第74話 真面目にスケベになって行くのやめてください

「瑠樹、味はどうだ? 濃かったり薄かったりしないか?」

「大丈夫です! とっっても美味しいですよお!」


 俺は今、瑠樹の所にいる。日課になりそうな瑠樹起こしと食事作りである。


 朝の攻防戦の事は長くなるので置いておこう。

(今日はみーちゃんの耳が弱点なのバレてて大変だったね)

 言わんでいい。思い出すだろ。

(その仕返しにこっそりおっぱい触ってたもんね)

 触ってないから。カットしてたからって捏造するんじゃねえ。


「……? マネージャー?」

「ああいや、なんでもない」


 良くないな。リビング零と会話している時はつい意識が逸れてしまう。


(じゃあ私と話してる時だけ時間引き伸ばしてあげよっか?)

 お前は神か。

『呼んだ?』

 呼んでねえ。


「……あれ? 今誰かの声聞こえませんでした?」

「気のせいじゃないか?」

「そうなんですかね? ……それにしてもこのお味噌汁、本当に美味しいですねぇ。毎日作って欲しいです」

「そ、そういう事はあまり……勘違いされるから。言わない方が良いぞ?」

「え? プロポーズのつもりですよお?」

「は? 好きだが?」

 だからな……あまりからかわないでくれ

(みーちゃんみーちゃん。逆だよ。逆)

 ッ……俺は今何を?


「こ、こほん。とにかくな? アイドルと言うのに軽率にそんな発言をするのは……」

「ふふ。私も好きですよお?」

「ウ゛ッッッ」


 いかんいかん。こちらが軽率に絶命する所であった。

(……みーちゃん? わざとなのか分からないけど、本当に心臓止めないでくれる? 不整脈か疑って本体飛んできちゃう所だったから)

 え? 俺ガチで心臓止まってたの? え?


 ……それは今度病院で確かめるとして。


(あ、大丈夫。私が検査してあげる)

 とか言いながらまた意味もなく俺を全裸にするつもりだろ

(ど、どうしてバレたの……?)

 小学生の頃はお医者さんごっこと称して同じような事を週二十の間隔でやられたからな。なんで俺こんなに騙されてんの? 馬鹿なの?

(純粋なんだよ。……もうちょい危機感無かったら精通も私が施せたんだけど)

 俺の性癖歪んじゃうって。いやもうかなり歪んでるけど。

(ふふ。コンプリート(NTRとかスワッピングとかみーちゃん以外の男が絡むプレイ以外)目指そうね)

 はは。本気で言ってそうだな。


 さて。これ以上はやめておこう。現実を見たくない。


「ご馳走様でした」

「はい、お粗末様でした」

 食べ終わった瑠樹を見ながら、俺は食器を台所までもっていく。洗うのは瑠樹がやるらしいので水だけ漬けてから。


「さて。準備は出来たか?」

「はい……ふわぁあ」


 瑠樹は欠伸をして、その後に伸びをした。夏服の健康的な腕の奥から――



 やめろ! 俺の視線! 向くな! そこに! 夏服だからって見るんじゃない! お前は推しを汚したいのか!


(素直になっちゃいなよ……瑠樹ちゃんのわきぺろぺろくんかくんかしたいって言っちゃいなよ……)

 やめろ悪霊! 具体的な事を言うな!


 瑠樹は葛藤する俺を見て首を傾げていた。やはり天然か。

「あれえ? ネットでは腋チラ? が効果的って書いてたんですけどねえ?」

「真面目にスケベになって行くのやめてください」

 と、そんな事がありながらも瑠樹を見送る。次は沙良である。


 ◆◆◆


 連絡も不要との事なので、俺はそのまま部屋に入って料理を作っていた。すると、脱衣所から沙良がやってきた。


「あ、おはよー。マネージャー」

「ああ、おはよ……う。……その格好はなんだ?」


 ただ一つ問題があるとすれば。


 下着姿なのである。髪色に映える赤。薔薇のような赤い色で、丁寧に装飾までされてエッッッッ。



「いやさー。思ったんだけど、私って【nectar】でも元気担当? 少なくとも可愛さ担当では無いさー?」

「は?」

(みーちゃんみーちゃん。本気の低音ボイスなまずいよ。私が。本体の方濡れちゃったから)

「前はちょっと恥ずかしかったけど。るーきーとあーやーに好かれてる未来マネージャーなら何とも思わないか……な…………って。マネージャー?」

「……」


 俺は一度。長く。長く息を吐いた。俗に言うクソデカため息と言うやつだ。


「勘違いをしているな? 沙良。【nectar】の可愛さ担当では無い? 何を言っている」


 こちとら【nectar】箱推しなんだぞ。確かに彩夏が最推しであるが。


「語るぞ? 語れるぞ? 沙良の可愛さで半日は語れるぞ?なんなら方言萌えで追加で半日は語れるぞ? 二十四時間耐久するか?」

「……え、ええ!?」

「何を驚いている。確かに彩夏はどちゃクソ可愛い。瑠樹もどちゃクソ可愛い。だがお前もどちゃクソ可愛いに決まっているだろうがッッッ!」

(みーちゃんみーちゃん。テンションおかしいって)

