第15話 お兄ちゃんの心を読むのは義務教育の範疇だよ

『明日、良ければ一緒にお買い物に行きませんか?』


 ……と。風呂上がりにスマホを確認すれば、メッセージが来ていた。彩夏からだ。


「明日か……今日は疲れたんだよな。誰かさんのせいで」

「お兄ちゃんが逃げるから悪いんだよ!」

「捕まったらアウトだろうが」

「いいじゃん! お兄ちゃんは気持ちいい思いするだけだし!」

「あのな? お兄ちゃん最近妹の倫理観がぶっ壊れてるんじゃないかって心配なんだよ?」

「大丈夫! そんなの無くても生きていける! 子供作ろ!」

「よし、次の説教のネタ決まったな。倫理観を『そんなの』扱いする妹にはキツい説教だな」

「え……そ、そんな。お兄ちゃん。キツキツだなんて……卑猥だよ」

「最近零に感化されてない? 大丈夫? 島流しにした方が良い?」

(島なんかに流したくらいで私がみーちゃんを諦めるとでも?)

「ぐ……やめろ。零。イマジナリー零なんか出てきたら俺の心が……ツッコミ一色になってしまう……!」

(大丈夫。守護霊的なアレで実はずっと一緒に居たから)

「生霊じゃねえか! 成仏しろ!」

「れ、零ちゃんすごい。守護霊にもなれたんだ」

「え? これ新にも見えてるの? え? ガチ? え?」


 と、なんやかんやがありながらも。俺は彩夏へと返信をする事にした。


『良いぞ。時間はどうするんだ?』

 即座に既読が付いた。もしかして返事を待っててくれたのだろうか。それなら悪い事をしたな……


『十一時に駅前でどうでしょうか。お昼は外で食べる形で』

『分かった。十一時に駅前だな』


 と、返して俺はベッドに寝転んでる新を見る。上はキャミソールで、下はショーツ一枚しか履いていない。


「つーか服を着ろ。下着姿だけで兄のベッドに寝転がるんじゃない」

「えー? いいじゃん。ていうか服って邪魔なんだよね。全部脱いでいい? お兄ちゃんも脱ぎなよ。それで私に乗っかろ?」

「ダメに決まってんだろ。裸族になるなら自分の部屋でなれ」

「ちぇー」

「言動が一致してないよ? 服脱がないでって言ったよね? なんでキャミソールに手をかけてるの?」

「えへへ……」

「いや笑って誤魔化せないから」


 新のキャミソールの肩紐を元の場所に戻しながら、俺はため息を吐いた。


「……それと、俺は明日出かけてくる」

「私も行く!」

「ダメだ」

「なんで!? いいじゃん! お兄ちゃんとデートしたい!」

「別に俺一人で出かけるんなら連れて行っても良いんだがな。人と出かける約束をしたんだよ」

「むうぅ! お兄ちゃんの浮気者! 不倫! すぐ子供作る!」

「凄いな。ここまで全てに身に覚えが無いと感情って無になるんだな」

「言霊ってあるんだよ。お兄ちゃん。将来は何人子供欲しい? 私は三人欲しいかな」

「リアルな数字やめて! お兄ちゃん心が辛いよ!」

「私は子宮がきゅんきゅんして辛いよ……お兄ちゃん、なんとかして……」

「お兄ちゃんそろそろ妹にネット規制かけないといけないかなって思ってるんだ」

「……!? だめ! 私の兄妹いちゃらぶSM逆NTRリョナ本達が!?」

「多い多い。聞いてるだけで胸焼けするわ」


 妹の性癖が開拓されすぎている。本当に大丈夫なのだろうか。こいつの未来の旦那は。無理やり兄妹プレイとかさせられないだろうな。


「……? 将来の旦那様はお兄ちゃんだよ?」

「なんでそんな自然に俺の心を読んでくるんだよ。そろそろ怖くなってきたよ」

「お兄ちゃんの心を読むのは義務教育の範疇だよ」

