第64話 行く。行きます。イかせます

「みーちゃん、起きて。時間だよ」

「……なぜ。お前がいる」


 俺は五時には起きる予定でアラームをセットしていた。しかし、なぜか目の前には零が居る。


 ……今日は下着姿で。薔薇をモチーフとした下着だ。決して安くはないだろう。


「あ、今日はこの前買った下着だよ。どうかな、みーちゃん」

「……えっちです。早く服を着ろ」

「えいっ」

「やると思いましたけど相変わらず柔らかっ」


 零が俺の手をその下着の上から押し付けた。やわっこい。また直で触るのとは違う感触だ。


「……しかし。こうして触ると結構重いんだな。あと寝起きでおっぱいから手が離せないので離させてください」

「ん。重いから肩もこるよ。ストレッチとかしてるからあんまり酷くはならないけど。はい、これでいい?」

「中に入ってますが?」

「中に入るってえっちだよね」

「そうでもないって言いたいが今の状況では言えないな」


 あとそろそろ俺も立てなくなるから。


「……? たってるよ?」

「朝だから! という事にしといて!」


 そして、俺は苦渋の決断で手を離す。偉い。俺超偉い。


「……そうだ。早く準備をしないと」

「着替えは手伝うよ。新しいパンツ持ってくるね」

「持ってくるな。……まさかとは思うが。本当に起こしに来ただけなのか?」

「相変わらずわんちゃんを狙ってるだけだよ」

「自分で相変わらずとか言うな。……まあ、俺もちゃんと起きれるかとか不安はあった。ありがとな」

「お礼じゃ食べれないよ! 子供がいい!」

「それだと子供を食べようとする妖怪みたいになるから……」


 そう言いながらも。俺はふと思う。


「……思えば、最近は零と「行く!」心を読まないでくれ」

 思わずため息を吐きながら、零を見直す。


「この一週間が終わった後、二人でどこか行かないか? マネージャー代も出るだろうし……服くらいなら買えるぞ。あまり意味が無いかもしれないが」

「行く。行きます。イかせます」

「最低な三段活用やめろ。というか最後のは違うだろ」

「ふふ。……でも、みーちゃんからデートに誘ってきたのは久しぶりじゃない?」

「……そうかもしれないな」


 思えば……長い間、俺からは誘っていなかった気がする。それこそ、中学生に入る前じゃ……?


「ん。楽しみにしてるからね」

「……ああ」


 子供のように笑う零へ、俺は頷いたのだった。


 ◆◆◆



 家の前には真っ白な高級車が止められていた。

 そして、玄関の前には長身の女性が佇んでいる。


「おはようございます、田熊さん」

「はい、おはようございます。蒼音マネージャー」


 彼女は田熊たぐまさん。【nectar】の専属運転手だ。そして、俺も今日からマネージャーとして呼ばれるようになったのだが。なんだかむず痒い。


「それでは早速乗ってください。目的地までは十五分程で着きます」

「はい、分かりました」


 俺は田熊さんが乗るのに合わせて、俺も後ろに乗り込む。シートベルトを着けると、田熊さんは車を動かし始めた。


「昨日、瑠樹様からカードキーは受け取りましたか?」

「ああ、はい。受け取りました。今もちゃんと持っています」

「それなら良いです。本日のスケジュールを確認しても?」


 今日が初日なので気を使ってくれているのだろう。俺は頷き、鞄からスケジュール帳を取った。


「まず、五時半から瑠樹の家に向かい、起こします。……そして、瑠樹が高校へ向かうのを見届けて、俺も自分の高校へ。その間に沙良がちゃんと高校へ向かっているか確認。今日は午後五時から収録が入っているので、三人と……俺は二時には学校を抜けます」


 瑠樹を起こす、というのもおかしな話に思えるのだが。彼女、朝は驚く程に起きないらしい。電話やメールは当然、実際に向かって起こさないといけないとの事。高校生になり、仕事もしやすくなるから近くに住みたいと。


 まだ寝ている現役アイドル女子高生の部屋に入る……中々アウトな光景だし、よく本人やプロデューサーがOKを出したなと言いたいが。そこは彩夏の猛プッシュでどうにかしたとの事。


