妹がマッドサイエンティストによってスライムにされてしまったので、【種族進化】を目指して幼馴染と家族の魔物達と旅に出ようと思います
皐月陽龍 「他校の氷姫」2巻電撃文庫 1
序章
第1話 始まり
妹が居なくなった。
「すいません! うちの妹見てませんか!」
「キリルちゃんかい? 見てないねぇ」
村中を走り回り、道行く人全員に尋ねる。
「すいません!」
「すいません!」
「うちのキリルを見てませんか!」
どれだけの間探し回っただろうか。極度の緊張状態が続いたからか、脚の動きがどんどんと鈍くなっていく。
それでも探す事はやめない。
「すみません! そこの旅のお方! 赤髪で、十歳くらいの可愛い女の子見ませんでしたか!」
「ん? ……赤髪の子供? なあ、アレシア」
「ええ。先程白衣の男達があそこの山に連れて行くのを見たわね。……怪しいとは思ったけど」
「本当ですか! ありがとうございます!」
ようやく手がかりが見つかった。家から護身用の剣と鞄を取っていると、家のドアがバタンと開かれる音がした。
「コルテ! キリルちゃんが居なくなったって本当!?」
そこに立っていた十六歳くらいの少女は……ウェーブのかかった金髪で、その鋭い目付きからは気の強そうな雰囲気を感じさせた。が、それを気にさせない程の美貌を兼ね備えていた。
「ケルンか!」
彼女は幼なじみであるケルン。キリルとも付き合いがあり、昔からよく三人で遊んでいた。
「どこにいるのか情報は掴んだ! 見てくるから留守番を頼む!」
「ちょ、ちょっと待ってよ! あんた、今日色んなところ走り回ったって」
「ああ! でも大丈夫だ! シドが居るからな! 情報が間違ってる可能性もあるから、念の為に家に居ておいてくれ!」
「〜~ああ! もう! 分かったわよ! 何かあったら承知しないからね!」
「助かる!」
動かない脚を鞭打って走る。これでも元冒険者だ。多少の無理ぐらい出来る。
走りながらも指に魔力を込めて簡易的な魔法陣を描くと、そこから掌より少しだけ大きいぐらいの少女が飛び出してきた。
「【
「はいは〜い、【活力回復】です〜!」
翠色の髪を背中まで伸ばし、その肩甲骨のあたりからは二対の羽が生えている。その体を包むのは裁断された葉っぱ一枚のみで、旋風が周りに漂っている。
――【風精霊】その中でも中位の精霊である【シルフ】だ。
「それで、何があったの〜?」
どこか間延びした言葉なのは、ほんわかとした性格から来ている。普段なら世間話の一つや二つ挟むのだが、シドは焦っている主を見て、それどころでは無いと分かっている様であった。
「妹が攫われた可能性が高いんだ。だから、お前達の力を借りるかもしれない」
「……ん、分かった〜。じゃあ皆にも伝えとくね〜」
「ああ。また呼ぶはずだ。ありがとな」
「はいは〜い。じゃあ対価は次お願いね〜」
そう言ってシドと名付けられた風精霊は魔法陣を描いて中に飛び込んで行った。
「頼むから、無事で居てくれ。キリル」
◆◆◆
山を虱潰しに探すほどの時間は無い。探索に向いているのは――
「また力を借りる事になるな、シド。【風精霊召喚】」
「なんの御用でしょ〜かっ」
魔法陣から飛び出してきた小さな少女は、伸びをしながらも用件を促してくる。
「シド、この山の風を読んでくれ。その中でも、奥行が広い洞穴か何かしらの建物があれば教えて欲しい」
「は〜い、【探知】」
シドの瞳に幾何学模様の魔法陣が浮かぶ。人は魔力を込めて魔法陣を描かねばいけないが、魔物や精霊――精霊も魔物の括りに入れられているが――はその必要が無い。瞳や体に必要な魔法陣が勝手に描かれるのだ。
「……ん、見つけた」
「本当か!?」
シドはちょこんと肩に乗っかった。飛ぶのが疲れた時によくする行動だ。
「山の頂上ら辺にありました〜。疲れたので向かいながら案内します〜」
「ああ。ありがとな、シド」
髪を撫で付ける様に指の腹で撫でると、シドは気持ちよさそうに喉を鳴らした。
「主様の為ならこれぐらい当然です〜」
そして、胸を張って自慢げにふふんと鼻を鳴らしたのであった。
◆◆◆
ポタリ、と水滴が落ちる。洞穴の中はかなり冷えきっていた。
「シド。案内はここまでで十分だ。本当にありがとな」
「私と主様の間柄ですよ〜? お礼は不要です〜。それに、ちゃんと対価もいただきますし〜」
シドはそう言って……顔を寄せて唇にキスをしてきた。もちろんこれは魔力を吸い取る行動だ。契約者は対価として魔力を差し出さなければいけない。その際に唇から……粘膜に近い場所を通して受け取るのが効率がいいというだけだ。本当なら粘膜同士を通じ合わせるのが良いらしいが。
「……本当にこれだけの魔力で良いのか?」
――そう、本当はかなりの魔力を持っていかれるはずなのだが。彼女達はほとんど魔力を持っていかない。
「主様とキス出来るだけで十分ご褒美です〜。それに、これでも中位精霊の中でも高位なので、使ってない魔力が有り余ってるんですよ〜」
「……そうか。まあこれぐらいならいくらでもしてやるさ」
「む〜? なんか勘違いされてる〜? ま〜いいや、言質は取ったし。じゃあ、また後でね〜」
