Re:VIVE -全ての黒幕は、どうやら俺らしい。-
燈芯草
#1 今の自分
両脚を失ってから早五年。車椅子での生活にも慣れ介護などは不要となった。中学校も無事卒業して地元でも有名な都内の進学校に入学できた。そして、三度の春が訪れ新たな学期が始まろうとしていた。
慣れた手つきでハンドルを回して赤褐色の煉瓦で造られた校門を通る。その先に見えるのは散りかけた桜。名は分からないが綺麗な白色に淡くピンクがかっている。
暖かな日差しを感じながら指定された下駄箱に着くと靴を入れて、洗った白い上履きを出す。履いている革靴はやはり汚れていない。
玄関ホールからエレベーターへと向かうべく肘掛けのボタンを押した。すると起動音と共に車椅子が宙へと浮かび上がる。詳しい事は知らないが反重力という技術が、これを可能にしているらしい。手元のレバーで操作し段差を超えるとスイッチを切り、再びハンドルを回し始める。
辺りは学生らが新たな学校生活について話している。それは、新学級への不安や友人との挨拶等、多種多様であった。俺にもその様な話ができる相手がいるが、彼は他の友人と笑い合っているに違いない。
目的地に着き、扉がゆっくりと開いた瞬間、車椅子が意図せず進む。
「同じクラスだな。今年も宜しく、はる」
そう後ろから顔を覗かせてきたのは、噂の友人だった。彼はニッコリとしながら椅子を押してくれる。俺は鏡越しに淡々とした口調で応える。
「まさか五年間ずっと同じになるとはな」
ホログラフィックで「2」という文字が浮かび上がるとエレベーターがゆっくりと減速して少しの浮遊感の後、扉が開く。
海斗は俺と共に「3-1」と示された教室へ入る。中にいた生徒の視線が此方へと向くが、何かを察した様に目を背ける。この憐憫の情と同情には慣れた。彼らも悪気がある訳でもないので気にする方が可笑しい。もう俺は"普通"とは異なるんだ。その自明の事実を俺は受け容れているつもりだ。
「先生美人だといいな」
そんな俺の心内を知ってか知らずか、海斗はそんな事を言った。
「文系に女の先生が居ないの知ってるだろ?」
「いや、まだ分からんぞ。もしかしたら新人の教師が来るかもしれない!」
「来ないに1,000フォロ」
「来るに10,000」
教室内には明るげな雰囲気が漂っていた。
世界の人口増加が鎮まりを見せた時代。街の空にはホログラフィーで作られた広告が浮かび、車がオートで走っている。そして、この時代を象徴するのは「パラレルワールド」である。
パラレルワールドとは、言葉通りの意味ではなく、電脳世界の事を指す。その世界では人々がもう一人の自分として存在する。ある者は未知なる冒険をしたり、はたまたデスクワークをしている者もいる。
「フォロ」を共通貨幣として、教育、仕事、娯楽、あらゆる面で活躍するこの技術は、世界的組織『PUM《パン》(Parallel Universe Management)』によって管理されている。
通称「イデア」と呼ばれるこの世界で、俺ももう一人の自分として生きていた。
そこは研究所のような施設の内。
「右の部屋に二人。左角に一人。奥にも二人…流石に下がった方がいんじゃないか?」
「いや、いける」
黒いコートに身を包んだ男が、口元のマイクにそう呟くと拳銃を右手に走り出した。部屋に入ると直ぐに一人の脳天を撃ち抜く。
そして、そのままの勢いで壁を蹴り、もう一人の首を二の腕で挟んだ。ここまで瞬きの間しか経っていない。
入り口にアサルトライフルを構えた敵が現れる。男は首を絞めている奴の脇から鼻を撃った。倒れたのを確認したら両手で先の首を折る。
それから落ちているライフルを拾い、奥から走って来た一人を向かい撃つ。その放った複数の弾丸は綺麗な弾道を描き、的確に急所へと当たった。その背後にいた敵は身を隠し、様子を伺っていた。
銃声が一時、止んだ。その間が緊張感を生む。長い沈黙の中、男は冷静に弾残数を確認する。
"…コン"
革靴の音が響いた。次の瞬間、男は飛び出し、見事に頭を撃ち抜く。そして動かないのを確認すると肩を揺らして大きく深呼吸した。
「おいおい!すげーな!」
興奮気味の声が耳元からする。
「あったりまえよー。俺はこんな所で負けるくたばる男じゃねんだわ」
おちゃらけた様子で男は言った。
"ピーー!"
甲高いホイッスルが鳴り響く。どうやら試合終了のようだ。
「流石『セイ』だわ」
無線の先からそう呟きが聴こえると同時に、視界が真っ白となった。
これが
パラレルワールドでは、
始業式から数週間が経った。クラスの殆どが定まった面子と話す様になった休み時間に、俺は窓際の席で外の広告に目をやっていた。
「セイ様カッコいいー。チケット取れて天に昇る気分だわー」
ふと耳に入った言葉が俺の意識を全てもっていく。
「よく取れたねー。会員限定の抽選だったとはいえ、倍率凄かったでしょー?」
毛先を巻いたロングボブの金髪少女がスマホに目線をやりながら言った。
「んーそこは愛?」
綺麗なピンクのロングヘアを揺らし、首を傾げる彼女。名前は確か…
「
海斗が彼女を視界から隠すように割り込んで来た。
「ちげーよ。…イベント」
俺がそう言うと、あー、といった表情で彼は理解してくれる。
「クラスメイトにまでファンがいるって随分と有名になったな」
海斗は俺の仕事を知っている。先日の試合の時、無線で話していた相手がコイツだ。そしてイベントというのはセイのトークイベントの事である。事務所に所属してから約三年。イデアを活動場所としてきた俺は、リアルでもその名を馳せてきていた。そして最近では、ゲームだけではなく、様々なイベントを通してファンとの交流を計っていた。その一つがそれだった。正直こんなゲームだけをやっている子供を好きな奴が本当にいるのかと疑っていたのだが、まさか目の前に現れるとは…
「今だけさ…」
俺は再び視線を外に向け、『セイ』が映し出された広告をじっと見つめるのだった。
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