RoogSize

よょ。

第1話 はじまり

 第四コンクリート地区は大通りを挟んで大小様々な店が並び、ショッピングモールや公園もあってそれなりに賑わいのある地域だった。しかし今は崩れた壁やガラスが一帯に散乱し、薄暗く澱んだ空気が流れている。


 あるビルの壁に日焼けした看板の跡があり「フレデリック 最高のパンケーキの店」と辛うじて読み取ることができた。この地区がまだ街として機能していた頃には甘い香りが漂っていただろうその店の前に、一台のワゴン車が停車している。


『Aブロック完了。Bブロックへ移る』

『了解。Cブロックもあと三分で片付くわ』


 電子的な音声の会話が静けさの中響く。

 車のボンネットに寄り掛かっていた人影は少し暇そうに体をもぞもぞと動かした。腰に下げた通信機を手に取り、新たな報告を待ちつつ数メートル先にあるビルの向こう側に視線を向ける。


『Dブロック完了しました。悪いクロイ、いくらかそっちに逃げちまった』


 その声に反応して彼は通信機の通話ボタンを押した。


「了解。すぐ対応する」


 通信機をベルトのホルダーに戻すと、体を起こし軽く伸びをする。まもなくビルの上空に小さなシミの様な影が現れた。


 左右に伸びたり縦に膨らんだりしながらその影は団々と大きくなり、意思を持った一塊の煙といった感じだった。更に奇妙な雑音も聞こえ始める。ブンブンいう虫の羽音と金属が擦れあう音が混ざったような不快な音だ。そして煙を構成する物の姿もはっきり見えてきた。


 人の頭程もある虫に似た生き物で、その体は立方体や球体、その他ちぐはぐな多面体の形をしていた。どの虫にもコウモリに似たギザギザの翼と細い脚が複数生えていて、左右に開く顎は大きな鋏のようだ。そして体の中心に「かん」と呼ばれる光る球体が収まっている。


 先頭を飛んでいた虫が動きを止めた。幹に浮かぶ黒目がギョロリと動き、しばらく周囲を伺った後こちらの姿を捉える。その一匹が方向転換すると、群れ全体が一斉に急降下し始めた。


「いいよ。そのまま来い」


 飢えた虫の群れが真っ直ぐ向かってくる様子を見て僅かな笑みを浮かべる。それからカム、カムと謎の言葉を唱え始めた。


 彼の深い青色の瞳が輝き、周囲に黒い泡の粒がいくつも出現する。泡は互いに引っ付き合って拳程の大きさに成長したかと思うと、中央から裂けて銀色に輝く牙を覗かせた。


「カム!」


 最後の一言で無数の泡は虫の群れに飛び込んでいった。虫の硬い体を物ともせず噛みつき、翼を千切り、砕いた体を飲み込んでいく。

 一分もしない内に群れは半分まで減っていた。数匹が群れを離れて逃げ出すも、素早く指示を出して最後の一匹まで残さず喰いつくさせる。


 虫が全ていなくなったのを確認し、小さく息を吐いた。彼の口から煙の輪がぽかりと立ち上る。それから手を叩くと泡はその場で全て弾け、彼は再度通信機のボタンを押した。


「こちらEブロック。はぐれ組の退治が完了しました」

『了解。他ブロックも完了済みだ。全員集まっているから、このままEブロックに移動する』

「了解しました」


 通信を終了すると辺りはまた静けさに沈み、灰色の埃っぽい風が地面を舐めるようにゆっくりと流れて行った。


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