第18話 あいつは全校集会中だろうがスクランブル交差点のど真ん中だろうが押し倒してくるぞ

「よし、着いたな」

 目的地は運動公園である。ならば零達は何故動きやすい服装で来なかったのか。その答えは簡単で……


「みーちゃんに楽しんでもらうために着たんだよ?」

「地雷系ファッションって実は初めてだったんだよね。どうせ動きやすい服に着替えるんだし、その前に未来君に見せて、気に入らなさそうだったら別の服着ようようかなって」

「み、未来さんと一緒に色んな服買いましたから……色んなの着て行きたいなって思ったからですよ」


 ……と。本当にそろそろ俺は殺されてもおかしくない気がしてきた。うん。



「それじゃ、先に着替えてくるよ。BBQ終わったらまた戻すけど」

「あ、ちょっと待ってください! 折角だから写真撮りたいです!」


 星がそう言ったが、すぐに彩夏が引き留めた。星があっと声を上げる。


「そうだったそうだった。忘れてたよ完全に」

「ん。私も撮りたい。皆で撮ろ。あとみーちゃんとも二人で撮りたい」

「ぼ、ボクも撮りたいです……未来さんと」

「あ、私も!」

「ああ、良いぞ。もちろん」


 そう言えば、まず最初に零が抱きついてきた。


「おいやめろ。唇を近づけてくるな」

「チッ。失敗。仕方ない」


 顔面を手で掴めば零は諦めてくれた。俺へと抱きつき、頬を合わせてくる。


「という事ではい、チーズ」

 そして、零は片手でスマホを持って写真を撮った。

「……撮ったのは良いんだが。それ服あんまり写ってないんじゃないか?」

「チャットのアイコンにする奴だから良いもん」

 と、零の言葉と共に俺は解放された。しかし、次は星に抱きつかれる。


「じゃあ次は私!」

「はいよ」

 星は俺の肩にもたれかかってきて、そのままスマホで写真を撮った。

「さ、最後はボクです!」


 ……と、同じように抱きついてきた。言うのを忘れていたが、先程から顔には出していないだけで心臓バックバクである。女子と喋る経験すら少なかったんだぞ。こっちは。



 彩夏はぎこちなく俺を抱きしめ……そして、スマホで写真を撮った。


 その後は全員で写真を撮り、時間が少なくなってきたので三人は着替えに行く事となった。……のだが。


「みーちゃんも行こ」

「何言ってんの? 俺上着脱ぐだけで終わりなんだけど?」

「え? 着替えるってそういう隠語じゃないの? 4Pしないの? 多目的トイレって色んな目的のために作られた所だから出来るよ?」

「炎上するわ。過去の事例を振り返れ」

「ふふ。いけない事って分かったら興奮してきたね」

「お前だけだ。てかさっさと行け」

「さっさとイけ!?」

「星。連れていけ」

「いえっさー!」


 星は敬礼をした後に零の腕を掴んだ。地雷ファッションで敬礼ってアンバランス過ぎて逆に良いな。


「あーん! もー! みーちゃんのいけず!」

「昔のお色気キャラかよ」


 そうして引きずられていく零を見送り、俺は集合場所へと急いだ。


 ◆◆◆


 あー、腹痛が痛い。めちゃくちゃ腹痛が痛いし嘔吐を吐きそう。


 視線が痛すぎる。



 今、俺は皆の前に出ている。というのも、委員の仕事。レクの説明をするため。



 うわぁ……男子きっつ。めちゃくちゃ睨むかガン無視かの二択かよ……てか陰口めっちゃ聞こえるし。


 ああもう。零が動き出しそうなんだが。やめろ。零がブチ切れたら大変な事になるぞ。


 ……と、その時だ。


「お前ら! いい加減に静かにしろ!」


 あーあ。生徒指導の先生怒っちゃった。まあ当たり前か。


「蒼音のお陰でお前らスマートフォンも使えるようになったんだぞ! ちょっとは感謝の心を見せないか!」


 そう生徒指導の先生が言えば……男子達は押し黙った。


 生徒指導の先生がこちらへ続きを話すよう促してくる。


 ……まぁ。話を聞いてくれるようになったのなら良いか。


 だが、俺が話し終えるまでの間。零がニマニマとした笑みを向けていた。くそ、俺がそんな事やったら気持ち悪いだけなのに。零がやると美人だから映えてしまうのが余計に腹が立つ。


