6月10日、君は咲く

自分の定位置に着いた僕は未だに心臓がバクバクしていた。第1走者がコースに着く。痺れるような緊張感だ。

パァン!

銃声とともにリレーは始まった。クラウチングスタートで勢いよく飛び出した走者はまるでロケットのようだった。走り始め、僕のクラスは3位だった。第1走者から第2走者へとバトンが繋る。しかし戦局が大きく変わることは無い。ずっと3位から動かなかった。しかし周りの盛り上がりは変わらない。クラスの雰囲気は一緒にいて最高に気分が良かった。そうこうしているうちに僕の出番が来た。僕はレーンに入った。心臓が口から出てしまいそうだった。前の走者が見えてきた。僕は前を向いた。そして合図とともに走り出した。手に置かれたバトンの感触で反射的にバトンを握った。そして走り出した。前との差はそこまでない。しかし追い抜けるかと言われると微妙であった。しかしそんなこと考えてはいられない。彼女に1番で渡す。その事しか頭になかった。僕は前にいる走者を捉えた。僕の足の回転は自然と早くなった。さっきまであった差が今ではほぼ無くなっている。さらにペースをあげる。相手の走者の横に着いた。そのままコーナーを曲がり最後の直線で相手を抜いた。これで2位だ。彼女が視界に入った。彼女は僕の方を見て笑った。そしてバトンを渡ると前を向いて走り出した。

1位の走者との差は小さい。しかし彼女は既に1度走っている。体力も削られているはずだ。だが、彼女の目からは疲れなど微塵も感じていないように輝いていた。彼女なら抜ける。僕は強く信じた。コースを外れると友達が駆け寄ってきた。僕はその場に倒れ込んだ。安心で心が軽くなった。集まってくる友達をかき分け、彼女を探した。彼女は既に一位の走者を目と鼻の先に捉えていた。声を出して応援したかった。しかし疲労で声が出なかった。彼女の目は猛獣のように鋭く尖っていた。

「頑張れ!」

僕は出るだけの声量で叫んだ。コーナーに入る。彼女は一気にスピードを上げた。そしてそのまま前の走者を置いていったのだ。彼女はそのままアンカーにバトンを渡した。僕は彼女に近づいた。

「お疲れ様!」

僕が言うと彼女は手をピースにして笑った。

「お疲れ様…2位の人…追い抜いてくれて…ありがとう」

彼女はそう言って僕の肩に腕を乗せた。僕はお礼を言われるようなことはしていない。頑張ったのは彼女だろう。そう言いたかったが、声が出なかった。

「そろそろ…ゴールするね…」

息を切らしながら彼女は言った。僕はゴールの方を見た。僕のクラスのアンカーがコーナを曲がる。周りには誰もいない。ゴールの手前で両腕を上げた。そして満面の笑みで白いゴールテープをきった。クラスから歓声が上がった。僕も自然と声を上げていた。彼女も手を掲げて笑っていた。クラスのみんなは集まり、肩を担ぎあって喜んだ。夏の暑さなど感じない。疲れなど1mmもない。最高の思い出になった。

その後、表彰が行われた。僕のクラスは総合的にみても優勝だった。あの時のクラスの歓声は地面をも揺らしたような気がした。みんな緊張が一気に解け疲れたのか教室へ戻り着替えると笑いながら帰っていった。

しかし僕はいまだに緊張している。いや、体育祭よりも緊張しているかもしれない。1人教室で顔を埋めていた。彼女はまだ来ない。赤い夕日が教室を薄いオレンジで染めている。教室は誰もいないかのように静寂に包まれていた。

「お疲れ様。来たよ」

僕は顔を上げた。彼女は前のドアから姿を見せた。心臓の音が外まで聞こえてきてしまいそうだった。しかし僕は平然に振舞った。

「お疲れ様。ありがとう、来てくれて‪…」

彼女は小さく首を振った。僕は大きく深呼吸をした。夕日は彼女をスポットライトのように照らしている。僕は大きく息を吸い込むと彼女の目を見た。そして覚悟を決めて声を出した。



「ずっと前から好きでした。君の笑顔をこれからもずっとそばで見ていたいです。」

『僕と付き合ってください!』



僕は目を瞑った。人生で初めての告白だ。緊張のあまり、気を抜いたら膝から崩れ落ちてしまいそうだった。窓からの涼しい風が僕の頭を撫でる。それと同時に彼女が僕の肩に手を乗せた。僕は恐る恐る目を開けた。彼女はうっすらと目に涙をうかべ…笑っていた。


『はい!よろしくお願いします!』


笑顔のまま大きく彼女は言った。僕は一気に緊張がほぐれ椅子に勢いよく座り込んだ。そして本当に現実なのか疑ってほっぺをつねった。彼女はふふっと笑った。

「夢じゃないよ。というより…ずっと…待ってた。」

彼女は恥ずかしそうに顔を隠した。僕はキョトンとした。

「待ってた?」

あまりにも驚きすぎて、僕は聞き返してしまった。彼女は顔を隠したまま、小さくうなづいた。すると僕まで一気に恥ずかしくなり、調子が狂ったのか、声を上げて笑いだしてしまった。それにつられて彼女も笑いだした。僕の目から涙が溢れ出した。嬉しくて嬉しくてたまらなかった。

僕は彼女と一生このように笑ったいたい。いや、笑って貰えるようにしたい。僕は心からそう思った。

これから様々な苦難があるだろう。しかし僕は彼女を一生思い続ける。そう心から誓った。

夕日は僕らを祝うかのように強く輝いた。僕にとって、いや、2人にとって最高の青春となったことは言うまででもないだろう。夏はすぐそばまで近づいている。2人は手を繋ぎ、教室を後にした。






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