 まあ、俺が推しに手を出す訳ないしな。零達で理性も鍛えられたし。何かが起こる訳ない。


 そして、確認を終えると。田熊さんがこくりと小さく頷いた。


「しっかりとスケジュール帳を見直していて良いと思います。……ですが、一つだけ注意しておきたい事があります」

「はい、ぜひ聞かせてください」


 俺も初めてで上手くいくなど到底考えていない。そんな事が出来れば……いや、やめておこう。暗い考えをするのは。


「そのスケジュールがスケジュール通りに行く事はほとんどありません」

「……うちなータイム、ですか」

「はい。そして、瑠樹も隙あらば眠ろうとします。こちらは問題ないかもしれませんが……。とにかく、この二人は甘く見ない方が良いです」

「肝に銘じておきます」


 それだけやばいのだろう。……そうして考えていると、車が一つのマンションへと入った。


 一言で言うと、かなり高級そうなマンションだ。さすがトップアイドル。防犯とかもしっかりしているのだろう。一人暮らしらしいしな。


「こちらの三階が瑠樹さんの部屋となります」

「ありがとうございます。……田熊さんはここで待つんですか?」

「はい、それが私の仕事ですから」


 まあ、それもそうか。起こすのは俺の仕事だし。


「分かりました。起こしたら……高校に送る事まではしないんですよね?」

「一応はそうなっています。……ただ、時間が危なければその限りではありません」

「……分かりました。こまめに連絡します。それでは」

「はい、ご武運を」


 田熊さんの言葉と共に俺は車から降りる。……あれ、今のもしかしてツッコミどころだったのだろうか。真面目な人だからついスルーしてしまったが。


 そして、俺は入口でカードキーを使いエントランスに入った。……マンションと言うよりホテルみたいだな。


 俺はエレベーターから、瑠樹の居る三階へと向かった。


 少しだけ、嫌な予感を募らせながらも。


 ◆◆◆


「……広いな」


 昨日許可は貰っていたので、遠慮なく中へと入る。

 中はかなり広い。リビングの方はスペースがあり……恐らくダンスの練習が出来るようにしたのだろう。下の階に響かないかとか考えてしまうが、まあ上手くやっているんだろうな。あと、所々に大きく可愛らしい熊のぬいぐるみがある。


 まだ瑠樹は起きている気配がない。


「寝室は……ここか」


 ここまできて俺は少し緊張しはじめた。


 ……ここで寝てるんだよな。俺の推しの一人が。


 一度深呼吸をし……いや、ここで呼吸をすると言う事は瑠樹の吸っていた酸素を吸う訳でこれは実質間接キスなのでは?



 ……俺めちゃくちゃ気持ち悪い事考えてんな。


(大丈夫だよみーちゃん。私もその考え一分に一回してるから)

 一日に1440回も考えるのは異常じゃないですか。

(私が正常だと思ってたの?)

 ははっ。


 そんな会話……会話? 念話? も程々にして、俺は寝室の扉をノックする。しかし当然返事は返ってこない。


「瑠樹、入るぞー」


 めちゃくちゃ今更だが。呼び捨てで良いのだろうか。マネージャーならさんとか様とかにした方が良いのだろうか。


 ……まあ、それは後で聞こう。寝室に入ると……勉強机や、色々な所に置かれているおおきなぬいぐるみが最初に目に入った。そして次に。ベッドと、布団にくるまっている瑠樹の姿が見えた。


「は? くそ可愛いが?」

(みーちゃんみーちゃん。声出てる)


 いや……これは仕方ないだろ。可愛い子が寝ていれば当然可愛いに決まっている。可愛いの二乗でくそ可愛いだ。


(……そういえばみーちゃん、最推しが彩夏ちゃんってだけで【nectar】も推しなんだよね)


 リビング零の言う通り、俺は【nectar】推しである。もちろん彩夏が最推しなのだが。


 ……っと、こんな事を考えている場合じゃない。


「おーい、瑠樹。朝だぞ。起きる時間だぞ」

「むにゃむにゃ」

「ハウッ」

 やべ、思わず昇天しかけた。


「瑠樹。起きてくれ」

 とりあえずカーテンを開こう。日差しが入れば目も覚めるはずだ。


 カーテンを開き、中に日差しが入り込んできたが……瑠樹は目覚めない。


「起きろー!」


 声を大きくしても起きない。


(みーちゃん、諦めておさわりしよ)

 言い方。

(よく眠ってるみたいだからちょっとぐらいおっぱいぺろぺろずちょずちょしてもバレないよ)

 それはちょっととは言わん。


 さて……しかしどうしたものか。寝ている女子に触れるのもな……。


(布団取り上げたら?)


 ああ、それならいいかも……いいのか? ちょっと寝相悪くて服が捲れてお腹が丸出しになってたら俺切腹するぞ。


(んー……あ、じゃあちょっと確認するね)

 確認?


 その言葉と同時に、数秒だけ……こう、心に穴が空いたような感覚に陥った。


 しかし、いきなり元に戻る。

(…………ん。大丈夫だったよ。服が捲れてたりとか、ズボンとか。とにかく服が乱れてる事はなかったよ)


 ああ、それなら大丈夫か。というかお前そんな事も出来たのか。ほんとうに人間……お前は人間じゃなかったな。

(みーちゃんに名付けられたリビング零です。……という事はみーちゃんはパパ? で私がママで……私は未零だった!?)


 よしよし。もう用は済んだから消えていいぞ

(そんな扱いしたらみーちゃんがえっちな本読んでる時に出てくるよ)

 地獄かな。



 ……さて。それじゃあ布団を取り上げよう。こうすれば大体起きる。漫画とかだとそうだ。


 俺は布団に手をかけ……一気にバッと取り上げた。












「うぅん、おふとん」


 そうして悩ましげな声をあげる瑠樹は……。




 全裸であった。


「は!?」

(ね? 服乱れてないでしょ?)

