天才弁護士の孫娘 比良坂小夜子と御子神家の一族

雨宮 周/角川文庫 キャラクター文芸

プロローグ

「それ以上、罪を重ねないでください」

 説得の言葉を口にしながら、さかは言いようのない無力感を覚えていた。こんなとき祖母なら人の心を打つ名科白せりふがぽんぽん出てくるのだろうが、しょせん凡人の自分に言えるのはこの程度が関の山である。

 案の定、陳腐な言葉が相手に届くはずもなく、小夜子の目の前に血れの短刀が突き付けられた。

 脅しではない。なにしろ相手はすでに何人も手にかけている連続殺人犯なのだ。

(あ、私ここで死ぬのかな)

 そう思った瞬間、小夜子の脳内をこれまでの人生が走馬灯のように駆け巡った。

 五歳のとき父の再婚によって祖母に引き取られたこと。

 祖母に言われるままに弁護士を目指し、ひたすら勉学に励んだこと。

 祖母の徹底指導のもとで志望大学の法学部に合格したこと。

 祖母の徹底指導のもとで予備試験に合格したこと。

 祖母の徹底指導のもとで司法試験に合格したこと。

 祖母のコネでさかがみ法律事務所に採用されたこと。

 祖母の葬式で涙も出ずにぼうぜんとしていたこと。

 初めての法廷でやらかしたこと。

 二度目の法廷でもやらかしたこと。

 所長に「もっと自信をもって! 君はさんの孫なんだから!」と励まされたこと。

 先輩弁護士のかつらかずに「お前やる気あるのか」と𠮟られたこと。

 葛城一馬に「お前なぁ、マジでいい加減にしろよ」とすごまれたこと。

 葛城一馬に「お前なんで弁護士やってんの?」とあきれられたこと。

 思い返せばろくなことのない人生だったが、終わると思えばやはり惜しい。小夜子は基本的に低燃費な人間なので、コンビニスイーツの新作やお気に入りのウェブ小説の更新といったささやかな幸せのためだけにでも生きていける。

 そうだ。あの小説の結末を読まずに死にたくない。うわ者の王太子が「ざまぁ」されるのを見届けるまでは死ぬに死ねない。ヒロインの公爵令嬢が誰と結ばれるのかもちゃんと知りたい。希望としては頼もしい辺境伯だが、優しい義弟も悪くない。元さやだけは許せない。

 などと現実逃避している間にも、じりじりと白刃は迫りくる。

 なぜこんなことになったのか。なぜこんな状況に陥っているのか。突きつめれば結局のところ、ひとつの答えにたどり着く。

(こんなことになったのは、全てがみいちろうの残したろくでもない遺言のせいだ……!)

 そして相手が短刀を振り上げた次の瞬間、比良坂小夜子の視界は闇に閉ざされた。

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