第14話 みーちゃんのみーちゃんはもうみーさんと呼んでもおかしくないんだよ

 穏やかな陽の差す休日。そんな日は昼寝をするに限る。


 今、新と零は買い物に出かけている。普段なら俺を引きずってでも連れていくのだが、今日は留守番しておいてと言われた。嫌な予感しかしない。


 だが、今は忘れよう。この穏やかな時間を大切に――


「みっくるくーん!」

「ふんぬぼぁ!?」


 顔面に乳が飛んできた。乳プレスだ。


「ねえ? 気持ちよく寝てたのになんでそんな事出来た? 裁判で勝てるよ? 懲役十年求刑されるよ?」

「相変わらず冷たくない? 男子高校生ならおっぱいで一発KOされると思うんだけど」

「世の中の男子高校生舐めんな? その通りだよ。内心嫌じゃないって思ってる自分が情けないよ」

「おっぱい揉む? 未来君なら……良いよ」

「やめろ。頬を赤らめるな。揺らぐから」


 顔の上半分が乳に埋もれながらそう言う。軽口で誤魔化しながらも心臓バックバクである。


「お? 押せば落ちそう?」

「舐めんな。零と二人きりで風呂に入っても落ちない男だぞ。俺は」

「えぇ……? あれガチだったのね。逆にどうやったら落ちるの? もう諦めて私で童貞捨てよ?」

「捨てねえよ。流れるように捨てさせようとするんじゃねえ」

「えー? ほれほれ。やわっこいよ? 今頷いたらこれで好き放題出来るんだよ?」

「ぐ……負けない! 俺はおっぱいなんかには絶対負けないんだから!」

「何もかも忘れて気持ちよくなっちゃお?」

「やめろ! 耳元に囁きかけるな! オタクに優しいギャルは幻想なんだ!」

「ふふ。私が好きなのはオタクじゃなくて未来君だけだよ?」

「やめろ! 的確に刺さる発言をするんじゃない!」


 耳元で囁かれてゾクゾクとする体を押さえながら、俺はどうにか口を開く。


「と、というかだな。正直、俺はどうしてお前に好かれているのか分かってないんだが」

「えー? 酷いなぁ。忘れたの?」

「……忘れた? 忘れたって何が――」

「ま、それは良いんだよ。それよりさ。未来君、彩夏ちゃんの裸も見たんだって?」

「な……んで、それを」


 いや、よくよく考えればそうなのか? 実際、この前星が来た時俺は彩夏達と外に出た訳だし。


 違うな。さすがに家から出てきただけで裸を見られたと考えるのは早計過ぎる。零じゃあるまいし。


「だって、この前彩夏ちゃんが急に顔を赤らめたりニマニマしたりしてたんだよ。聞いたら、すっごい恥ずかしそうに、だけど嬉しそうに『み、未来さんに全部見られちゃったんですよね』って言うんだもん」

「彩夏ァ!? 場所が場所なら俺即刻処刑だぞ!?」

「あ、ちなみに近くにいた男子生徒が『ミクル……コロス……ヨクモボクノアヤカタャヲ!』『落ち着け! 握手会で名前を覚えられてただけで自分の事が好きなんじゃないかと妄想していた山田!』ってやってたよ」

「山田に殺される! 親の金勝手に使って推しのグッズ買った挙句転売に手を出そうとした山田に!」

「あ、ちなみに彩夏ちゃんがそれとなく『ボク、すぐ暴力に頼る人って嫌いなんですよね。人を落とすんじゃなくて自分を磨く人の方が好きです』って言ってどうにかしたよ」

「ありがとう彩夏! お前のお陰で一人の命が救われたぞ! ……あれ? これ彩夏が自分のミスカバーしただけじゃね? まあいいか!」

「うわっ。推しだからってチョロっ! これが零ちゃんなら『よく良く考えればマッチポンプだな!? これ!?』とか言いそうなのに」

「だってファンだし……」

「危機感やばいんですけど。想像以上に彩夏ちゃん強すぎて。という訳で未来君」

「え? 待て、星。何をするつもりだ?」


 めちゃくちゃ今更だが、星は白いワンピースを着ている。


 星はそのワンピースの裾を掴み、少しずつ持ち上げていた。


「何って……未来君が好きそうな事だけど。ね、未来君」

 下着が見えそうで見えない。そんな所で、星の手が止まった。


「履いてると思う?」

「なっ……」


 ニヤリと。頬を赤く染めながらも、笑った。


「どう思う? 未来君。履いてるとしたらどんな種類だと思う?」

「おまっ……えな」

「ほらほら。早く考えて? 答え合わせするよ?」


 星がひらひらとスカートをはためかせると、チラチラと健康的な太腿が見えた。


「……それじゃ、時間切れ。答え合わせ行くよ?」

 そう言って、星はゆっくりと、スカートを捲りあげ……



 真っ白なショーツが顕になった。


「……どう? こういうの好きかなって思ったんだけど。……効果的だったみたいだね」

「お、おい、やめろ。股を擦り付けてくるんじゃない」


 正直に言おう。エロい。ドエロい。なんだこのギャップは。

 それと、際どい位置にあるほくろがエロ…………ん?



 待て。何故だ? 何故俺はデジャブを感じている?



 何故だ。零や新はここにほくろなど無かったはずだ。では本当に何故?