「叙述トリックをこんな所で使わないで貰えませんか!?」


 やばい。何がやばいって。瑠樹は仰向けなのだ。


 重量に従い、プリンのようにぷるぷると震えているおっぱいと。…………下の方まで丸見えなのだ。


 じゃない。とりあえず布団を戻――


「おふとぉん……」

「ま、待て。違うんだ」

 俺の腕が掴まれた。そして……



「うおっ!?」

「おふとん」


 俺は凄い力で引き寄せられた。すぐ目の前に瑠樹の顔が迫り……。



「あっっっっぶな」

 このままだと確実に唇が触れていた。どうにか顔を逸らして防ぐ。


(おー。さすがみーちゃん)

「お前な……」

 というかやばい。何がやばいっておっぱぱぱぱぱがやばい。


「な、なあ。瑠樹。離し」

「むにゃむにゃ」

「寝るの!? この状況で!? あと俺は抱き枕じゃない! 離せ!」

「んむにゅ」

「これが零なら起きてるだろって言えるはずなんだがな!?」



 やばい、本格的にやばい。


 瑠樹のいい匂いやらおっぱぱぱぱぱのせいで反応してきた。


「……うぉっ」


 そして……そこが、瑠樹のとある部位に触れた。


 そう。やべえ所だ。俺がズボンとパンツを履いていて良かった。いや、当たり前の事だろうが。下履いてない状態で眠ってるアイドルJKの部屋に突撃はド変態すぎるだろ。

「んん……」

「お願いだから悩ましい声上げないで!」

 しかし……俺の言葉も虚しく。


「ん……ぁ、」

「なにしてんの!? 寝てるよな!?」


 その部分が俺のモノを擦り上げてきた。それどころか、脚まで俺の背中へとまわされる。


(だいしゅきホールドだ)

「言葉にしないで!? ……ぅ、く。瑠樹、頼むから起きてくれ」


 やばい。耳元で瑠樹推しのエッッッな声が聞こえて。擦り上げられて。


(これもう実質セッ〇スでは?)

「ではない! ……な、なあ。瑠樹。頼むから起きてくれ。起きろ!」

「んう、はぁっ」

「起きないね! ビビるぐらい起きないね!」


 やばい。限界が近い。理性の。何もかも忘れて快楽に身を委ねたい。




 その時。俺のスマホの通知が鳴った。


「くっ……誰だ」


 なんとなく、これを見なければという思いがあった。動きにくい中、どうにかスマホを見る。相手は……。


 田熊さんであった。


『そういえば瑠樹様が起きる時は顔のどこかにキスをしないと起きない、という事を療養中のマネージャーが言っていた事を思い出しました。――大丈夫だとは思いますが、一応伝えておきます』


「はぁ!? 嘘だ――」


 いや待て。確か、どこかで聞いたような事がある。


 ……ああ、そうだ。確かどこかのバラエティ番組で。

『今まで誰にも話したことがない恥ずかしい秘密』


 というお題で瑠樹が話していた。


『私、朝起きる時はいつもお母さんにキスして起こしてもらってるんですよねえ』


「それだわ。……でもキス? は? 俺が?」

(キース、キース、ちゅー、ちゅー)

「小学生男子みたいなコールやめ……ぅ、ぐ」

「ん、はぁ、ぅ……あ」


 やばい。限界が近い。水音みずおとまで聞こえてきた。……というか俺のズボンがやばい事になっていそうだ。


 ……あれ、そういえば。あの話に続きがあったような気がする。


 いや、それどころじゃないな。やるしかない。


 俺は少し顔を動かし、その頬に狙いを定めた。


 ああもう、心臓がうるさい。

(止めてあげよっか?)

 死ぬわ。もれなく極楽行きだわ。


 そうしながらも、俺は覚悟を決める。そこに自分の顔を近づけ……


「ッ!?」


 急に。瑠樹が俺の方を向いた。




 まずいまずいまずいまずい。



 頬のあった所に唇が。


 そして、そのまま俺は……
















 気合いで数cmずらした。



「……ぅ、ぐ。零、判定は!?」

(ギリセーフ! ちょっとあう…………セーフ!)


 よし、セーフだ! ……セーフだ!


 その事に安堵していると……瑠樹の動きがピタリと止まった。


「……良かった、起きてくれたか。瑠樹」


 瑠樹の瞼がゆっくりと開く。その瞳は寝起きとは思えないくらいしっかりして……いや、少し潤んでいた。


 その頬も赤く上気しており……息遣いもまだ荒い。


「えっとだな。瑠樹、これは――」

「お婿さん」

「は?」


 瑠樹の言葉に思わず聞き返した。


「私のお婿さん候補、やっと見つかりました」







 ……この時、俺は思い出した。


『私、朝起きる時はいつもお母さんにキスして起こしてもらってるんですよねえ』


 この話には続きがある。


『でも、私……下心のある人が近づいたら勝手に起きちゃうんですよ。なので、将来は私を起こさない……誠実な人で、でもキスでスッキリした目覚めをさせてくれる。そんな人と結婚したいですね。……でも、私が眠っていると邪な考えを持つ人が近づいてくるんですよねえ』



 しかし、それを思い出した時には……少し、いや。かなり手遅れであった。

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