第24話 あーんしないと捩じ込むよ? 穴に

「じゃんけんで勝ったから全部私が持ってくる事になったよ」

「……来る途中で何か変な物とか入れてないだろうな」

「もう。みーちゃんってば。入れるにしても〇液ぐらいしか入れられないよ」

「すっごい気になるところ隠してきたな!? 不安しか無いんだが!?」

「ふふ。大丈夫だよ。人のご飯に異物は入れないから」

「自分の料理には入れるのか!?」

「ふふ」

「ねえ。否定して? お願いだから」



 しかし、零は薄く笑うのみだ。美人だから絵になるのが余計腹立つ。


「それよりはい、冷めないうちに食べて」

「………………でかくないか?」


 皿の上に出されたのはデミグラスソースのかかったハンバーグ。


 その大きさは皿からはみ出そうになるほど。……え? 俺こんなの四つ食うの?


「ハンバーグの大きさはみーちゃんへの愛。だからおっきく作ってしまった……と料理人は言ってました」

「新か? それともお前か? まだあの二人は比較的人の心持ってるもんな? お前はまだ辛うじて人の心は………………雀の涙ほどはあるし。多分新だなこれ」

「ふふ。お残しは許しまへんで」

「前言撤回。心はねえな。お前は」

「大丈夫だよ、みーちゃん。みーちゃんがもう食べられないってなったら味だけ楽しんで私に口移しすれば良いから」

「多分ね。これ読んだ人の九割は今の言葉に引いたよ? 世の中のヒロインの中でも重さトップクラスじゃない?」

「正直、みーちゃんのクローンを作って食べて、みーちゃんの体を私の体に変換させたいという思いはあります」

「怖いよ!?」

「まあそれは置いといて。はい、みーちゃん。あーん」

「ねえ。百歩譲ってあーんは分かるんだけどさ。せめて切り分けよ? そんな漫画みたいな食い方出来んわ。顎外れるわ」

「仕方ない……じゃあ私が噛みちぎってみーちゃんに口移しするしか」

「ナイフって知ってる? 使わないなら貸してくれないか?」

「もー、みーちゃんの意地悪」

「はは。やめろ。ナイフをそんな握り方するな。刺される未来しか見えないから」


 ナイフの柄をぐっと握る零の手からナイフを取る。


 そして、余りにも大きすぎて悪戦苦闘しながらも、どうにかハンバーグを切り分けた。


 ハンバーグからは肉汁が溢れて湯気立った。とても美味しそうだ。……量に目を瞑れば、の話だが。


「いただきます」

 それを口へと運ぶ。一種、溢れ出た肉汁口の中が熱さでやられそうになったが……どうにか耐えた。


「……!」

「どう? 美味しい?」

「……美味い」


 肉の旨味とソースの酸味が程よく絡んで美味しい。ご飯が欲しくなる。


「と思っておにぎり持ってきてるよ」

「だからなんでポケットに入れてるの? サンドイッチの時といい。しかも直で。ポケットの中ご飯粒でやばい事になってるんじゃないか? ……それと、俺は別に潔癖じゃないから良いが。普通引かれるぞ」

「ふふ。ポケットから出したように見えたなら良かった。はい、みーちゃん。あーん」

「待って? 今聞き捨てならない事聞こえたんだけど?」

「あーんしないと捩じ込むよ? 穴に」

「口ではなく? というか穴ってどこのだよ……」

「ふふ。穴って読み方変えたら……ふふふ」

「やめて! ちゃんとそういう意味あるのかよ! 調べなければ良かった!」


 とか何とか言いつつも、衛生的に考えてそんな事はしないだろう。……しないよね?