「はは。最近の学校って進んでるんだなぁ……」

 現実から目を背けながら乾いた笑いが漏れた。


「そうそう。最近の学校って進んでるから私もついて行くのが大変でね? お兄ちゃんで保健の復習したいんだ。実習形式で」

「はは。断る。さっさと部屋に戻って寝ろ」

「もー! いけると思ったのに!」

「その自信はどこから来てるんだよ……さっさと部屋戻れ」

「うー……はーい」


 新は不満そうにしながらも部屋へと戻っていった。


 時刻は十一時を過ぎている。明日は朝寝も出来ないんだし、寝るか。


 ……っと、そうだ。大事な事を忘れていた。


「零に連絡しておかないとまた朝早くから起こされるぞ」

 スマホを開き、電話をかける。零はチャットなどの画面上でやり取りをするのは好きではないのだ。

「はぁ……心臓が痛い」


 零がすんなり認めてくれるだろうか。まあ、とりあえずかけるしかない。


 画面をタップし、俺は耳に押し当てた。


『どうしたの? みーちゃん。ムラムラしたの? 私もなんだよね。一緒にオ〇ニーしよっか? てかしよ?』

「かっ飛ばしすぎだ。最初からクライマックスかよ。……一つ言っておかないといけない事があってな」

『ん? 私も愛してるよ?』

「ちげーわ。新婚夫婦かよ」

『新婚夫婦だよ?』

「現実見よっか。とりあえず」

『現実にするんだよ』

「夢を見る少年に語りかけるコーチかよ……じゃなくて」


 話がゼロから進まない。強引にでも進めないと朝になるぞ。本当に。というか一度なった。


「明日、朝出かける事にした。彩夏と。帰る時間は分からない」

『ん。おっけー』


 驚く程すんなりと。零は言った。


「……逆に不安だな」

『え? ついて行って良いの? 電車乗るならこっそり痴漢プレイとかする?』

「通常運転で安心したわ。……いや、安心したらダメだろうが……」

『ん。最近みーちゃんにプライベート無さすぎたなって反省してるから』

「お、おう……助かる」


 いつもの調子ではない声にこちらの調子が崩される。


『それじゃ、私はまたみーちゃんの盗撮フォルダ漁っとくね』

「さっき自分がなんて言っていたか思い出してみろ」


 ……と。驚く程にすんなりと。電話は終わったのだった。


 ◆◆◆


「やっぱりこうなってんじゃねえか」


 俺は駅前へと向かっていた。だが、自分でも顔がひくついていたのが分かった。


 何故かと言えば――



「や、やっぱりお兄ちゃん。浮気なんだ」

「しっ。あーちゃん。聞こえちゃう」

「てかどうして私まで一緒なの? 別に彩夏ちゃんならデートしても良いと思うんだけど」



 俺の後ろの方に約三名ついてきているのだ。お前ら尾行下手すぎるだろうが。


 まさか全員マスクにサングラスに帽子を被ってくるとは思わなかったが。不審者で捕まるだろ。



「お、おい。なんだ? アレ。美人オーラ凄いんだけど。でも絶対関わっちゃいけないやつだよな」

「で、でも全員でけえぞ?」

「馬鹿言え。ありゃ当たり屋みたいなもんだ。近づいたら金取られるぞ。胸触ったとかいう冤罪で」



 ナンパ師にまで当たり屋扱いされてんぞ。どうなってんだ。


 いや、無視だ。こちらから触らなければ害は無い。不審者と変質者とは目を合わせなければ大丈夫だ。多分。



 そうして駅前に着く。しかし、彩夏らしき人影は居ない。


「……どこだ?」


 ここは待ち合わせ場所によく使われているのだが。高校生集団やカップルらしい人達。青年や女性に……やけに美人な女性。というか凄いな。芸能人か?


