傘を要求する子猫
砂藪
都市伝説「傘を要求する猫」
やってしまった。
花崎高校オカルト研究部所属の私、
しとしとと雨が降り、薄い雲からうっすらと日の光が確認できる中、傘を持った私はずぶ濡れになっている。
どうしてこんなことになったのか……。
それは目の前にいる子猫に傘を渡してしまったからだ。
段ボールに入って、段ボールの縁に前足をのせてこちらを見る白い毛並みの子猫は興味深そうにこちらを見つめている。その段ボール全体を覆うようにして、ピンクの傘を私は地面に置いた。
第三者から見たら、私は捨てられた子猫を思って、傘を手向けた優しい少女というところだろう。
断じて、違う。
動けないのだ。指先一つ動かせない。
かろうじて動くのは首より上のみ。左右を確かめても人通りの少ない路地に私を助けてくれる人は現れない。
ネットで最近噂になっている「傘を要求する猫」という都市伝説の検証のために一人でオカルト研究部の部室を飛び出したのが運の尽き。
「傘を要求する猫」は、傘を差しだした者の身動きを封じてしまう都市伝説だ。
都市伝説となった猫は、捨てられ、雨の日に傘を置かれただけでそのまま捨てた人間たちをずぶ濡れにさせようと行動不能にする。そんな都市伝説だった。
いつも通り、都市伝説をこの目で見たいと言って飛び出す私のことを先輩が止めたような気がしたけど、都市伝説は一分一秒違うだけで会えなくなる。「時間が大事なんですよ、先輩!」なんて言って学校を飛び出したのを今は心の底から後悔してる。
服も髪もびしょびしょで寒いなと思っていると、とても大きなわざとらしいため息が聞こえた。そちらを見てみると制服と見慣れた顔が路地の入り口にいた。
「先輩!」
「お前……本当に馬鹿だろ……。俺、やめろって言ったよな? 先月はシャカシャカジジイに追いかけられて、先々月は地下シャチに追いかけられたくせに……しかも、昨日は呪いの玉手箱を開けようとしたくせに……まだ懲りてないのか⁉」
先輩は大きな声をあげた。切羽詰まった表情がおかしくて、私は笑ってしまった。
「笑ってる場合じゃないんだが⁉」
シャカシャカジジイは、両手両足を地面につけた状態、さらには腹を空に向けてブリッジをした状態で追いかけてくる都市伝説だった。高速で動く手足と奇妙な身体の形はとても不気味だった。
地下シャチは、下水道にいると言われているシャチの都市伝説だった。実際は、ネズミの怨霊みたいなものの集合体が強そうな姿を体現したのが地下シャチの正体だった。
呪いの玉手箱は……開けたはずだけど、よく覚えていない。とりあえず、開けた者は死ぬという都市伝説だった。
怒っているらしい
「やめろと言われて、私が都市伝説の検証をやめると思いますか?」
「そんなことを真顔で言うな。恥じろ。興味を持つのはいいが、引っかかるな」
先輩は近づいてきたと思うと私のびしょびしょの頭を軽く叩いた。
「女の子に手をあげるなんてサイテーですよ!」
「そんな力は入れてないし、反省しないお前が悪い」
そんなことを言って、先輩だってオカルト研究部に入っている時点でこちら側でしょう、と言いたくなった。
「動けないのか?」
私の頭上に傘を差しだした先輩がそう尋ねる。そういえば、先輩はまだ「傘を要求する猫」の都市伝説を詳しく知らなかったと思う。
「はい。この猫は傘を差しだした相手の動きを止めるみたいです。傘を差し出すだけで捨て猫を見捨てる人間を恨んでるんだとか……」
先輩が段ボールの中の子猫を見る。子猫は視線を私から先輩に移した。
「それで? どうしたら動けるようになるんだ?」
「知りません」
「は?」
「解決方法まではネットに書かれてませんでした。猫と固まった人に関しての目撃情報だけで……」
私の言葉に先輩の顔がどんどん歪んでいく。
「ちょっと待て。猫と固まった人に関してってことは、目撃者がネットに書いたんだな?」
「はい」
「猫に動きを封じられた人間の体験談は?」
「……一つも」
「死んでるじゃねぇか!」
先輩のその言葉と共に、段ボールの底から大きな爪と猫の前足が現れた。段ボールの底いっぱいの大きさの爪が眼前に迫った瞬間、先輩が私の前に立つ。
大きな背中に安心すると同時に全員の力が抜けて、今まで動かなかった手足に感覚が戻ってきて、尻餅をついてしまった。
「まったく……毎回毎回埋もれたレアすぎるガチ都市伝説をよくも引き当てるよな……」
私の傘の下から段ボール箱も子猫も、跡形もなく消えていたのを見て、私は呆然と先輩を見上げる。
「やはり寺生まれ……寺生まれは全てを解決する……」
「本気でお前のことぶん殴ってやろうか……?」
「暴力反対! 先輩! 私、びしょぬれなんですよ! とりあえず、私が風邪をひかないように家に招待するのが先だと思います!」
「お前ん家、近いだろう! 自分の家に帰れ!」
傘を要求する子猫 砂藪 @sunayabu
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