第51話 乗り合い馬車は行く2
はりきって出て行った、『黒鉄の剣』のメンバーだったが、アッサリと盗賊団にやられてしまった。
さて、どうしたものか。
正直、一人であれば逃げちゃっても、いいのだけれど。
この状況では、そうもいかない。
それに、『黒鉄の剣』のメンバーは、良い奴っぽいし。
ここで見殺しにしたら、きっと目覚めがわるい。
やっぱり、朝は気持ちよく起きたいもんな。
「あの、ローズさん」
「な、なにかしら?」
「あの盗賊団は、お姉さんからの刺客だったりしませんかね?」
「それはないと思うわ。いくら王女とはいえ、大人数の刺客をそう何度も送れるほど、自由にできる金はないハズよ」
なるほど。王族とはいえ、お金を湯水のように、使うことはできないらしい。
だからこそ、傭兵団を雇うために、儀礼通貨なんて虎の子を出してきた訳だ。
しかし、逆にいえば、少人数の刺客なら可能かもしれないということ。
「なるほど、わかりました。ローズさんは、この馬車から出ないようにお願いします」
「えっ、ちょ、ちょっと……あなた一人で何とかする気なのっ?」
「ええ、そのつもりですが」
なんだろう、心配でもしてくれるのかな。
それでもって、涙を流しながら心配するローズに、カッコイイセリフなんかを、言っちゃうシーンだったりするのだろうか。
やばい。人生でやってみたいことリストがまた一つ、埋まってしまう予感。
と、思ったけど。
……違うわ、これ。
涙どころか、すげーキラキラした目してるもん。
『ねぇ、今度は、どんな戦いを見せてくれるの?』、みたいな感じ。
自身の安全も振り切って、全力で趣味に生きるローズさんマジパネェ。
よほど、冒険とか、冒険者に憧れているらしい。
まぁ、そういう生き方は、嫌いじゃないけどね。
心配だったローズも大丈夫そうだし。
よし、行くか。
馬車を降りて、向かうは盗賊団。
さっそく、見つかったようで、三人ほどが俺へと近づいてくる。
もちろん、凶器持参でお出迎えである。
これはどう見ても、話し合いで解決できるような雰囲気はないな。
ステータスで確認したところ、レベルは10前後。
他のパラメーターも、これといって特出するものはない。
至って平凡その物。逆に、こちらが手加減をしなければ、死んでしまいそうだ。
今回は、マイウェポンの使用をやめておこう。
過剰戦力というやつだ。
「へっへ、まだいやがったか」
盗賊の一人が、ニヤけた笑みを浮かべる。
その見た目は、汚れが目立ち余り衛生的ではない。
装備も使い古された皮の胸当てだったり、切れ味の悪そうなショートソードだったりと。
冒険者がする物よりも、一段下に見える。
「おい、コイツなんか黄色くねぇか?」
もう一人の男が、そう言うと残りの二人も、
「顔も平たいぞ」「ああ。黄色くて、平たいな」
などと、好き勝手に言ってくれる。
やめてよ、もう。
アジアン野朗のデリートゾーンを抉るのは。
しかし、相手は薄汚いとはいえ、白人のような彫り深さに返す言葉がない。
「馬車に上玉の女が見えたぜ。さっさと、この男を殺って楽しもうぜ」
「ああ、そうだな。ぐへへ」
さすがに、この言葉は無視できない。
足に力を込めて、踏みだす。
数メートルは、あったであろう距離が、あっという間に詰まる。
本来であれば、こんな高スピードに自身の反射神経がついていけないと思うが。
しかし、今は高ステータスの恩恵を受けて、まるでスローモーションに感じる。
そして、盗賊の隙だらけの腹へ、蹴りを入れる。
ドコッ。
鈍い音をあげて、蹴られた盗賊が盛大に吹き飛んだ。
突然、俺が目の前に来たかと思ったら、仲間の一人が吹き飛んだ状況に、
理解が追いついていないのか、完全にパニック状態になる盗賊達。
続けて、残った二人にも蹴りを入れる。
最初の一人と同様に、遥か向こうへ消えていった。
その様子を受けて、盗賊団の視線が俺に集まる。
強面の方々に睨まれて、ちょっとビビるが。
ここは、格好のつけどころ。
最高にハードボイルドしてみせるんだから。
ボスっぽい男のへ向けて、ずず、ずいっと歩く。
すると、どうだ。
ボスっぽい男の顔が、どんどん青ざめていくではないか。
「あっ、ああ……」
あれ、ちょっとやり過ぎてしまったか。
「ああ、あっ、アンタは……アンタは……」
なんだこれ、ちょっと想像していた反応と違う。
ん、待てよ。
スキンヘッドに、はち切れんばかりの筋肉。
……どこかで見たことあるな。
「アンタは、あの時の……」
ああ、思い出した。
冒険者ギルドを占拠していた、『黒鷹』とかなんとか団のやつか。
確かハゲ、ハゲ、……ハゲマッチョ。そうそう、ハゲマッチョだ、間違いない。
なんで、こんな所にいるんだよ。
「せっかく、逃げ出してきたというのに……ま、まさか、捕らえに来たのか」
完全に言い掛かりである。
最高潮に、プルプルするハゲマッチョ。
汗は滝のように流れ、青くなった顔は、死相が見えているのではないだろうか。
「お、お頭、どうしたんですか?」
そばにいた男が、ハゲマッチョに声をかける。
しかし、ハゲマッチョは、俺を見つめたまま震えるばかり。
「ば、化け物だ……あれは、化け物なんだ……」
そう言ったかと思うと、ハゲマッチョは踵を返して走りだした。
その慌てぶりは、見ていて可哀想になるほど。
よほど、冒険者ギルドの一件がトラウマになっているらしい。
「お、お頭っ! ちょっと、ちょっと」
釣られるように、盗賊団のメンバーも逃げだす。
それを呆気にとられながらも、見守るばかりだ。
そして、数分も経たないうちに、盗賊団の姿は遥か彼方。
完全に、見えなくなった。
「さすがだわっ。睨みを効かせるだけで、相手が逃げだすなんて」
声がする方へ、目線を移せば。ローズさん。
いつの間に来たのだろうか。
なぜか、ドヤ顔で語るその姿は。頬に朱がさし、お人形のような瞳は爛々と輝いている。
どうやら、相手がハゲマッチョだとは、まるで気がついてない様だ。
まぁ、ここで教えて水を差す必要もないだろう。
こうして、突発イベントの『盗賊団討伐戦』は無事に終了した。
……と、思ったけど『黒鉄の剣』のメンバーは大丈夫だろうか。
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