如何なる手段を用いても

 今回、予断を持って臨む亀井に不埒な振る舞いをする腹積りはない。あくまでも毅然とし、どんな言葉を掛けられようが、相手を逆上させない確固たる意思のもと、約束の場所へ来ていた。


 平日の金曜日。退勤に羽を伸ばす社会人や、学徒のはしゃぐ声で紅潮した町中が一段と華やぐ。亀井はそんな風景に身を投じながら、緩む鼻緒も持たず、ひたすら立ち姿に芯を持つ。


「亀井さん、ですか?」


 面長で細身の男が亀井に話し掛けてくる。


「神田さん、ですね?」


 互いの認識に齟齬がないかを確認し合い、二人は連れ立って歩き出す。


「単刀直入に訊きます。逆とはどういう意味ですか?」


「そのままの意味ですよ。人の言うことを間に受けちゃいけない」


 神田は釈然とせず、亀井の横顔を盗み見る。


「一体何のために嘘をつくのです。ワタシに」


「俺と馬が合わなかったから、としか言えませんね」


「……どうやら、貴方たち二人とも、会員に相応しくないようですね」


 神田は異分子に相応しい人物だと見切りをつけた。


「今更そんなこと言っても、遅いでしょ」


 二人で連れ立って歩いていたはずが、藍原とバーテンダーによって、神田は周囲を囲まれる。


「一体何の真似だ」


「いいから、いいから、僕たちが誘導しますから、従って歩いて下さい」


 神田の左右に背後を固めた藍原たちの陣形は、仮に暴れ出しても直ぐに制圧するという気概が溢れ、全くもって隙を感じさせない。すれ違う人の営みに逆らって歩く四人組の男たちが、一言も発さずにいる様子はひたすら異質だ。暫くして、太陽が地平線に沈んだ頃、藍原の先導により、まだ途上にある例の商業施設の前に来た。


「来年、完成だっけか?」


 青いシートに包まれる外観から完成形は未だ夢想できず、暗闇と同化した光景の中に作業員の姿は見当たらない。すると、神田の両脇を藍原とバーテンダーが抱えて、全長五メートルの白い防護壁を軽々と飛び越えた。外形も整っていない商業施設の中身は、打ちっぱなしのコンクリートとだだっ広い空間があるだけの無味乾燥な場所だ。


「ここで何がしたいんですか?」


 神田は自分がどのような状況にあるのかを異彩承知し、今の今まで抵抗する素振りを一切見せなてこなかった。藍原、バーテンダー、亀井、神田の四名は、付かず離れずの距離感を保ち、敵意となり得る紛らわしい動作を徹底的に避けている。


「神田さん、直裁に訊きます。貴方は「あめりあ」での立場は一体なんですか?」


「……」


「会員同士の軋轢に首を突っ込むあたり、立ち位置はかなり食い込んだものになりそうだ」


 神田は背中を見せて、答えにあぐねる。亀井が一歩近付いた瞬間、左足を軸足に反転した。それは、風を巻きながら放たれる回し蹴りであり、亀井の不意をつく。狙い澄ました顔面への強打を成立させ、ナタで刈り取るかのような鋭さと重さを携えた回し蹴りによって、亀井は床に身体を跳ねさせる。


「実力行使はお前たちの専売特許か?」


 亀井の二の舞を演じまいと藍原とバーテンダーが身構えたのも束の間、神田は踏み出した一歩目でバーテンダーの目の前まで距離を潰す。


「?!」


 確実な被弾を狙った胴体への殴打は、藍原の身体を投げ出した突進により、阻止される。ただ、そんな藍原を神田は抱え込み、膝を杭のように立てて腹部へ突き刺す。揉みくちゃになる二人の間に、バーテンダーが割って入ると、大振りの右拳を神田に食らわせる。


 神田はコンクリートの上を四回、五回と転がった。吸血鬼が持つ力を受け流すには、大仰に身体をあやなす必要がある。まともに打撃を食らった亀井を見れば自明だろう。しかしそれは、隙を作る機会となり、追撃を食らわせようとする藍原とバーテンダーの接近を許した。


 右腕でバーテンダーの蹴りを受け、左手で藍原の拳を掴む。神田の所作の全てが喧嘩慣れして見え、驚くほど冷静であった。


「甘いんだよ」


 しかし、ガラ空きになった背後に、気絶していたはずの亀井が立っており、神田の後頭部に遠慮会釈ない前蹴りを入れる。首が落ちるかのような勢いで前傾し、硬い床に顔を打ち付けた。

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