第五章 初恋の娘と新しい友達……?

第81話 読むなmy heart 伝えるな my feeling

「勘違いだったらごめんね。柳蓮美……私のお母さんの事、知ってたりしないかな?」


 俺の目の前に居るのはとても優しい顔をした……美少女である。

 黒髪を肩に付かない程度まで伸ばし。柔らかい栗色の瞳をし、ほんのりと微笑を浮かべている。


 なにより……でかい。恐らく零より。なるべく視線は向けないようにしている。



 そして……柳蓮美やなぎはすみという名前に。俺は時が止まったような……呼吸が止まったかのような錯覚を覚えた。



「……し」


 どうにか喉から声を絞り出そうとしたが、上手くいかなかった。一度、乱雑に咳払いをしてから。俺は口を開く。


「しっ、てるぞ。俺が……俺と零。この隣の子が保育園児だった時に先生をしていた人だ」


「やっぱり! お母さんの言った通りだ!」


 彼女……やなぎつつじは嬉しそうに手をパンと叩いてニコリと笑った。


「手拍子の音って卑猥だよね、みーちゃん」

「なんで通常営業なんだよ。転校生の前だぞ。……あー、それより柳さん」

「つつじでいいよ」

「……つ、つつじさん」


 なんとなく。あの時の事を思い出してか、俺はさん呼びをしてしまった。


「蓮美さんがお母さんって本当に……?」

「うん! 本当だよ!」


 つつじさんは嬉しそうな笑顔をアッナツカシッ


 ……こほん。


 柳蓮美とは。いつかのハーレム対決にて俺が暴露する事となった初恋の人である。


 保育士であり、とても優しい人。……一応特徴として述べておくと、かなり胸が大きい。べ、別にそこを好きになった訳ではないぞ? ああ。


「そ、それにしても。どうして俺達がそうだって分かったんだ?」


 とりあえず、俺はその疑問をぶつけた。


「あ、それはね! お母さんが保育士時代の頃、ずーっと二人の事を気にかけてさ。毎日毎日写真を見せてくれたからなんだ」


 そ、そうだった……のか?


「私、小さい頃は体が弱くて。おばあちゃん家に毎日預けられててね。……でも、お母さんが『面白くてすっごく可愛い二人がいる』って言って、毎日写真を見せてきてくれたんだ」

「……初耳だな」

「ん、私も」

「そっか。……それでね。二人の事をずーっと聞いてて。……お母さんの転勤先がここって知って、ずっと考えてたんだ。二人に会えたらいいなって」


 優しげにそう言う彼女の姿に俺だけでなく……皆、少ししんみりした表情を見せた。


 そして。


「あ、そうだ。みく君、お母さんもキミに会いたがってたんだ。良かったら今日家来ない?」




 ……はい?