 ふと、とあるシーンが脳裏に浮かんだ。星とはかけ離れた容姿の、彼女の姿が。


 黒縁のメガネを掛けた、黒髪を背中まで伸ばした姿が。


「あま……がわ?」

「え!?」

「天川なのか? いや、悪い。なんでも――」

「う、ううん、合ってる。合ってるよ。天川星あまがわほしだよ」


 思わず息を飲んだ。



 天川星。俺が中学一年生の頃、友人だった子だ。


 あの頃俺は図書委員で、その時友人になった。……零も、何故か引き離そうとかはしてこなかった。


 確か、両親が離婚する事になり……祖父母の家に住む事になったと引っ越したはずだ。


 ついでに言っておくと、この純白の下着。一度だけ事故で見てしまった奴だ。その時このほくろも見た。


「……それにしても、本当に……さいってい。下着とほくろで思い出すなんて」

「言葉に反してめちゃくちゃ嬉しそうなんだが」


 頬をひくつかせ、今にも笑みが零れそうなのを我慢しているように見える。


「当たり前でしょ。……やっと思い出してくれたんだし」

「……というか。キャラ変わりすぎてないか。気づけなかったぞ。文学少女が何故そうなった」


 そう聞けば……星は、俺へと倒れ込んできた。


 すぐ目の前に、星の顔がある。


「……私ね。あの時から未来君のこと好きだったんだ」


 その真っ直ぐな告白に、思わず面食らってしまった。


「でもね。未来君には零ちゃんが居たから。勝てないって思ったんだ。だから、次会った時。個性で負けないようこんな感じにしたの」

「……まあ、零はあの時から個性強かったからな。というか待て。零はこの事は知ってるのか?」

「うん。知ってるよ。匂いで分かったって」

「え? あいつ犬か何かなの?」

「まあ、それは置いといて。そういう訳だから。未来君」


 気づけば、星の顔がすぐ目の前に迫っていた。


 あと数ミリで唇が触れるのでは無いかと。そう思えるほど。


「ふぎゅ」

 例のごとく、俺はその頬を掴んだ。


「何をしやがる。星」

「む……いけると思ったのに」

「ちょっと揺らいだがな? 久しぶりにラブコメらしいラブコメした気がするぞ……」



 思わずため息を吐く。糖度が高かったからだ。


「……ま、仕方ないか。でも一つだけ聞いていい?未来君」

「……なんだ?」

「未来君はどっちの私が好き? ……昔の私と、今の私」

「どっちも好きだ。好きなようにしろ」


 そもそも星は星だ。文学少女の星だろうが、ギャルの星だろうが。


 そう言えば……星の顔がボッと赤くなった。



「そういう所……好きなんだよ」

「……くそ。心がすごいブレる。ボケが。ボケが足りねえ。脳が欲してる。悔しいが」


 と、そう言えば。窓から一人の美少女が飛び込んできた。

「呼んだ!? みーちゃん!?」

「なんで??? ここ二階だよ!? ベランダも無いよ!?」

「梯子で来た」

「どうして普通に登場しようと思わないの!?」

「あ、ちなみにあーちゃんはもう部屋の中居るよ」

「え???」「え?」


 零の言葉に俺と星が周りを見渡すが、見当たらない。


「ふふふ。正解はここだよ! お兄ちゃん!」

 その時、一枚の壁紙が落ちた。そこから新が出てきた。


「oh……Japanese shinobi……じゃなくて! なんでそんな保護色みたいな事出来たの!?」

「お兄ちゃんが居ない間に零ちゃんと研究したからね。あと、勝手に鍵も開けといたよ」

「おかしいなとは思ってたけどお前かよ! 俺にプライベートを寄越せ!」

「というわけで星ちゃん。三人相手ならみーちゃんも勝てないはず。犯ろう、星ちゃん」

「待って!? 犯罪者仲間を増やさないで!? 手が負えなくなるから!」


 悪魔の囁きに星の耳がぴくりと動いた。


「お、おい。嘘だよな? さっきまで散々ラブコメしてただろ? エロ漫画の展開に移らないよな?」

「……ごめんね、未来君」

「やめろ! 服を脱ぐな! 零と新も腕に抱きついてくるな! この、やめ、やめろ! やめて! 服脱がさないで!」

「……さっきから思ってたけど。未来君の大きくない?」

「やめて! クラスの女子三人+妹に知られるのは精神的に来るから!」

「ふふふ。みーちゃんのみーちゃんはもうみーさんと呼んでもおかしくないんだよ」

「俺はもう何も理解出来ないよ!?」

「じゃあお兄ちゃんのお兄ちゃんはお兄さんって事?」

「頭が! おかしく! なるから!」


 くそ、どうすれば抜け出せる? 今までにないぐらい絶望的な状況だぞ。



 ……そうだ!


「星、俺に抱きついてくれ」

「ふぇ!?」

「良いから。早くしろ」

「わ、わっ! お兄ちゃんにあんな事言われたらびしょびしょになっちゃうよ」

「お、恐ろしい……私もう挿入れる準備整っちゃったよ」

「そこの淫魔×2は黙ってろ」

「あ、飴と鞭……良い」

「ドSみーちゃん……嫌いじゃない。というか大好き」


 もうこの二人は放っておいて良いだろう。星は……おずおずと、俺へと抱きついた。


 さて。俺はこれから自己嫌悪の海に溺れないといけないが。ここで三人に襲われるよりは良いだろう。


 俺は星の耳元に口を寄せた。




「可愛いぞ、星」


 そう言えば、星が声にならない声を上げ……倒れた。



「よっしゃ! 今だ!」


 そして、どうにか抜け出して逃げる。



「……あへぇ」

「いやそうはならんやろが」

 アヘ顔を晒す星へとそう言いながら部屋から飛び出した。


「むむむ。鬼ごっこだね、負けないよ! 捕まえたらその場で犯すからね!」

「知ってる! これ! えっちなビデオの企画で見たやつだ!」

「あ、ちなみに逃げ切ったらご褒美甘々搾精プレイね」

「どう転んでもアウトじゃねえか! 俺は逃げ切るぞ! 現実から!」


 ……と。貴重な休日を潰す事になるのだった。

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