第57話 陽の差すダンジョン・アルカン3

「こんな場所でまさかと思っていましたが……。やはり貴方は聖女クリスティーナ様ですね」



「いいえ、違います。まるっと全然、人違いです」



 王子様系イケメン問いに、無機質な表情で即答するクリスティーナ。


 おいおい、この聖女様ってば。


 ナチュラルに嘘をついたのだけれど、これって聖女様的にどうなのだろうか。

この世界的にアリなのか、……いやギリギリアウトだろうな。


 それを受けて王子様系イケメンはどうかというと。


 さすがに、次の言葉が出ない。


 まさか全力で否定されるとは思っていなかったようで。


 鳩が豆鉄砲を喰らったようとは、正にこの事。


 もし自分があのような対応をされてしまった日には、三日ほど部屋にこもってしまうこと必至。


 しかし、それでも負けないのがイケメンのバイタリティだろうか。

すぐさま立ち直り、呆けていた表情をキリッとしたイケテルフェイスに戻すと、その口を開く。



「……いえ、そんなワケがありません。

以前、この目でそのお姿を拝見してからと云うもの。一度たりともそのお姿を忘れたことなどないのです。格好は違えど、聖女様を間違えるはずはありません」



 などど。舞台役者さながら語ってみせる姿は。


 まるでイケメンのイケてる部分を様々と見せつけられれているかのようで。

今にもキラキラとした何かが零れんばかりだ。


 ナウでヤングなジャパン女子であれば、きっと今頃、目がハートマークになっているだろう。


 俺もあんな風になりたかった。……切に思う。


 イケメンであれば、イケメンでさえあったのならば。

あんなことも、こんなことだって思いのままだったはずだ。


 「世界は私を中心に回っているの」なんて、スイーツ極まる発言を一度でいいからしてみたかった。

そして、SNSで拡散からの炎上などスイーツ女子の花道ではなかろうか。



「……もういいでしょうか?」



「っ……」



 クリスティーナさんからのトドメの一撃。

これ以上、もう何も話すことはないと、意思表示しているかのような鉄壁の防御。


 聞いているコッチまで、胃が痛くなってくるこの感じ。

過去のトラウマが、沸々と湧き上がってくる。


 中学二年の夏、佳代ちゃんから向けられたあの目が今も忘れられない。


 などと考えていると、


 ふいに服を引っぱられる感触に目線を向ける。

そこには、クリスティーナさんが上目使いでコンニチワ。


 王子様系イケメンとはまるで違う、柔らかさを持った表情で口を開く。



「ご主人様、行きましょうっ」



 グイグイと服を引っぱられるまま、ダンジョンの入り口へと進む。

それにつられて、ローズとクレアさんも俺たちの後を追う。



「ちょっ、ちょっと待ってく……!」



 先程よりも遠くなった王子様系イケメンの声を背に、俺たちは『陽の差すダンジョン・アルカン』の中へと入っていた。







 灰色の石材で組まれた壁と床。

そこにアクセントを加えるのは、蔦のようにはえた植物。


 巨大な壁に囲まれて圧迫感は感じ入るものの、地下へと続くダンジョンに比べると圧迫感はない。

それも全て、青く澄み切った大空が見えているせいだろう。


 『陽の差すダンジョン・アルカン』の中へと踏み込んで30分余り。

圧巻ともいえるその景観を楽しむ間もなく、俺たちは全力で走っていた。


 後ろからは豚とカエルを合わせたかのような、なんとも形容のしづらい魔物。

それが「ブフゲロッゴブフゲロッゴッ」と、カエルなのか豚なのかハッキリしない鳴き声をあげて迫っている。


 ざっと見た感じ、10数体。


 一つだけ言うと、逃げてる理由はその魔物がけっして強いわけでも、数が多いからでもない。

倒した時に吹きでる体液がとても・・・臭かったからだ。


 二匹目を見た瞬間、即座に逃亡を決めてしまうほどの悪臭。


 これが都内地下鉄なんぞでぶちまけられた日には、消防車や救急車を巻き込んでの大騒動となること間違いないだろう。


 テロ問題に敏感な昨今。もしかすると防護服を着た人たちが現れて、お昼のニュースなんかを独占してしまうかもしれないそんな臭さマジヤバイ。



「いっ、行き止まりよっ!」



 先頭を走っていたローズが叫ぶ。


 その言葉通り、袋小路となった壁が俺たちを阻む。


 このままでは、あと数十秒もしないうちに追いつかれてしまうだろう。

覚悟を決めて、始まりの剣という名の戦斧を握りしめて魔物に向き合う。


 これはあれだな、俺が泥を被るしかないだろう。

まさか女性陣にあの臭い体液を浴びせるわけにはいかない。



「俺がと……」



「ここは私に任せてっ!」



 ……まじかよ、ローズさん。



「しかし、あの魔物の体液は……」



「そうですよ、ローズさんっ! 死んでしまいます!」



 いや、死なないけどな。

体液は臭いけど、レベル的にローズでも倒せるものだし。


 ただ、ちょっと数は多いかなとは思うけど。



「今まで全然、役に立ててないからこれくらいは……!」


 

 それは、覚悟を決めた声だった。


 ふと横を伺えば、クレアさんがこう誇らしいものを見るような目線をローズに送っている。



「ろ、ローズさんっ」



 それでも尚、止めようとするクリスティーナを手で制する。


 違うのだ、違うのだよクリスティーナ。

ここまで覚悟を決めた者を止めるのは、侮辱以外のなにものでもない。


 そう、ローズは今、死地へと向かう戦士なのだ。


 それを止める手段など、ああ、あるはずもない。



 ローズは腰から剣を引き抜き、振り上げる――



「うおっあああああああああああああああああっ!!」



 雄叫びをあげて魔物へと向かうローズの勇姿を、俺たちは尊敬の眼差しで見送るのだった。


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