「という事であーん、冷める前に食べちゃって」

「あ、ああ……ってこの温度は人肌の温もりだな!」

「まあまあ。気にしない気にしない」

「気にするむぐっ」



 だが、まあ……温度こそ人肌だったものの、味はちゃんと白米だった。悔しいが、ハンバーグが進む。



「今えっちなマンガの波動があった! お兄ちゃんが『悔しい! でも感じちゃう!』って言ってる! 多分!」

「言ってねえし思ってねえ!」

 キッチンから聞こえてくる大声に大声で返す。


 そんな事がありながらも、ハンバーグを食べ終える頃には……

「腹八分目なんだが」

「良かった。あと三人分いけそうだね」

「あれ、おかしいな。日本語っぽい別の言語喋ってる?」

「次持ってくるね」

「おーい。ねえ? 聞こえますかー?」

「ちょっと待っててね」

「あ、ダメだこれ。通じてねえ」


 無情にも零はキッチンへと向かった。



 ……それからそう時間も掛からずに零は戻ってきた。


「……おお。神よ。貴方はここに居たのか」


 ハンバーグは一口サイズ。お弁当に入るような小ささで、デミグラスソースがかかっている。どうやらこれで統一してるらしい。


「ふふ。そんな。女神すら凌駕する美しさなんて……」

「言ってない言ってない」

「え? じゃあ子供作る?」

「接続詞の使い方から何から全部意味がわからないぞ」

「もー。みーちゃんのけち。子供の十人や二十人くらい良いじゃない」

「桁が違うぞ。二つほど」

「せ、千……? さすがに私でも……でも、みーちゃんが言うなら!」

「違ぇよ。一人で少子化問題解決する気か」

「……出来るかも。星ちゃん達に協力して貰えれば」

「冗談って分かる? 全員死んじゃうよ?」

「まあそれは後にして。早く食べて。冷めちゃうから」

「後でもしないからね? 食べはするが」



 ハンバーグを食べようとしたが……案の定零がフォークの刺さったハンバーグを差し出してきた。


「はい、あーん♡」

「……ん」

 先程のように奪い取る事は出来ないだろう。俺は大人しく口を開けた。


「……口開けるみーちゃんがエロくて濡れた」

「何言ってんの!? 食事中だよ!?」

「食事(意味深)!?」

「頭の中身中学生男子かよ。早く食わせて? ハンバーグ」

 零がやれやれとしながらハンバーグを口に入れてきた。イラッとしながらも口に含む。


「……美味い」

 先程より少し酸味が強い。こちらもご飯が欲しくなる味だ。……というか、どこかで食べた事があるような味だ。


「という訳で一口おにぎり。はい」

 零が服の中に手を突っ込んでおにぎりを取り出した。

いふぁふぉこふぁらふぁふぃふぁ今どこから出した?」

「……? おっぱいだよ? ブラジャーの中とも言う。はい」

ふぃふぃかふぇんふふうふぃいい加減にしんぐっ」


 零のおにぎりが口の中に突っ込まれた。くそ、温度はアレだがおにぎりの味は普通に美味いんだよな。


「どう? 私の乳結び」

「やめろ。生々しい」

「ふふふ。次からは普通に持ってくるから安心してね」

「最初から普通にやってくれよ……」


 そうして、また零が取ってくる。またもや一口サイズのハンバーグであった。神だ。天使だ。


「そ、そんな……神や天使も悩殺するほど可愛いなんて……」

「言ってない。つか今回口にも出して無かっただろうが」

「口に出す!? い、良いよ……みーちゃん。口に出して!」

「お前もう黙ってろ……っと。今回は少し違うんだな」

 今回のハンバーグは上にきのこが乗っていた。俺はきのこも好きなので何気に嬉しい。


「あ、料理してくれた人がこっちの方が好きって。みーちゃんがきのこ嫌いならやめとくって言ってたけど、大丈夫って伝えておいたよ。ちなみにこれが嘘のエピソードの可能性もあるよ」

