第17話 前門の乳後門の乳だ

「みっくるくーん!」

 目の前に迫ってきた乳を避ける。

「はんっ! そう何度も乳アタックを食らうか――」

「捕まえた! 星ちゃん! 今だよ!」

「れ、零!? なぜ裏切った!」

「よしきた!」

「なっ……や、やめ、やめろ! 星! にじり寄ってくるな!」

「ふっふっふ。観念したまえ」

「ぐっ。そうだ、唯一の良心こと彩夏は」

「あ、彩夏ちゃんなら友達が出来たみたいだから今日はその人と来るらしいよ」

「裏切られた!」

「なんか未来君が言うとさ。推しに彼氏が存在する事を知った厄介オタクみたいだね」

「やめろ! 俺は山田とは違うんだ! 推しに恋人が出来たら祝福するんだよ!」

「ここまで厄介オタの特徴併せ持つ事ある? まあいいや。えいっ」

「くそ、時間稼ぎむぐぐぐ」


 星がぴょんと跳んで俺の頭を掴み、乳へと押し付けてきた。背中には零の胸の感触が。


 前門の乳後門の乳だ。


「え? 肛門? 開発したいの? みーちゃん」

「むぐぐ!?(心読んだ上でわざと間違えるとかいう器用な事やらないでくれる!?)」


 とかなんとかやっているが、ここは集合予定の市民体育館である。当然人の目はあるわけで。


「なんだよあの羨ましすぎる状況……」

「あ、ああ……星ちゃん……僕だけに優しかった星ちゃんが……グチャッ(脳が破壊される音)」


 今BSSがあったな。俺もNTRとかそのジャンルは嫌いだが。いや、でもそれは純愛からのNTRが嫌いなだけで、男側が何も行動しないタイプのものは管轄外だ。


 というか、お前髪もボサボサで何も手入れしてないだろうが。そんなんで星の横に並べると本気で思ってるのか。中身あんなんだが見た目超絶美少女だぞ。


 男子からはそうした嫉妬やらなんやらの視線が多い反面、女子からは微笑ましそうな目で見られている。なぜだ。


「ふふ。あれが夫婦愛人漫才ってやつ?」

 聞いたことねえ言葉出てきたな。なんで当たり前のように愛人が追加されてんだよ。


「でも良かったわ。強敵二人が一気に居なくなるなんて」

「本当ね。これで相葉君達にアプローチが出来るわ」


 ……女の闇は見なかった事にしよう。うん。


 そして、何度かもがもがやっていると、やっと星が解放してくれた。



「……というか、もうバス来てるだろ。さっさと乗るぞ」


 そうしてやっと、バスに乗る事が出来たのだった。


 バスの席は丁度真ん中ぐらい。俺は窓側で、隣に零が。前の席二つに星と彩夏が乗ることになっている。窓側は零に譲ろうとしたのだが断られたのだ。


 彩夏はまだ来ていない。まあ、時間はまだあるし大丈夫だろう。


「〜〜♪」

「……随分と機嫌が良いな」

 零は俺の隣で鼻歌を歌っていた。零は俺を見て……ニコリと微笑んだ。


「ふふ。だって、やっとみーちゃんと一緒に居られるんだもん。遠足も別々になるかもって思ってたし」

「……そうか」


 その言葉に思わず目を逸らした。

「それに、隣同士なら好き勝手出来るもんね。脱いで、みーちゃん」

「ギャグを挟まないと死ぬの? 俺のキュンキュン返して?」

「ふふ。お相子だね。私の子宮もキュンキュンしてるよ」

「最低だよ! この会話! てか普通逆じゃないの? ほら、言うじゃん。男は性欲を恋と間違えるって」

「……? 恋してるから子供を産みたくなるんだよ?」

「くそ、否定できねえ。でも普通逆だと思うんだ! この世界は間違ってる!」

「世界なんてどうでもいいんだよ。それにその辺はジェンダー差別だよ? ほら、雲の数でも数えてて。すぐ終わるから」

「それはそうだったな。反省はする。だがやらせねえよ!? やめろ、危ない位置に手を置いてくるな」

 太腿へと手を伸ばしてくる零の手を掴み、自分の太腿へと置かせる。

