第52話 通りすがりのサラリーマンがいきなり女子高生が下ネタ連発したからずっこけてんじゃん

「未来君、追いかけなくて良いの?」

「彩夏が向かっている。春山は俺の事を毛嫌いしているようだし、彩夏の方がずっと上手くやれるだろう」

 この場だと彩夏が適任のはずだ。


 芸能界が大変な事である事は一般人である俺でも想像がつく。


 そんな酸いも甘いも知り尽くした上で……彩夏は優しい。アイドルだから上辺だけだろ? とか言われたりもするが。


 彼女は……否。彼女達は優しいからこそ、トップに上り詰めたのだ。


 アイドルの時もそうだったが……私生活でも関わり始めてからそれがより強くわかった。


 例え、春山の言葉が本当であっても、嘘であっても。彩夏が力になるだろう。


「ま、それもそっか」

「それじゃああっちはあっちに任せて私たちはずっぽりにゅっぽりぴゅるぴゅるしよ」

「しねえよ。ほらもう。通りすがりのサラリーマンがいきなり女子高生が下ネタ連発したからずっこけてんじゃん」


 少し離れた場所で転ぶサラリーマンを横目に、俺達はゆっくり歩き始めたのだった。


 ◆◆◆



「……咲ちゃん」

「ッ、彩夏!?」


 私はなんとなく、嘘をついているかどうか分かる。……無意識のうちに。それは、友達であろうとなかろうと。道行く人でもそうだ。


 その応用……なのか分からないけど、人の気配にも敏感だった。そのはずだった。


 でも、彩夏は違った。


 ……元々、アイドルという事は知っていた。でも、それだけだ。


 だから、あの日。声をかけたのも別にファンだから、という訳ではない。


 ――――――


「えっと……どうしようかな」


 女子トイレから出た所で。私は初めて彼女に出会った。


 何か困っているようだった。別に無視しても良かったはずだ。……だけど。私はその姿に強い違和感を覚えた。


「どうしたの?」

 気がつけば、声をかけていた。


「あ、えっと、貴方は確か同じクラスの……」

「春山咲だよ」

「ありがとうございます。……その、次の教室の場所が分からなくて」


 そうして話していくうちに思った。


 この子、雑念が無い。



 ……雑念の有無で、言葉の透明度が変わってくる。例え本当の事を言っていたとしても、すぐに本当だと分からない。


 透明な水の入ったコップに黒いインクを垂らす、と言えば分かるだろうか。そんな感じだ。透明な水が本当で、真っ黒な水が嘘。……本当の事を言っていても、雑念が多いと判別がしにくいし、見ていて不快になる。