「…………ああ、お前が作った可能性もあるもんな。いつもの意味の無い嘘かと思った。とはいえ、こういうアクセントが丁度欲しかった所だ。助かる」

 一個目のめちゃくちゃでかいハンバーグのせいで味に飽きかけていた所だ。


 例のごとく零に食べさせてもらう。

「みーちゃん……オヤジギャグはちょっと」

「地の文にツッコまないで? というかお前も大概だからね?」

 そして、ハンバーグが口に入れられる。



 ああ、美味い。きのこの食感も良いし、ソースもよく絡んでいてきのこの風味なんかも引き立っている。


「美味い」

「……みーちゃん。私だから分かるけど。星ちゃん達はみーちゃんの心の中読めないからね? ちゃんと言葉に出さないと?」

「ああ、そうだな。悪い」


 つい悪い癖が出た。母さんにも言われていたのに完全に忘れてしまっていた。


「次から気をつける」

「よろしい。……でも私と結婚したら言わなくても良いんだよ?」

「株を下げる天才か。お前は。ライバル企業に送り込んでやろうか」

「という事で次。取ってくるね」


 零は俺へニコリと微笑んでキッチンへと向かった。メンタルどうなってんだよ。本当に。


 そして……最後のハンバーグが運ばれてくる。


 最後のハンバーグは、一口サイズより少し大きいものだった。だが、ギリギリ許容範囲だ。


「作った人はこの大きさ以上にならないと美味しくならないって。だからごめんね?」

「まあ、美味しくするためなら仕方ないだろ。それに、これならギリギリ食べれる量だ」


 零がハンバーグを切る。すると、中からチーズがとろりと溢れ出してきた。


「おお! チーズ入りか!」

「ん。これ以上小さくしたらハンバーグのお肉とチーズの量の調節が難しくなるって」

 零が溢れ出すチーズが零れないようにしながら、俺へとハンバーグを差し出してきた。




「……」

「みーちゃん?」

「美味い。チーズの塩味と肉の旨味が良い塩梅だ。それにソースが絡む事でより美味しさが引き立っている」

「そんなに美味しかったんだ」

「ああ。美味い」


 少しジト目で睨まれてる気がするが。気のせいだろう。うん。


「……ま、良いけど。今日もみーちゃんの布団に入り込むし」

「やめて? 俺また寝れないよ?」

「ふふ。今日は寝かさないよ♡」

「……星呼んで縛りつけて零の部屋に転がすしか無いか」

「甘いね。みーちゃん。昨日縄抜けは習得したよ。お母さんにやられた時に」

「零の母さんでも止められないのか……」

「それとみーちゃん主導で縛られたっていう事実だけでも興奮出来るから。多分我慢出来なくなって次の日の朝にはみーちゃんの童貞が無くなってるよ?」

「こいつどうやったら止められるん?」

「結婚したら止ま………………皆呼んでくるね」

「今自分でも分かってたよな? 結婚した所で止まらないって。おいこら。逃げるな!」


 そそくさとキッチンへ逃げる零へそう言っても、止まる事は無かった。


 ◆◆◆


「けっかはっぴょー! いぇー!」


 新のテンションが高い。

「新。ちょっと来い」

 とりあえず新を呼ぶ。嬉しそうに近寄ってくる新の……



 頭を拳でぐりぐりとした。


「お前だな? あのめちゃくちゃでかいハンバーグを作ったのは」

「いだだだだだだ。あ、でもちょっときもちいいだだだ。なんでででわかったたたたの?」

「星と彩夏はまだ常識がある。零も俺の限界量は知ってる。お前だけ俺が何でも出来るって思い込んでんだよ」

「あっ……いだだだ。これ、んっ……ご褒美かも」

「本当に無敵だな。お前ら二人」


 新の表情が怪しくなってきたので手を離す。


「それじゃ、さっそく……というか、もう誰が作ったかまで分かった。折角だし当てていっても良いか?」


 と、そう言えば。皆が驚いた顔をした。


「……え? 本当に?」