 家族への挨拶RTAいつの間に始まってた? というかみく君呼び懐かしいな。


 『みく君』と。柳先生からそう呼ばれていたのだ。


「最速は私の生後二時間だもんね、みーちゃん」

「張り合うな」


 そして。


 ◆◆◆


 俺は今、初対面の女子の家に向かっている。なぜ? いや、懐かしい人とと会うだけなんだが。


「むー!」


 後先程から零の機嫌が悪い。……理由はもちろん分かっている。


 面白くないのだろう。俺が内心で……喜んでしまっているという事を。



「す、すまない」

「みーちゃんは謝らなくていいもん! ……あの時は私もあれだったし。でもいいもんね! みーちゃんの童貞も処女も私のだからね!」

「凄いな。今日が初対面の人の前でも通常運転か。……いや、それがいつも通りか」


 向かっているのだが……当然、俺と零だけではない。


「……ふふ。本当にお母さんから聞いていた通りなんだね」

「……俺ら保育園児の頃から変わってない?」

「よちよちみーちゃん。ばぶばぶしまちゅ?」

「やめろ。乳を押し付けるな。あと俺だけ幼児退行させるな。……え? ほんとに変わってない? こんな淫魔がドン引きするようなド変態が?」

「んっ……だめだよみーちゃん、いきなり罵るなんて……」

「お前はもう黙っててくれ」

「ふふ。本当に見ていて飽きないや」


 楽しんでくれるなら何より、と言いたいんだが。



「……まあいいか。それで、柳さんは元気にしているか?」

「あ、うん、元気だよ。お母さん驚くだろうなぁ……みく君にもすっごく会いたがってたんだよ?」

「……俺としては覚えてくれていた事自体が驚きなんだがな」


 生徒からすると先生は一人しかいない。しかし、先生からしてみると生徒は大勢居るのだ。


 これだけ時が流れて……覚えているとは思っていなかった。


「ふふ。かなり個性が強かったって言ってたもんね。みく君の好き好き攻撃と零ちゃんの嫌い嫌い攻撃に手を焼いてたって」

「は、はは……そんな事もあったか?」

「だってみーちゃん分かりやすかったし……」

「零ちゃんも分かりやすかったらしいけどね……。あ、ここだよ。つい最近引っ越してきたアパート」


 そうしてつつじさんの家へと着いた。


「さ、来てきて、二人とも」


 今日が初対面ではあるが。つつじさんは旧友のように話しかけてきた。……俺達からしても、変に距離を置かれながら話されるより、距離を詰めて来てくれる方が話しやすいのでありがたい。


 エレベーターに三人で乗り、三階へと向かう。


 そして、角の部屋が……つつじさんの部屋であった。


「えっと、鍵は……っと。あった」


 つつじさんがカバンから鍵を取り出し。部屋の鍵を開け、中に入る。


「お母さん、お友達、連れてきたよ」

「おかえりなさい。つつじ。……お友達?」



 中から。……懐かしい声が聞こえた。



 つつじさんに促されて。俺と零はそこへと向かうと。



「……お久しぶりです、柳先生」

「お、お久しぶりです」


 零に続き。俺はそう言って頭を下げる。そこに居たのは……



 あの頃から何も変わらな――




 ……え? でかくない? え? あの頃より? え?



 ……い、今は置いておこう。


 椿先生は……あの頃とほとんど変わっていなかった。いや、まじで。あれから十何年も経ってるというのに。


「……ひょっとして。みく君? 零ちゃん?」

「……お、覚えていてくれてたんですね」

「当たり前じゃない!」


 そう言ってくれたのは……つつじさんをそのまま大きくしたような女性。


 柔らかな眼差しにふわふわのパーマのかかった栗色のロングヘアー。


 その唇の端にはホクロがあり色っぽさもある。



 ……そして。大きい。何がとは言わないが。あの頃より遥かに。


「本当に大きくなりましたね! みく君!」

「んむぐっっっっ!?」


 そして。気づけば俺はその乳に飲み込まれていた。何なのか言ってしまったじゃないか。


 あ、すっごいいい匂いする。あと懐かしい。昔もこんな感じにされていたな。


「あら〜。こんなに逞しくなっちゃって」


 そうして優しく……頭を撫でられる。あっ、凄いこれ。


 まるでベッドの中にいるかのような温もり。安心感。


 次第に俺の瞼は重くなってきた。


「ふふ、懐かしいですね〜。みく君、こうしたらすぐおねむになっちゃいましたもんね〜」


 そのまま俺は赤子のように揺すられ、背中をとんとんと叩かれる。


 あっ、あっ、これやばい。


「またおねむ……しちゃいましょうか?」


 羞恥心とかどうでも良く……ただ俺はその言葉に頷――



 かないよ!? だめだよ!? 堕ちないよ!? 乳堕ちしないよ!?