 その芸能人らしき人の目が俺へと止まった。

 やべ。じろじろ見てたのがバレたか。


 その芸能人らしき人は俺へと近づいてきた。怒られるか……まさか、不審者呼ばわりされないよな。あの三人を差し置いて俺が捕まるのは納得いかんぞ。


「み、未来さん、ボク。ボクですよ!」

「へ……?」


 しかし、その芸能人らしき……大人っぽい人から出てきたのは少し溌剌とした、よく知っている声。


「……彩夏?」

「はい、そうです! 彩夏です! ……びっくりしました?」

「あ、ああ。とても」


 近くで見て、改めて俺は驚く事になった。


 栗色の髪が背中まで伸びている。恐らく変装用のカツラなのだろう。

 そして、カラーコンタクトを入れているからか瞳の色も茶色だ。


 ……そして、メイク。普段の元気な……高校生らしい顔とは違っていた。

 切れ長の瞳が強調されるような、綺麗さを前面へと押し出したようなメイク。ここまで雰囲気が変わるのかと驚いた。


「……凄いな。本当に。大人の女性かと思ったぞ」

「ふふ。わざわざメイクさんに頼んでやってもらったので。どうですか? 似合ってますか?」

「ああ……その、なんだ。いつもとはまた違って、とても……魅力的だ」

「やった……♪」


 その状態でガッツポーズをされると心が押しつぶされそうになる。ギャップで。


 その時……不審者の姿が三人見えた。零達とも思ったが、違う。全く同じ格好をした、別の三人。


「……お、おい。あれってまさか……」

「あはは……考える事は皆同じなんですね」


 という事はあれって……



 いや、考えないようにしよう。うん。触らぬ神に祟りなしだ。


「そ、そういえばだな。今日はどこに行くんだ?」

「あ、今日はあれです。遠足のためのお洋服を買いたいって思ってて。行きつけのお店があるんです。……そ、それと、未来さんのコーディネートもしてみたいなって」


 思わず心臓が跳ねた。


「……き、気持ちは嬉しいが。俺もそんなに多くの手持ちは無いぞ」


 いつもよりは多めに持ってきてはいるが。それでも、現役アイドル御用達の店で払えるほどでは無い。


「大丈夫です! 店長さんとは懇意にしてもらってますから! 九十パーセント引きとかで買えますよ」

「すげーなアイドル」


 そういえば、結構前にネットで見た事があった気がするな。切長彩夏が常連の店が話題になってたとか。それなら……確かに彩夏が買う時は値引きされてもおかしくないか。


「という事で、さ、さっそく行きましょ! 未来さん!」


 そう言って……彩夏が手を差し出してきた。俺はゴクリと生唾を飲み……その手を握った。



 柔らかくて、小さい。……思わず自分の手汗を気にしてしまった。


 だが、彩夏は口の端を上げ、ずっと嬉しそうにしていたのだった。


 ◆◆◆


「未来さんって何でも似合いますね……ジャケットとか特に似合います」

「まあ……服に着られないようにするために努力はした」


 ……これでも、零と釣り合えるよう努力はしたのだ。服関係は一番取っ付きやすかったし。


 ……まあ、それでも。中の下が中の中か、良くて中の上程度にしかならなかったが。上の上である零とは到底釣り合わない。


『何あのオシャレ気取ってるの』

『やっぱ人間って顔だよなぁ……あんな美人の横にあんなのいたら目立つわ。悪い意味で』



「……未来さん?」

「悪い。何でもない」



 嫌な事は忘れよう。今は楽しい時間なんだ。


「ぼ、ボクは。そうやって着こなせる人は尊敬してますし! 未来さんの格好、とってもかっこいいと思ってますからね!」


 彩夏は……俺の手を掴んでそう言った。


「……ありがとう」

「それじゃ、どんどん次もいきますよ!」



 そうして……俺は着せ替え人形にされ、それが終わると今度は俺が彩夏に似合いそうな服を選ぶ事になった。


 気づけばお昼の時間になっていた。昼食は、彩夏がよく行くというお好み焼き屋へと向かった。そこはとても美味しく、楽しむ事が出来たのだった。


 ◆◆◆