 はは。今更だろ?【nectar】絡みだと俺がおかしくなるのは。

(それもそっか)


 ――今、この場でツッコミが居なくなってしまった。もう未来を止められる者はいない。


 変なナレーション入れるのやめな? リビング零。

(てへっ☆)


 それはさておき。沙良はめちゃくちゃ顔が赤くなっていた。


「……あと。スタイルも二人に負けていない。うっすらと割れた腹筋やしなやかな……しかし筋肉の付いた脚なんかは垂涎物だぞ」

「ちょ、ちょっとまっ」

「良いか? 言っとくが俺は全力で理性をフル稼働させてるんだぞ? 推しが下着姿で目の前に出てきてるんだぞ? 普通の男ならば理性なんて象に踏まれたアリのように簡単に潰れる。無防備とか通り越してるんだぞ? わかってるのか?」

「は、はい……?」

「良いか? 俺が! 普通の! 男ならば! 襲いかかっているんだ! 理解してますか!? どぅーゆーあんだすたん!?」

「い、いえすあいどぅー!?」

「分かったならばよろしい。着替えてきなさい。制服に」


 ぴゅーっと沙良は部屋へと駆け出した。これで良い。


 ……待て。


「もしかしなくても俺やばい事言ってなかった?」

(今更だよみーちゃん。筋肉の付いた脚は垂涎物なんでしょ?)

「ふんぐわあああああああああああ!」

(みーちゃんの叫び声……貴重だから録音してASMR作らなきゃ)


