通の返しをするハルノちゃん。トークは苦手なのかな?


「ちょ、ちょっとハルノん、 なによそのリアクションは!?」

「えっ だってほかになんて言えばいいか……」

「まったくハルノちゃんはトークはダメダメですね」


『『『『ははははは』』』』

『かわいいよハルノちゃん!』


 毎度のことなのだろう。ハルノちゃんは話下手のようで、ナッチとエリちゃんのツッコミに観客のみんなが笑う。


 トークはかわいい系二人がキャピキャビとした感じであまり喋らないハルノちゃんをちょこちょこからかう感じなので仲いいんだなーと思った。いいグループだね。

 ハルノちゃんは歌っているときはきれいな歌声とキリッとした表情にドキッとさせられるけど、トークになるとすごくおとなしくなっちゃってやっぱりかわいい子だなと思った。はっきり言ってめちゃ好みだ。


 衣装も最初のはアイドルっぽくひらひらしたスカートだったけど何回も変わって、最後は騎士っぽい制服のような格好になった。騎士なのにスカートなのがなんかいい。かっこかわいい。アニメとかに出てきそう。



 ライブはすごく盛り上がって楽しかった。

 だけど、最後のアンコール曲のとき、それは起こった。


 ちょうど俺たちのいる右側のステージに歌いながら来てくれたとき、ハルノちゃんがキラキラと光りだしたんだ。ライブの仕掛けかなと思ったけど本人も隣の二人もびっくりしてる。でも歌はやめないところがプロだな。

 あれ、なんかちょっと浮いてるぞ!

 と思ったらハルノちゃんだけ前に飛び出て来てステージから落ちそうになった。足つかないから止まれないんだ。


「あぶない!」


 ちょうど俺の目の前だ。俺はとっさに席を立って両手を出した。

 だけどハルノちゃんは落ちることなく浮いたままだった。俺が触れるか触れないかというところで光が強くなり、周りがパアッて真っ白になった。





 しばらくして、いつの間にか塞いでた目を開けると、ハルノちゃんが膝をついて同じように目を開けたところだったようだ。無事そうだ。あっ、やばい。近づいたら他のファンに袋叩きにされるかも!


 そう思い、後ろを振り向いたら、


 そこには誰もいない夜の草原が広がっていた。

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