第2話

 父の声がした直後、俺は男から離れた場所に座り込んでいた。移動した覚えも運ばれた覚えもない。信じられないけど瞬間移動したとしか言えない。男が見えないように俺の前に父が立っている。

 いつもより大きく見える父の背中。その先にいるであろう男は見えなかったが相変わらず笑っているようだ。

「ここは世田谷区じゃないはずだけど、なんでまたこんな所にいるのかな? 狩場を追われでもしたのかい」

 強気な父の言葉は男のことを多少は知っているように聞こえた。男の楽しげな笑い声が静かな墓地に響いた。

「あはははっ! オレ強いから狩場を追われるとかあり得ないんだけど! おっさん面白いこと言うね。遊んであげたいところだけど、今日はもういいや。またチョウになったら来るからさ」

 そう言って男は俺たちから背を向けて走り去った。喪服の青年がすぐに後を追いかけたが、父は男の姿が見えなくなったのを確認してから俺の方を向いた。

「大丈夫か、悠真」

 振り返ったのはいつもの父だった。俺は何が起きたのか理解できていないまま頷いた。狐につままれるってこういうことを言うのかな。

「さっきの青髪の男は人間じゃない」

 父の言葉に、俺は間抜けなかすれ声しか出せなかった。

「人の姿をしているが、あれはイモムシだ。七人分のこころを喰い、サナギからチョウになる化け物。そして喪服を着た男はイモムシを駆除する、黒服と呼ばれる組織のハシボソ君で、味方だ」

 真剣な顔でまるで漫画のような話をする父に、戸惑うことしかできない。やっと絞りだした声が震えた。

「待って、父さん……何を言ってるの?」

「今は理解できなくていい。関わらないことに越したことはなかったんだがな……すまない」

「だから何を……」

「父さんは黒服で師範をしていたんだ」

「し、師範?」

 わけのわからない単語を整理する間もなく話が進んでいく。

「イモムシは名前と生年月日がわからないとこころを喰えない。だから黒服は偽名を名乗っているんだ。父さんはシンプルに師範と呼ばれているけどな……悠真、これからは誰にも生年月日を教えるんじゃないぞ」

「え、ぁ、え? 父さん、葬儀屋で働いてたんじゃ……」 

「黒服は表の顔として葬儀屋もやっているんだ。さっきのハシボソ君もそうだ」

「その、は、ハシボソ、さんはさっきの人を追いかけて、どうするの?」

 人間ではない化け物を追いかけてどうにかできるのか疑問に思ったけど、父は気まずそうに答えた。

「まあその……駆除するんだけどな? 信じてもらえないかもしれないが黒服もイモムシも、特殊能力というか……異能が使えるんだ」

 さすがにそれは無理な話だろう。何か悪い物でも食べたのか、頭をどっかで打ったのかと思うくらいありえない話だ。そういえば一昨日のカレーに使った豚肉が痛んでたかな。

「とにかく、今後は誰にも生年月日をおしえるんじゃない。いいな」

 信じられないと顔に出ていたのか、父は俺の肩を叩いて顔をそむけた。

 その後、帰宅して寝るまで俺と父は無言だった。

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