幼い妹の様に接していたのだが、それが不満なのか、シドは頬を膨らませて帰って行った。
「戦闘になるんだったら……あいつだな、【
魔法陣を中空に描くと、魔法陣は人一人通れそうな程に大きくなる。
そして、そこから現れたのは――
「妹ちゃんは見つかったの?」
どこか心配そうにしている赤髪金目の少女。普段は活発で気の強い性格なのだが、その顔色はかなり不安そうだ。
「この洞穴の奥に建物があるらしい。そこにキリルがいる可能性が高い。頼む、力を貸してくれ」
頭を下げようとすると、彼女は慌てて頭を上げさせた。
「ちょ、ちょっと! マスターのあなたが頭を下げてどうすんのよ!」
「誠意は見せなければいけないだろ」
「頼まれなくても力ぐらいいくらでも貸すに決まってるでしょ! マスターの妹ちゃんがピンチなら尚更よ!」
調子を取り戻したのか、彼女の瞳に活力が戻る。強がる子供みたいな顔で、勢い余って口から炎が漏れる。そして、その尻尾をブンブンと揺らしていた。
「ありがとう、サリア」
「ふん。この私が来たからには負けなんて許されないからね!」
サリアは言ってから恥ずかしくなったのかそっぽを向き、照れ隠しに歩き出した。
そうしてしばらく歩いていると、洞窟にあるには不相応な無機質な白い扉が目に入った。
「ここか……」
「私が開けるからマスターは下がってて」
罠などを警戒していたのだろう。俺よりもサリアの方が断然強いので、大人しく任せる事にした。
幸いにも罠も無く、鍵も掛かって居なかった。
中には真っ白で広い空間が一つ。噎せ返る様な薬品の匂いと共に、一つの真っ黒な鎧が目に入った。
「【
禍々しいオーラの槍を持ったその魔物は、こんな辺境の村に居るような低級では無い。魔王城の門番すら務めると言われる超上位の魔物だ。
「……サリア、一旦下がるぞ」
「下がってどうするの? あの子なら確実に勝てるだろうけど、マスターでも呼ぶのに時間がかかる。時間も無いんでしょ?」
「だが、サリアが負ける可能性も……」
契約している魔物や精霊が死んでしまえば、二度と呼び出す事は出来なくなる。その辺の概念は人間と変わらない。
「この私が負ける? マスターのあんたを力を借りて負けるだなんて、そんなバカしないに決まってるでしょ」
「それでも……」
「これでも【
彼女はそう言ってコキコキと手を鳴らした。
「……分かった。最大限のサポートをしよう」
「うん!」
「ただし、これ以上は危ないと判断したら無理やりにでも【帰還】させるからな」
嬉しそうにしていたサリアはその言葉で引きつった笑みを浮かべた。
「……過保護」
「うるさい。友として、家族として心配するのは当然だ」
「ふん。知ってるわよ」
サリアは呆れた様に溜息を吐いたが、どこか嬉しそうでもあった。
「【煌鎧】【龍の血】」
サリアの服の形状が変わり、鎧の形を取る。ヘルムなどは無いが、胸当てや篭手などに。材質も布から金属の形へと変わった。
その頬には龍を模した刺青が浮かび上がり、身に纏っているオーラの質が変わった。
「【眷属の絆】」
サリアと俺の間にパスが繋がり、魔力の抜け出していく感覚を覚える。
そうして部屋へと入るサリアを見て、ようやく悪魔の眷属は槍を構えた。
キィィィン
爪と槍がぶつかり金属音が耳に響いた。鍔迫り合いになった様で、ギリギリと嫌な音が耳を劈く。
「【獄炎】」
サリアがふっと息を吐けば全てを燃やし尽くす地獄の炎が放たれる。それは【悪魔の眷属】を包み、更に燃え上がった。
これは死んだ。中級までの冒険者ならばそう思っただろう。
「【魔力譲渡】」
「【緋爪】」
魔力を送った瞬間、それがゴッソリと使われる感覚を覚えた。
サリアの爪が禍々しい紅色へと変化する。
「【昇り龍】」
真っ赤な龍の爪が炎を引き裂く。すると、その三つに引き裂かれた鎧が現れた。
「お疲れ、ありがとうな、サリア」
「ん。ごめん。今ので魔力全部使い切った」
「お前が無傷なら良いんだよ」
サリアはなんでもない風を装っているが、その顔は普段より青白く、魔力もほとんど無いと言うことが分かった。
「サリア、交代だ。無理はするな」
「で、でも! マスターの妹ちゃんが……」
「たしかにそれも大事だ」
目を釣りあげて声を荒らげるサリアの頭に手を置く。
「でも、それでサリアが倒れたら元も子も無い。俺はサリアの事も大事なんだ。分かるよな?」
「それは……うん」
「でも、もしかしたらまたサリアに力を借りるかもしれない。だから今は休んでいてくれ」
「分かった。それじゃ」
納得したサリアが懐に潜り込んできて、背伸びをして軽い口付けをしてきた。それと同時に微量の魔力が吸い取られる。
「……本当にもっと魔力を取らなくても大丈夫なのか?」
「うん。大丈夫。それじゃ、」
……頬も赤みがかっているからさっきよりはマシか。
炎に包まれて去るサリアを見届けて、思案を重ねる。
今は誰を呼び出すのが懸命か。
「……そうだな。あいつが適任か」
魔力を練り混ぜ、指に集中させて魔法陣を描く。
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