「犯せる!?」

「地の文に突っ込んでくるんじゃねえ! 思春期ガールが!」

「ふふ。英語でsixって言われる度にみーちゃんを見ちゃうんだよね」

「あの視線お前だったのかよ。てか訂正するわ。思春期の男子中学生じゃねえか」

「ずっと若い気持ちでいないとね。多分五十年後も同じ会話してるよ。私達」

「地獄かよ。七十手前でこの会話は多分頭がおかしいよ」

「大丈夫。死ぬまで続けるから」

「本当にありそうなのが怖いよ」


 と、騒がしく会話をしていると前からひょこっと顔が出てきた。


「もー、零ちゃんばっかりずるい。未来君とイチャイチャして」

「ふふふ。じゃんけんで負ける方が悪い」

「え? じゃんけんで決めてたの? いつの間に」

「細かいのはみーちゃんが見えないところでやってるからね」


 ……思えば、零が俺の見えない所で色々やっていたよな。最初に彩夏が来た時なんかも。俺が断るだろうと事前に伝えていたようだし。


 俺が負担に思わないよう、色々手を回してくれているのだろう。

「悪巧みなんかも出来るからね」

「プラマイゼロになっちゃったよ。いや、ギリギリプラスではあるんだが」

「塵も積もれば山となるだよ。日々の積み重ねが大事なんだから」

「時々マイナスになってるがな。山と谷になってるぞ」

「もう、みーちゃんったら……山と谷なんてそんなえっちな……」

「えっちなのはお前の頭の中だ。ド変態が」

「んっぅ……みーちゃん、いきなりそんな……朝から激しいよ」

「くそ、普通に罵倒するのがご褒美になるって。どうすりゃ良いんだよ」

「ねーえ、入れてよ!」

「……っと、悪い」


 つい零が割り込んできたら突っ込んでしまう。悪い癖だ。


 その時、バスの中が沸いた。何かあったのかと辺りを見渡す。


「……あ、彩夏ちゃん来たみたい」

「なに?」

「あ、ほんとだ……ってめっちゃ可愛いじゃん」


 バスの窓から見ると、彩夏が居た。


 白いオープンショルダーのトップス。それに、膝より上までしかないホットパンツ。


「は? くそ可愛いが?」

「未来君が推しの私服見てキレてる!? ……あれ、でも一緒に買いに行ったんじゃなかった?」

「それはそれ、だろ。見るのは二度目だが、こうして見ると……こう……やばいな」

「み、みーちゃんの語彙力が壊滅的になってる。限界化してるんだ……」

「それ、ちゃんと彩夏ちゃんに言ってあげなよ? 喜ぶよ?」

「無理に決まってるだろうが」


 画面の前で推しの可愛さを呟くのはともかく、推しを目の前に「くっそ可愛いが???」など言ってみろ。俺はドン引かれる自信しかないね。


「え? 絶対喜ぶよ? 本気で言わないの?」

「言わないし言えんだろうが。キモがられるぞ」

「あれ? もしかしてトップアイドルに告白された記憶どっか飛んで行った?」


 断固拒否の姿勢を貫いていると、彩夏がバスに乗ってきた。


「彩夏たんまじ天使」

 分かる。

「彩夏ちゃんめっちゃ可愛いね」

 分かる。

「エロい」

 は? そういうのは本人を目の前にして言う言葉じゃないだろうがいいかげんに――

「み、みーちゃんが私みたいな厄介オタクになってる」

「心読まないでくれるかな? あと零が厄介オタクなのは初耳なんだが」

「……? 私はみーちゃんの厄介オタクだよ?」

「どうして目の前で宣言できるんだろう。不思議」


 そうしてなんやかんやしていると、彩夏が来た。


「み、未来さん。どうですか? 似合ってますかね?」

「あ、ああ……い、良いと……思うぞ」

「キョドりすぎ。さっき未来君限界化してたよ」

「え? ほ、本当ですか?」

「ん。証拠」

『は? くそ可愛いが?』

「零さん!? 何してくれてやがるんですか!?」