 ぶんぶんと首を振ると。やっと俺は解放された。


「や、柳先生はお変わりないようで。驚きました」

「ふふ、ありがとうね。……零ちゃんも久しぶりね」


 そして。今度は零がその乳の餌食となった。珍しい。零がなすがままにされている。


 ……いや。なすがままでは無いな。


「零ちゃんも大きくなりましたね〜」

「……お陰様で」


 たぷたぷと零はそれを持ち上げている。柳先生は怒ったりせず、微笑ましそうに零の頭を撫でた。


「ふふ。本当に大きくなりましたね。……みく君好みに」

「柳先生……」

「ん。みーちゃん好みに育ちました」

「みーちゃん呼びも本当に懐かしいです。ふふ、私も呼んじゃいましょうか?」

「だめ。みーちゃんは私の」

「分かってます、冗談ですよ」


 そんなやり取りに苦笑いをしていると……ふと、俺は気づいた。


 つつじさんがじっと俺と零を見ていた事に。


 視線を合わせると。ふいっと逸らされた。


 ……?


「それにしても……良かったわね、つつじ。会いたがってた二人に会えて」

「うん、本当に良かった」


 柳先生の言葉につつじさんは笑顔で頷いた。


「ふふ。今お茶を用意するわね。狭いだろうけど……ゆっくりしていって」

「は、はい。……それと、零をそろそろ……」


 柳先生は零を乳に埋めたまま誘拐しようとしていた。零も抵抗すれば良いものの。ただたぷたぷとそれを持ち上げて下ろしてを繰り返すのみである。

「あ、ごめんなさい。つい前の癖で」


 ……そういえばよく零は乳に挟まれたままだったな。


 ……さすがに今の零は無理だろうが。


 そうしてやっと零が解放され。俺達は改めてそのお宅にお邪魔する事となったのだった。


 ◆◆◆


「昔、お母さんとお父さんが離婚してね。お母さんも保育士だとあんまりお金は稼げないって普通の会社に転職したんだけど……その部署が解体されて。転勤になったんだ。確か隣のクラスにも転校生来てたでしょ? その子の親もそっちの部署だったらしいの」

「……そう、だったんだ」


 それから俺達は話を聞いていた。……その間。零がずっと俺の手を握り、俺の腕をその胸に抱いていた。


「あ、そういえば。みく君は部活とかやってるの?」


 それにしてもつつじさん。めちゃくちゃおしゃべりである。


「い、いや。特にはやってないな」

「そうなんだ。零ちゃんは?」

「ん、私もやってない。だけど一応生徒会に入ってみてる」

「そういえばそうだったな……」

 零が生徒会である事はちょこちょこ忘れてしまう。


 零の言葉を聞いたつつじさんはわあ、と開いた口を押さえて驚いた。……細かい所作まで母親に似ている。当たり前の事なのかもしれないが。


「……凄いね、生徒会って」

「ううん、名前だけだよ」

「……そういえば。集まりには行ってるのか? お前」

「……たまには?」

「毎回ちゃんと行け」

「んっ……新しいオカズゲット」

「当たり前のように俺との会話を録音するな。消せ」

「そんな! これは私のライフフ○ックだよ! 私からこれを奪ったら我慢の限界で襲いかかっちゃうよ!」

「かなりの頻度で我慢の限界迎えてるだろうが」

「てへっ」

「怒るぞ」


 そうしてため息を吐くと……つつじさんが俺達を見てくすくす笑っていた。


「……つつじさんは部活とかやってたのか?」

「ううん、私もやってなかったかな。……運動部は動くと痛いし。文化系もあんまりね」

「そ、そうか……」


 思わずそこに視線を奪われそうになったが気合いでどうにかする。あと零さん。俺の腕をおっぱいでむにむにしないで。

「ずりずり」

「ずりずりもしないで」

「……むにゅむにゅ」

「むにゅむにゅもしな……つつじさん!? なにしとるんですか!?」

「いや、零ちゃんが楽しそうだったからつい……」

「ついでやることじゃありませんよ!? 女の子がはしたない!」

「えへへ……はしたないって言われちゃった」

「お前は喜ぶな」


 やばい。心臓やばい。柔らかい。でかい。てかなぜいきなりあんな事をしてきたんだこの人。零と同種か? ……いや、あの母親でおかしくなってしまう事はほとんどないだろう。