 ◆◆◆


「なんでお前はずっとニマニマしてるんだよ」

「ふふ。だって。みーちゃんが頑張ってたの、やっと皆に伝わったから」


 零の言葉に喉を詰まらせる。……いや、実際そうだ。あの後から強くなっていた視線は緩んだし、見るからに陰口は減った。


「というか、スマホが使えるようになったのって未来さんのお陰だったんですね」

「それ。私もびっくりした。というか聞いてなかったんだけど」


 彩夏と星の言葉に苦笑いをする。


「……こういうのってあまり言いふらす事でも無い気がしたからな。というか、言った所で信じて貰えるか分からんし」

「でも私達ぐらいには言ってもいいじゃん。褒めるよ? めっちゃ。おっぱい枕する?」

「やらんでいい」

「というか、零ちゃんは分かってたんですよね?」

「ん。みーちゃんの功績は生徒会長から聞いてた」


 ……ああ。そういえばあの場に居たんだったな。生徒会長。


「みーちゃんの事褒めてた。上手く相手の弱みを握ってたって」

「人聞きの悪い事を言うな。……だが、それも零との会話のお陰だ。ありがとな」

「ん。お礼は体で払ってね」

「こんな会話イマジナリー零ともしたな!?」

「ふふ。多分そろそろ増える頃合いだよ」

「ウイルスかよ。特効薬寄越せ」

「私の中に出したら増殖は収まるよ」

「消えねえのかよ」

「あ、ちなみに他の人と付き合ったりしたら増殖速度が百倍になるからね。子供が一人出来る度に更に百倍」

「インフレやべえだろ。ゲームのバグかよ。修正しろ」

「仕様です」

「開発班どうにかしろ」


 などとやっていると、背中に柔らかい感触があった。


「差別はんたーい! 私達ともイチャイチャしろ!」

「……零ちゃんばっかりずるいですよ」


 背中に星が。そして、彩夏が俺の服の裾をちょこんと掴んでいた。


 ちなみに、二人はもう着替えている。動きやすそうなロゴの入ったシャツに半ズボン。……まあ、それだけでも美人な二人には映えるのだが。

 そして、零は体操服で、その上にジャージを羽織っている。ジャージは何故か俺の物を着ているのが、無視しよう。


「ふふふ。みーちゃんはもう私無しでは生きられない体になってるんだもん」

「ぐっ……なら私も未来君をおっぱい中毒にするしか……?」

「ぼ、ボクも……? やるしか……」

「逃げていい? 嫌な予感しかしな――」


 ピーッと、甲高い笛の音に俺の声は遮られた。他クラスの試合が終わったのだ。


「……次は俺達のクラスか。俺は得点板をやってくるからな」


 星は渋々俺から離れ、彩夏も俺から手を離した。


 そして、零が抱きついてきた。

「話聞いてた? ねえ」

「いや、なんとなく。やっておく流れかなって」

「そんなの無いから。てか俺が怒られるから早く離れろ」

 頭を押しのけようとしたが、零は離れない。


「なんか逃げようとしたら追いかけたくなるみたいな。そんな心境」

「イヤイヤ期の子供かよ! じゃあ良いぞ。くっついて」

「わーい!」

「だろうと思ったよ! 星!」

「いえすさー!」


 そうして星に連行される零。そろそろ捕まらないだろうか。面会の手続きの方法なんかも調べておいた方が良いかもしれない。


「それじゃ、また試合でな」

「あ、はい!」

 彩夏へとそう言って、俺は得点板まで走ったのだった。


 ◆◆◆


 バレーボール、と言っても本格的なものでは無い。一チーム四人で五分一セット。それを五回繰り返す。ならクラスの半分は出れないじゃないかと言われそうだが、二つあるコートのうち一つは自由にしている。そこでほかの委員がランダムでクラスを選び、試合を行っているのだ。特に、負けたクラスを中心に。