 零がスマホから取り出し、タップをすると先程の音声が流れた。


「い、いや。ちが、これは違くてだな」

「零ちゃん。言い値で買います」

「言い訳すら聞いて貰えないんですか。そうですか」

「いや、言い訳じゃなくてガチの本気だったよね。てか私は? 私も結構服気合い入れてきたんだけど。まだなんも言われてないんだけど」


 星がジト目で見てきた。俺もうっと声を詰まらせた。


 星の服装は、白いブラウスに黒いブリーツスカート……そして、その胸の上に黒いリボンが着けられている。

 いわゆる地雷系ファッションだ。星に似合わない訳がない。


「……可愛いぞ」

 そう言えば、星の顔はみるみる赤くなっていった。

「……ッ」

「自分で言わせといてそんなに恥ずかしがるなよ……」

「……お世辞?」

「いや、本音だ。割と」

「……」

 星は恥ずかしさのあまり顔を手で覆い隠した。


「……だって。こんなに嬉しいって思わなかったんだもん」


 その声や仕草はあの時と変わらなくて……


 俺の頬にも熱が帯びるのが分かった。


「どうしたの? みーちゃん。ムラムラしたの? 4Pする?」

「4Pが当たり前かのような提案をするな」

「大丈夫。みーちゃんならいける。全員に五回ずつぐらい余裕」

「死ぬわ。十五回は許容量を超えてるんだわ」

「大丈夫大丈夫。みーちゃんならいける」

「信頼が重すぎる」

「だって前世ではやってたし」

「なんで当たり前のように前世の記憶があるの? てか前世の俺何やってんの?」



 と、いつも通りのやり取りをしていたら時間になった。


「それじゃあ、時間になったので点呼を取ります。皆さん、静かにしていてくださいね」



 先生が点呼を取り、ついにバスが 出発する。さすがの零も静かにしていた。



 ……まあ、出発するまでの間なのだが。


 それはそれとして、バスで向かっている間は音楽を流す事に決めていた。俺かやろうかと思っていたのだが。その辺は浜中がやってくれるとの事だ。そのお陰で俺は自由にバスの中の席を選ぶ事が出来た。


 しかし、曲は俺が選んだ。零や新が居ない間に最近の流行歌を調べ、洋楽邦楽KーPOPボカロアニソン問わず全て詰め込んだ奴だ。


 そして、案の定皆喜んでくれたらしい。……こういうのはどれかに偏ってしまえば、楽しめる人にも偏りが出てしまうからな。


 クラスのカースト上位の男子や女子が歌ったり、まさかボカロが流れると思っていなかったのか、一部の男女のテンションが上がったり。……最近だとボカロの認知度も上がっていて、陽キャ達も喜んでいたり。


「ふふ。良かったね、みーちゃん。皆喜んでくれて」

 バレないようにやっていたつもりだが……当然のように零にはバレていた。今度盗聴器が無いか探さなければ。


「……まあ。委員になったからには皆を楽しませないといけないからな」

「ん。私、みーちゃんのそういう所好きだよ?」

「……からかうな」

「からかってないもん。ね? 星ちゃん、彩夏ちゃん」


 零がそう聞けば、星は窓の反射越しに。彩夏は顔をちょこんと飛び出させて微笑んだ。


「……まあ、普通適当にやるもんね。凄いと思う。そうやって考えられるの」

「そうですね。ボクもとてもかっこいいと思いますよ」


 俺はどうにか目を逸らして窓の外を見ようとしたが……やめた。


「……ありがとな」

「デレた!? みーちゃんがデレた!」

「ク〇ラが立ったバリのテンションで言うな」


 相変わらずな零は置いておき、俺は改めて窓の外を眺めた。



 これで少しでも零達に近づけば良いんだが。まだまだなんだろうな。

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