 それが、この子の場合は……透明だった。他の色が何一つ混ざっていない、無色透明。とても聞き取りやすい声であった。


「……いつもいる人達は?」

「それが……その。あんまり迷惑をかけてはいけないなと思って先に行ってもらって……えへへ」


 ……嘘はない。驚くほどに、澄んだ声で。


「わかった。次の教室だよね。ついてきて」


 私はそれに興味をもった。それから……彩夏と仲良くなった。



 仲良くなればなるほどに……彩夏の純粋な心に。私は入れ込んでしまった。


 庇護欲とでも言うのだろうか。これだけ純粋で優しい子には……幸せになって欲しい、と思った。


 だからこそ、私はあの男から引き離そうと考えたのだ。


 ……しかし。それは不発に終わった。二人の手によって。



 男なんて皆同じ……とまでは言わない。でも、可愛い女の子を侍らせている男なんてろくでもない。騙されてると思っていた。


 ……しかし。私はまた驚かされる事となった。





 彼もまた同じだった。彩夏と。……雑念が一切ない、透明な声で。ちゃんと、一人一人と向き合っていた。


 それがまた私を無性にイラつかせた。……認めてはいけない。それなのに……


 ――――――


 ああもう、頭がおかしくなりそう。


「咲ちゃん。大丈夫……じゃないですね。お水飲みますか? 少し休みますか?」

「大丈夫。大丈夫だから、少し休ませて」


 痛む頭悪い押さえながら、私は座った。



「……ねえ」


 頭を整理させるために。私は話しかけた。


「……あいつ、何なのさ」

「ふふ。驚きました? ……私も驚きました」


 彩夏はとても嬉しそうに笑った。


「でも、そういう人なんです。彼は。……だからボクも好きになったんです」

「……そう」

「はい♪」


 その姿を見て……私は一つ。ため息を吐いた。


「やっぱり私、要らないことしてるかな」

「そんな事ありません!」


 私の言葉に、彩夏が言葉を荒らげて否定した。


「咲ちゃんがボクの事を思ってやってくれた事なんです。……最初は確かにやりすぎた部分はありましたが。ボク、嬉しかったんですよ」


 かと思えば。彩夏は微笑んだ。


「しかも、その後もちゃんと話を聞いてくれて。未来さんを探すのも手伝ってくれました。本当に嬉しかったんです」

「……あれは別に。当たり前の事だし」

「いいえ。あれは咲ちゃんが優しいから出来た事ですよ」

「過大評価しすぎ」


 そう言うと、彩夏は少し困ったような顔をしたが……少しして。真面目な顔をしながら、私を見た。


「……咲ちゃん。もし、何か困っている事があるんだったら言ってください」

「……ッ」

「勘違いでは……ないと思います。これでもボク、色んな人を見てきましたから」


 ……鋭い。隠し事は通用しなかったらしい。


 いや、それはお互い様か。


 私を口を開いた。


「実はね……私」





 そこで……想像してしまった。


 初めて出会った。こんな純粋な子に、嫌われるかもしれないという事を。



「……ごめん」

 私は立ち上がり、走り出した。


「……咲ちゃん!」

 そんな声を無視して。私は脇目も振らずに走った。



 ……気がつけば、学校に来ていた。まだ時間は早く、あまり居ない。


 私は息を整えながら靴箱に向かう。……そして、靴箱を開くとそこには。







 一枚の手紙が入っていた。


 ◆◆◆


「……ごめんなさい、ボク」

「まあ……タイミングが悪かったとしか言いようがないか。それに、彩夏で無理なら他の誰でも無理だろう」


 しょぼくれて合流してきた彩夏へそう言うも……落ち込んだままだった。



 ……うぅん。落ち込んでる人の慰め方が分からない。下手な事は言えないし。


「みーちゃん。そういう時は脱げば解決するんだよ」

「捕まるわ」

「じゃあ快楽でいっぱいにしてあげよ」

「だから世界観が違うんだよ。エロ漫画の世界なんだよ」

「もう……でもさ、みーちゃん」


 零がいきなり……柔らかく微笑んできた。


「みーちゃんが一番してあげたいことをすればいいと思うよ」

「……」


 俺は思わず。ため息を吐いた。


 全部、見透かされてるか。


「……彩夏。嫌ならちゃんと嫌がれよ」

「……え?」


 俺は。彩夏を抱きしめ、その頭を撫でた。


 彩夏は一瞬固まったが。ぎゅっと、抱き返してくれた。


「……お前はよく頑張ったんだから。あまり自分を責めるな」

「ありがとう……ございます。ごめんなさい。もう少し、このままで居させてください」


 そうして、しばらくの間。俺達はそうしていた。


「……もう、大丈夫です。ありがとうございます」

「ああ」


 俺は彩夏から体を離す。すると、彩夏がじっと俺を見た。


「あの。未来さんに一つお願いがあるんです」

「なんだ? 言ってみてくれ」

「……一度。咲ちゃんと話をして欲しいんです。何か、悩みがあるようでしたから」


 ……だが。俺が話したところで、とか。色々考えそうになったが。


「ああ、わかった。それなら早めに学校に行くか」


 俺を頼ってくれたんだ。断る訳にもいかないだろう。


「……はい! ありがとうございます!」


 彩夏は笑顔で、そう言ってくれたのだった。


 ◆◆◆


「……それで?話って?」

 私は屋上に来ていた。理由としては……簡単だ。手紙で呼び出されたから。


 放課後ではなく、今である事に驚きながらも。私は来た。


 ……もしかしたら、本気で私の事を好きになってくれた人が居るんじゃないか。そんな一縷の望みにかけて。


 ――でも。やっぱり。


「これ、やるからヤラせてくんね?」


 そんな男でしかなかった。




「悪いけど……」

 私は断ろうとして、一瞬だけ考えてしまった。



 もう、何もかも忘れて受け入れた方が楽なのかな。


 お金も貰えるんだし、最初は痛いっていうけど、どんどん気持ちよくなるって言うし……




 いや、ダメでしょ。あんなデカいの入れられたら裂けるって。


「……悪いけど、あれは噂だから。そういうのはしてない」

「え? でも二組の男子共が言ってたぞ。一万でしゃぶってもらえて三万でヤレるって」

「全部嘘だよ。そんな奴らとヤッた事ないっての」


 てか処女だし。……アイツの以外、見た事ないし。


「はぁ。全部嘘かよ。でもさ、一回だけヤラせてくんない? 最近彼女が断ってきて溜まってんだよね」

「知らないよそんなの。用が終わったならさっさとクラス戻りな」

 そう言って私も戻ろうとすると。腕を掴まれた。


「……ッ」

「一回だけ。一回だけだからさ。しゃぶるだけで良いんだぜ? どうせ慣れてんだろ? これもやるからさ」

「要らないって言ってるでしょ! 離して!」


 ……力が、強い。離せない。


 醜い、濁った言葉が頭に直接突き刺さる。ああもう、頭痛い。嫌だ。こんなの。


 こんな奴に、良いようにされるなんて事も……。誰か助け――








 その時。扉が開いた。



「よう、助けに来たぞ」


 まるで、友人の家に来たかのような。どこか気楽な声。しかし、その顔は汗まみれで、息も切れ切れだ。


 とてもでは無いけど、余裕を持っているように見えない。




 ……でも。





 とても澄んだ、その声に。私はどこか安心していたのだった。

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