こんなことになるなら全部伝えておくべきだった。せめてもう一度だけ。

ラグモ

こんなことになるなら全部伝えておくべきだった。

せめて、ここに書いて

『こんなこと』を誰かに知って欲しい。

今も、その時の新聞記事が、手元にあります。


彼が死ぬはずだった時の。6月10日の朝刊の記事が。




同じ中学に通う彼は、とても優しくて、陸上部で一番、足が速い。

そのせいで、死んでしまった。

下校時、交差点、そこにいた子猫、行き交う車、走りだす彼。

彼なら、こんな状況でも、大丈夫。

子猫はするりと彼の手をくぐり抜けて、草むらの中へ。

残された彼は、多くの車にクラクションを鳴らされて、そのうちの一台に、、、。


次の日に『中学生一名』『死亡』の文字が入った、とても小さな記事。


こんなことになるなら、全て伝えておくべきだった。

僕は貴方が好きだって。


もう一度だけ。

もう一度だけ。せめて、一緒に。僕も。




中学校の保健室に、彼が来てくれた。

「大丈夫?なんか、頭打ったって?」


僕は、頭を打った、らしかった。

でも、目の前に彼がいる、という当たり前の日常に、何故か涙が止まらず。

さらに、彼に心配されることになった。

「大丈夫」「大丈夫だから」

そんなに顔を近づけないで下さい。

僕の泣き顔なんて。見ないで。


その日の下校時、いつも通り、ただ『帰る道が同じだから』『友達と帰るだけ』

僕は、それだけで充分、、


そんな事をぐるぐると考えている僕より

彼の方が、交差点の子猫に気付くのが早かった。

何も言わずに走り出した彼が、一瞬、何をしようとしているのか、分からなかった。

けど。

【今回は】僕も、せめて、一緒に。

訳も分からず、走り出しながら、子猫に気づいた僕。

当然、彼の方が、交差点に飛び込む方が早い。

クラクション。子猫は草むらに。

僕は後から交差点に飛び込み、彼を思い切り突き飛ばした。

でも、僕らに浴びせられたクラクションは、その中の一台に。

2人で とも、跳ねられた。




「おーい、大丈夫かー?」


「大丈夫じゃないですよ。見てくださいよ。この腕」


そんな会話で目が覚めた僕。


病院だった。


目の前で、お見舞いに来てくれた先生と、彼が話していた。


「脚じゃなくて良かったじゃないか」


「生徒が骨折してるのに、良かったじゃねーよ」


笑っている。すると先生が、僕が目を開けていることに気づいたらしく


「大丈夫か?」と

新聞紙を丸めて作った筒で、僕の頭をつついた。


「周りの方々から聞いたが」

     「お手柄だったそうじゃないか」


僕の頭を突いてた筒を、そのまま僕にくれた。


「6月10日」

『中学生二名』『軽症』



「その記事には、『子猫を助けた』とか全く書いてないが」


先生は、とても嬉しそうだった。


「俺は、お前たちを誇りに思うぞ!」


先生が去って、僕と彼は、同じ病室で。


「あの、」


いつも通りの、どうでもいい幸せな会話を、遮って、全部伝えなければ。


あんな事にならなかったのだから。

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