「……でも、おっぱいを人に押し付けるのって結構恥ずかしいんだね? 初めて知ったよ」

「アッ」


 やめて。なんだかんだ言って初恋の人の見た目とほぼ同じなんだから。なんかきちゃう。


「むぅ……ぺろぺろ」

「首筋舐めないで貰える!? 変な声出そうになったよ!? あとつつじさん!? なんで近づいてきたの今!?」

「え……私もみく君ぺろぺろしようかなって?」

「さっきから悪ふざけが過ぎませんかね!?」


 そういえば。柳先生もこんなノリだった気がする。ぐ、血筋か……しかし健全な男子高校生にはこのノリ辛いぞ。


「ふふ、楽しそうにしてますね」

「や、柳先生……」

「ああ、そうだ。私はもう先生では無いので気軽に柳さんって呼んでください。……蓮美さんでも良いですよ?」

「……じ、じゃあ柳さんで」


 先程から理性がゴリゴリやられるが、隣に零が居る事が唯一の救いである。まさか零が救いになるとは思わなかった。


 ……とりあえず仕切り直そう。


「つ、つつじさん? ちょっと距離が近いような気がしなくもないんですが」


 ちょっととは言ったが。実はめちゃくちゃ距離が近い。いや、肩が触れるか触れないか程度なのだが。色々と当たってるのだ。


「え? そうかな? 元の高校はこんな感じだったよ?」

「そ、そうなのか?」


 最近の高校生は進んでるな……と思っていたら。柳さんがくすりと笑った。


「ふふ。もう、つつじ。貴方が通ってたのは女子校でしょ?」

「そりゃ距離感は近いって」


 まさかの女子校通いであった。……なるほど? だから距離感がおかしかったのか。



 ……まあ。距離感がバグり散らかしている奴なら俺の隣にも居るが。


「……? どうしたの? みーちゃん。えっちなことしたくなった? する?」

「やらん。というか人の家だぞ? 分かってるのか?」

「ふふ。二人とも変わらないですね。見ていて懐かしくてほっこりしますよ」

「柳さん感性バグってませんか? ほっこり要素皆無でしたよ?」

「もっこり要素ならマシマシだったけどね」

「やかましいわ」


 この会話にもまたつつじさん達が笑った。


「ふふ。つつじ、良かったわね? みく君が思ってた通りの子で」

「うん……良かった」


 つつじさんはそう言って……俺を見た。


「男の子、って少し怖いイメージだったから。……いつもすれ違う時怖い目でおっぱい見てくるし。クラスの人もほとんどそうだったし。みく君ぐらいだよ? ずっと顔見て話してくれたの」

「そ、そうか……」


 言えない。まさか柳さんの顔と本当に似ていたからじっと見てたなんて


「ってみーちゃんは思ってるよ?」

「読むなmy heart 伝えるな my feeling」

「えっちだぜ mi-chan 燃えるぜ my oman「これぐらいにしておこうか」」


 これ以上は良くない。消されるやつだ。というか俺達は何をやっているんだ。


「ふふ。つつじがみく君に狙われる時が来ちゃったか」

「ね、狙ったりしませんから」

「えー? みく君なら私良いんだけどな?」

「つつじさんもからかわないでくれ」

「私だってみーちゃんの処女狙ってるもん!」

「狙うなド変態」

「変態と天才は紙一重って言うもんね」

「……何も言えないなおい」


 その後もお互いの話をした。


 つつじさんは……とても楽しそうに。俺達を見ていたのだった。


 その視線は今までに受けた事が無いもので……少し違和感があったが、気のせいだろう。多分。


 ◆◆◆


 次の日。


「あ、そういえば今日男子は体育館だったな。シューズ忘れたから先行っててくれ」

「ん、おっけ」


 今日の体育は隣のクラスと合同授業である。普段は更衣室前まで零達と行くのだが。今日は諦めよう。


 急いで教室へ戻る。幸い、今鍵を閉めたところらしく。俺は施錠を自分でやる事を告げて教室へ入り。シューズを取った。


 よし、戻ろう。あまり時間もないし。


 その時。隣のクラスの扉の所から声が聞こえてきた。


「えっと……あれ?」



 そこでは。



 ……美少女(?)が鍵を閉めるのに四苦八苦していたのだった。

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