「……それにしても、俺達も負けてるか」

 現在は三試合目。

 みんな運動神経が良いからか、なかなかラリーは続いている。しかし、俺達のクラスは三点差で負けていた。


「ま、三点差だし上手く行けば巻き返せるっしょ」

「おお、来たのか戦犯」

「戦犯言うんじゃねえ」


 久しぶりの豪だ。最近構う事が出来てなかったからか寂しがっているらしい。やれやれ。


「悪い。今なんかすっげえイラってきたから殴っていい?」

「暴力反対」


 豪へとそう返しながらもコートからは目を離さないようにする。


 ちなみに、豪は先程調子に乗ってボールを足で返そうとした挙句失敗し、サーブミスを二回行ったのだ。つまりこの三点差は豪のミスなのだ。


「くそ、お前がミスする呪いをかけてやる」

「こっちはお前と違って堅実なプレイを心掛けるから大丈夫なんだよな」

「じゃあお前が転んで九条ちゃんを押し倒すよう祈るわ」

「やめて? ガチで。おっぱじまっちゃうよ? 試合中に」

「ははっ。ねえだろ。さすがに」

「零を舐めすぎだ。あいつは全校集会中だろうがスクランブル交差点のど真ん中だろうが押し倒してくるぞ」

「性欲の化身かよ」

「性欲の化身がひれ伏すレベルだ。自分の性欲が生霊となって他人に取り憑くんだぞ」

「何言ってんの? お前」

「俺も何言ってるのか分からん。だが事実だ」


 もしかして俺もかなりキてるのだろうか。病院へ行くべきなのだろうか。

(……もしかして出来たの!? みーちゃん! 誰との子なの! 誰に孕まされたの!)

 出てくるな! 悪霊が!


「……豪。俺は病院へ行くべきなのだろうか。今も心の中でイマジナリー零が語りかけてくるんだ」

(ひょっとして相葉君との子!?)

「お、おう……疲れてるんだよ。たまにはリフレッシュしようぜ」

「……そうしよう。お寺にでも行ってくる」

「リフレッシュ出来ねえぞ。多分それ」


 豪とそんな事を話しながらも試合は進んでいく。五分が経って試合が終わり、四チーム目へ。


 そして、その四チーム目も一進一退の攻防の後に三点差で負けていた。


「うえぇ……ガチの戦犯かましてんじゃん俺」

「ま、気にするな。次で取り返すさ。零が」

「お前が頑張れよ」

「ははっ。善処する」


 乾いた笑いを残しながら俺は零達に合流するために向かったのだった。


 ◆◆◆


「ま、そうなるわな」

「これ零と未来君だけでどうにかなるんじゃ……?」



 零無双が始まった。いや、一人じゃバレーは出来ないので俺がレシーブを上げているが。


 三点差で負けていたはずが、今は三点差で勝っている。というか今の所点数を取られていない。


 それと、零が跳び上がる度に歓声が上がる。主に男子から。まあ、理由は言わずとも分かるだろう。


 だが、それと同時にだ。零がわざと俺へと倒れ込んでくるのだ。わざわざ抱きつきに。試合中に何してるんだよ。本当に。お陰で毎回鬼サーブが来てんぞ。俺の腕真っ赤だぞ。いてえよ。


「ま、負けられません……! 未来さん、ボクにもボール上げてください!」

「ああ、分かった」

 というか、俺もつい癖で零ばかりに上げていた。良くない。


「おら死ねぇ!」

「ボールを打ちながら言う言葉じゃねえんだよな」

 というか早い。俺でもギリギリだ。これでも体力テストで言えば上位二十名には食い込めるんだぞ。隣に居る零が男女含めた体力テストでもトップなので全く自慢にならんが。


「ほら、彩夏。行くぞ」

「え!? イクの!? みーちゃん!」

「黙ってろ! 力抜ける!」

 中間に星を挟もうかと思ったが、首を振られた。星は運動神経が悪かったのだが……今もそれは変わっていないらしい。


 俺はレシーブと同時に彩夏の上空へとボールが行くよう調整する。


「はい! 行きます!」


 彩夏は跳び……そして、ボールを打った。


 そういえば……というか当たり前だが彩夏も運動神経は良い。DVD特典にあった【nectar】の体力テスト特集的なものでもトップだったはずだ。


 ボールの近くにいたはずの男子生徒は動かなかった。


「やった……! やりました! 未来さん!」

「ああ。凄かったぞ」


 彩夏がぴょんぴょん飛び跳ね……俺へと抱きついてきた。


「あ、彩夏さん!?」

「ぼ、ボクも……ご褒美みたいなもの、欲しいなって」


 薄手のシャツだからか、胸の柔らかさやらなんやらが伝わってくる。



「……ア……アヤカチャン……ソンナ」

「しっかりしろ! ノートの隅っこにこっそり彩夏ちゃんと自分の名前を相合傘にして書いていた山田!」

 急に純情な一面を見せてくるな山田。心が痛くなるだろうが。



 ピッと笛が鳴ると同時に彩夏が離れた。試合の再開だ。



 ……とは言っても、もう負けることはない。


 それどころか、俺達のクラスは勝ち進み、優勝を勝ち取る事が出来たのだった。俺達のチームだけ毎試合出される事になったが。

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