 次に、俺達はショッピングモールの食品館へと向かった。遠足の日のお菓子などの買い物だ。


「あ、あの。お願いがあるんです」


 ……と。急にそんな事を言ってきた。


「……なんだ?」

「え、えっと。その。お昼のバーベキューっておにぎり持参じゃないですか」

「ああ。そうだ」


 肉や野菜などは学校側が準備するのだが、ご飯は各自持参という事になっている。


「み、未来さんがよければ。……私が未来さんの準備をしたいなって」


 ……と。少し恥ずかしそうにしながらも、彩夏はそう言った。


「も、もし零ちゃん達が先約をしていたなら諦めます」

「……そうだな。実は先約はあったりする」


 零が昨日言ってた。『私がみーちゃんの分も準備するね』と。


 そう言えば……当たり前だが、彩夏は悲しそうな表情をした。


「だが。俺も白米は好きな方でな。多分零だけのものでは足りない。……貰えるのならありがたい」

「……!」

 俺の言葉に彩夏の顔が……輝き始めた。


「分かりました! とっておきのおにぎりを作ります!」

「あ、ああ。ありがとう。楽しみにしてる」


 そして、見せてくれた笑顔は……今日の中で一番、可愛らしいものだった。


 ◆◆◆


「それじゃあ、そろそろお開きですね」

「ああ、そうだな」


 その後もショッピングモールをぶらぶらしたりしたが、いい時間になっていた。


 また、彩夏がどこか緊張したような顔をした。

「あの……また、今日みたいにで、デートとか……してくれますか?」


 その言葉に一瞬固まってしまった。そ、そうだよな。俺、現役のアイドルとデートしたんだよな。しかも推しと。ストーカーは居たが。


「も、もちろんだ。暇な時ならいくらでも相手するぞ」

「……やった……! ご、ゴールデンウィークなんかは空いてますか!?」

「今の所予定は無いが……」

「じゃあまた出かけましょう! 一緒に!」


 彩夏が相当嬉しいのか顔を近づけて、頬を紅潮させながら言ってきた。


「……そうだな。またどこかへ行こうな」



 ……と。そうして。俺達は解散をすると思っていたのだが。


 そんな俺達に近づく影が二つあった。


「よぉ、ねーちゃん。暇ならお茶でもぷげらっ!?」


 しかし、その前に俺と彩夏の後ろから飛び出してきた影がその男達の顎を打った。


「うちの彩夏に何手出そうとしてんの?」

「私のみーちゃんに何手出そうとしてんの?」

「まだ手出して無かったけどね!? しかも俺は眼中にも無かったはずだからね!?」



 ナンパ師を倒す不審者二人。なんだこの状況は。解決が早すぎる。テンプレはどこに行ったんだよ。


「大丈夫!? 彩夏。怪我無い!?」

「う、うん。というかどうやったら今の状況で怪我出来るのかな。沙良」


 片方の不審者が彩夏へと近づいてそう言った。



 ……というか、やはりそうか。


「ち、ちょっと、バレる。正体バレるから」

「いや、もうとっくに気づいてたはずだけど。ですよね、未来さん?」

「……ああ。仮にも【nectar】のファンだぞ。というか彩夏の知り合いといえば真っ先に思いつく。髪も隠れてないし」


 沙良。金城沙良。沖縄出身で、映える赤い髪がよく目立つ。

 空手をやっていたらしく、そのパフォーマンスに熱狂的なファンも多い。それとでかい(重要)。彩夏程では無いが。


「みーちゃんは怪我無かった?」

「お前もブレねえな。俺が怪我する要素無かっただろうが」

「もしかしたら波〇拳的なアレをあの男達が出してて怪我してるかもしれないじゃん」

「ナンパ師何者だよ。ストリー〇ファイターの世界に帰れよ」



 ため息を吐きながら、俺は辺りを見渡してから口を開いた。


「とりあえず逃げるぞ」


 あまりに注目されすぎているので、そう言ってその場から逃げた。


 ……だが、どこへ行くにも金城沙良が目立ち過ぎた。結局、彩夏が不審者二人+沙良を連れて事務所へ行く事となった。当然、俺達もそのままお開きという形になったのだった。

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