 とまあ。その後お互い気まずい空気になりかけながらも、またいつもの空気を取り戻し。無事学校まで送る事が出来た。


 ◆◆◆


 ……そういえば。俺がマネージャーを始めてからもう四日目なのか。


 丁度半分の日である。時間が過ぎるのは早いな。


 というか授業中ってどうして余計な事を考えてしまうんだろうか。

(暇なら淫語しりとりでもする? 私からいくね。おち)やらんでよろしい。


 さて。もう半分まできたが……そろそろちゃんと考えておくべきだろう。続けるか否か。



 もし続けないのであれば。……あの二人をどうにかしたい。あとたった三日で何が出来るんだ、という事はあるのだが。


 当たり前の話になるが、遅刻はしない方が良い。あの二人のそれは個性とも呼べるが……遅刻しない=個性を潰す訳でも無い。実際に今は遅刻をしていないしな。



 ……まあ。俺とリビング零と二人の相性が良かったってのが一番あるんだろうが。


「ふふ。私達の体の相性が良かったからだもんね」

「心を読んだ上で訂正しに来るな。それと授業中だ」

「え、えっと……授業がおまけ扱いになってますけど」

「授業なんかより私の方が大事って言いたいんだよね。みーちゃんは」

「言っとらん。というかこの流れ前にも見たな」


 そして。案の定俺と零は廊下に立たされる事となった。二度目だぞ? 二度目。



「二人っきりだね。みーちゃん」

「過去は繰り返すものじゃなく振り返るものだぞ」

「まあまあみーちゃん。何か悩み事とか無いの? 童貞を一刻も早く。今すぐ捨てたいとか」

「心が読めるはずなのに想像の斜め下の質問をしてくるんじゃねえ」

「え? 初めては後背位が良いって?」

「ついに耳ぶっ壊れたか?」

「ふふ。壊れてるのはみーちゃんへの好感度メーターだよ」

「最高値が1000のはずなのに100万くらいいってそうだよな」

「その1000倍はあるけど?」

「デバッグ班はよ」

「仕様です」

「壊れてるって言ってただろうが」

「ダメだよ! プログラマーさん達は連日のデスマーチで今にも倒れかねないぐらいなんだよ! 異世界転生しちゃうよ!」

「特定の作品を思い起こさせる発言はやめろ」

「それとデバッグで間違えて好感度メーターの上限が無くなっちゃうかもしれないよ? ね? ……ね?」

「プログラマーに銃を突き立てながら喋るのはやめろ」


 というか、これだけ話していれば先生のブチギレ三時間コースが決まりそうなものだが。と思って教室を見てみるも、先生は至って普通に授業を進行していた。


「それでみーちゃん? 瑠樹ちゃん達の事で悩んでるんでしょ?」

「……よく分かったな、とは今更言わないが」


 俺はため息を吐き。頷いた。


「……ああ。確かに悩んでる」


 俺がそう言うと。零は微笑んだ。

「みーちゃんはやりたいようにやって良いんだよ。後先とか考えなくて良いんだよ」

「そんな訳にもいかないだろ」

「ううん、良いんだよ」


 優しく、しかし力強くそう言われ。俺は零を見た。



「何があっても、私がどうにかするから。みーちゃんは好きにやって」

「……お前が言うと凄い安心感だな」

「だから私にもヤリたいようにヤラせてね? みーちゃん。まず逆壁尻やらせて」

「ジェットコースターもびっくりな急降下やめてくれない? 高山病なるよ?」

「みーちゃん……私ね。みーちゃんに言わないといけない事があるんだ」


 急に神妙な面持ちで俺を見つめてきた。


「なんだ?」

「実はね……私」


 わざわざ溜めて。零は俺の手を握り。


「下ネタを会話に挟み込まないと死んじゃう病なんだ」

「十年前から知ってた」

「ふふ。みーちゃんも私の事、髪の毛の数から性感帯の数まで知ってるもんね」

「比較対象がおかしいんだよ。お前の性感帯は万単位であるのか」

「あるよ」

「生活できないだろ。それは」

「みーちゃん専用の性感帯だもん!」

「学校の廊下でそんな事叫ぶんじゃありません」

「という事で何個あるか確かめてみて」

「おいやめろ手をスカートの中に入れようとするな」


 零から手を振りほどき。俺はため息を吐いた。


「お前は本当に……まあいいか」

「え? 今もしかして『下ネタさえなければ完璧美少女JKだね犯したいよくんかくんか』って言おうとした!?」

「ついに言葉の前半と後半で緩急つけ始めたな」


 そして。この後はまた零に先生より分かりやすい授業をして貰い、先生に二人で謝り倒して許してもらったのだった。


 ◆◆◆


 今日も夕方からテレビ局で撮影がある。授業が終わってから向かうというのが救いだろう。


「みーちゃん! いつになったらアイドルに逆寝取られビデオレターを送ってきてくれるの!? もちろんアヘ顔ダブルピース付きのやつね!」

「寝取られビデオレターをそんな勢いで催促してくるのは最早寝取らせなんだよ。しかも徐々に寝取らせ相手と裏で連絡を取り始めて不安を煽らせた青。寝取らせの日が来たから行って貰って、やけに帰りが遅いなと思いながらもやっと帰ってきた時に言う時の詰め寄り方……ゥ、ァ……ァァ(脳が損壊する音)」

「未来君……やけに詳しいね?」

「ぐっ……無料試し読み期間でつい……ではなく! 俺は寝盗られも寝盗らせもスワッピングもBSSも苦手だ! 特にちゃんとイチャイチャしてる甘々カップルが引き裂かれる奴は!」

「ついでに言うと、幼馴染とのいちゃ甘本かと思ったら水泳のコーチに寝取られる本だった時なんかはみーちゃん読んだ後一ヶ月ぐらい寝込んでたもんね」

「詳しく言わないでくれるか? 思い出して吐きそうになってるから」


 そういう嗜好があるのも分かる。だがな? 試し読みだとイチャイチャしてたんだよ……どうして……どうしてなんだよ…………。


「……一つ思ったんだけどさ。BSS? って確か僕の方が先に好きだったのに、って奴だよね」

「ん? ああ、そうだぞ」

「それなら未来君、バリバリ取る側じゃない?」

「なん……だと……」

「や、今更?」

「い、いや、だが。俺が苦手なのは完全に両片想いだとほのめかされている状況からの催眠や強引なナンパからの……ぐ……うぅ」

「あ、そーゆー感じね」

「BSSで思い出したけど、私とかしょっちゅう聞くよ? そういう言葉。多分私に聞こえてないって思って言ってるんだろうけど」

「私と静はこの中だと後発組だしね。……別に言われたからどうって事もないけど」


 そうだったのか……確かに静と咲はまだ出会ってそこまで経ってないしな。


「そういえば。咲はもう大丈夫そうか?」

「……大丈夫だよ、別にもう怖い目には逢ってないから」


 咲はほんの少しだけ視線を逸らしてそう言った。……嘘、ではないようだが。


「呼び出されてはいるな?」

 そう言うと、咲は目を逸らしながらも……頷いた。


「や、でも。ちゃんと断ってるから」

「そういう問題では無いだろ。俺の名前はちゃんと出したのか?」

「……出してない」

「……咲ならそう言うと思ったぞ。次からは俺もついて行くからな」


 俺がそう言うと。咲は目を丸くした。


「大丈夫だから。わざわざ着いてこなくても……」

「いや、着いていく。俺が嫌なら零を連れて行け。多分相手の心をぐちゃぐちゃにしてくれるぞ」

「ふふ。心が残れば良いけどね」

「怖い怖い。……んじゃあ、次があったら未来の事呼ぶ」

「ああ、そうしてくれ」


 咲は何かと溜め込むタイプだ。多少強引にでもいかないといけない。


 ……それと。

「静も。もしストーカーとか嫌がらせがあれば俺達に相談するんだぞ」

「ふふ。うん、分かった。でも大丈夫だよ。誰かと一つになるに食べられるくらいなら未来君と一つになるに食べられるから」

「うん、ルビが物騒すぎる。人を食べる事が当然かのように話すのはやめようか」


 ……と、話していると。


「未来さん。そろそろ行きませんか? 田熊さんが着くらしいです」

「ああ、分かった。それじゃあ気をつけて帰ってな」

「うん、みんな気をつけて帰ってね」

「お前はそっちだろうが」


 当たり前のように着いてこようとする零を星に引渡し。


 俺は、彩夏と共に運転手の田熊さんの所へ向かったのだった。

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