それすなわち

 亀井を抱き込み、「あめりあ」の会員に近付いていく方法は、短慮な性格の持ち主であることを考慮せずに考えた机上の空論であった。


「なぁ、俺は確かに失敗したかもしれないが、本来なら交流すら持てない会員同士が休日に面と会わせるまで漕ぎ着けたんだ。これは認めてくれよ」


 藍原たちは、件のバーを根城とし、思索していた。


「そうだね。亀井さん、貴方はよくやってる」


 バーテンダーが絵に描いたような愛想笑いで同意を求める亀井に幾ばくかの慰めを捧げた。


「だよな、だよな」


 沈潜した感情を攪拌しているかのような息苦しさを、血管を浮かせた握り拳が雄弁に語り、藍原がもたらす鈍化した空気が重みとなってのしかかる。それは、各々が遠くを見つめ出す沈黙の入り口であり、足を踏み入れた瞬間、亀井のスマートフォンの着信音が鳴った。


「?」


 どうやら、画面に映し出された電話番号に覚えがなかったようで、困惑の色が差す。ただ亀井は、いつ鳴り止むかも分からない着信音と懇ろになって、袂を分かつまで待つ性格ではなかった。


「もしもし」


「亀井さん、ですか?」


 いくら記憶を掘り返しても声の主に似つかわしい相手が思い浮かばない。亀井はそのまま返す。


「誰ですか」


「あめりあ。これで分かりますよね?」


 ゆくりなく立ち現れるその存在に、亀井は襟を正す。変化を察した藍原とバーテンダーが、電話口から聞こえてくる声を盗み聴こうと、身体を前傾させる。


「会員同士の接触を図った上、アナタは暴力も振るったと聞きました」


「ちょっと待ってくださいよ。全く話が違っている」


「話が違うとは?」


 亀井の全身から熱が帯び、素性の知れぬ通話相手とのキャッチボールに傾注する。


「逆なんですよ。俺が彼女に誘われたんです」


「信じ難いですねぇ」


「そんな一方的な判断で良し悪しを語るなんて馬鹿げている」


「……ワタシ個人の考えを述べるなら、亀井さんには自主退会も」


「ちょっと待ってくださいよ! 話を聞いて下さい」


「話とは?」


「……直接、お話し出来ませんか? 腹を割って話すには、電話越しでは些か出来ませんよ。もし、お断りになるのなら、俺を納得させて下さい」


 思わぬ亀井の機転に藍原とバーテンダーは顔を見合わせる。だが、差し迫った判断に苦慮する無言の時間がやってきて、三人は同時に息を呑んだ。


「わかりました。場所はワタシが選ぶので、後日また連絡させてもらいます」


 出し抜けに出現した風来坊により、亀井の悪手と思われた行動がみごとに裏返った。喜びを分かち合うために、バーテンダーが酒を振る舞う。そして三人は、祝いの様式美に息を合わす。


「乾杯!」

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