「ああ。余裕だ。だがまあ。最初に言っておこう。一番俺が好きだったのは最後のハンバーグだ。もちろん他のも全部美味かったけどな」


 そう前置き……まずは零を見た。


「まず二個目のハンバーグ。零だろ」

「正解……! よく分かったね、みーちゃん」

「ああ。昔零の家で食べたハンバーグの味に似てた事をついさっき思い出した。美味かったぞ」

「あ、そういえば。ちっちゃい頃あったね。そんな事」


 零は納得したような顔をして……微笑んだ。


「ふふ。あの頃のみーちゃんのみーちゃんは可愛かったんだけどね。今はあんなにかっこよくなって」

「もっと振り返る思い出あっただろうが」


 ため息を吐きながら……俺は次に彩夏を見る。



「それで、次は彩夏だ。きのこの乗っかったハンバーグは」

「……正解です。でも、どうして?」


 その言葉に俺は一瞬、言おうかどうか迷った。まあ良いだろう、と。


「……思い出したんだよ。少し前、彩夏が出ていた料理番組で。母親が作ってくれるきのこの乗ったハンバーグが好きだって言ってた事を」

「おお。さすがnectarファン」

「まあ……見るだろ。好きな芸能人が出る番組は」


 思わず頬をかいていると……体がおっぱいに包まれおっぱい。


「嬉しいです……! ずっと、ずっと! ボクの事を見ててくれたんですね!」

「ちょ、彩夏ちゃん。未来君が泡吹いて倒れそうになってるから」

「ア……オシノオッパイガ……ア……」

「ご、ごめんなさ……? 喜んでる……? な、なら。もっとぎゅってしたら……」

「彩夏ちゃん。みーちゃんが本当に倒れかねないからストップ」

「れ、零ちゃんが止めてる……? え?」

「零ちゃんはお兄ちゃんのキャパ分かってるからね。いつも限界は攻めてるけど越す事は無いんだよ。だから私とかが越そうとしたら止められたりするよ?」


 ややあって。


「はっ……! 俺は何を……?」

「ご、ごめんなさい。未来君。つい嬉しくなっちゃって」

「あ、ああ。良いぞ、別に」


 俺は頭を降って煩悩を消しながら。最後に星を見た。



「という事で最後は星だ」

「……正解だよ。どうして分かったの? 消去法とか?」

「んな訳あるか。……こっちも思い出したんだよ。一度、どんなハンバーグが好きかって聞かれた事をな。確か、俺はチーズが入ったハンバーグって言ったはずだ」


 そう言えば……星は嬉しそうな顔をした。


「それにしても、本当に美味かったぞ。星」

「……うん! 良かった!」


 そして……俺はまたおっぱいに包まれおっぱい。


「頑張ったんだ、私。どうやったら美味しくなるかなって。……未来君にまた会えたら食べて欲しいなって。思ってたんだ」

「そ、そうだったのかおっぱい」

「みーちゃん。私が言うのもなんだけど感動シーンが台無しだよ」

「はっ! ……いや、まあ。純粋に嬉しいぞ」


 おっぱいに包まれながらもどうにか理性を保……ててないな。これ。


 すると、彩夏が補足するように口を開いた。


「でも、星ちゃん。凄かったですからね。チーズとかも外国の物を使ってましたし、隠し味も入れてたし」

「色々研究してたから。……チーズが強すぎてもダメだし、お肉とかソースが強くてもダメだし。ごめんね。おなかいっぱいのはずなのに一口のもの作れなくて」

「……いや。まだ許容範囲内だったから。美味かったぞ、本当に」


 顔を逸らしながらそう言えば。……視界が乳に包まれた。


「ふふ。嬉しい」

「あ、あの。色々やばいんでそろそろ離して欲しいんですが」

「……嫌って言ったら?」

「逃げる」

「ちぇー」


 どうにか解放して貰えた。…………と、その時。







 ピンポンとチャイムが鳴った。

「星? お母さんよ。ちょっと忘れ物したから取りに来たの」






 俺と星の顔から血の気がサッと引いていくのが分かった。

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