浮気探偵(仮)

清水柚木

第1話 初出勤はかわいく行きます!

 ベージュのスーツに白いブラウスを合わせる。ネックレスは小さめの安いルビー。ピアスとお揃いでコーディネートしてみた。髪は後ろに結んでおこう。面接時に見た感じでは、堅苦しい職場には見えなかった。でも万が一と言う事がある。第一印象はとても大事。


 眉毛をふんわり柔らかい形に整え、アイシャドウはブラウンをベースにグラデーションにし、ぱっちり目に見える様にする。美人よりかわいい印象の方が職場に馴染む。だからつけまよりマスカラにしよう。私はまつ毛が長い方だから、軽く載せるだけで良い。口紅は無難にベージュピンク。チークはやめておこう。


 立ち上がって姿見の前でくるっと回る。うん、中々かわいくできた。

 フランのピンクの鞄を持ち、リボンの付いたツートンのピンクとベージュのパンプスを履く。

 玄関で息を整え、外に出る。


 今日は初出勤日。浮気探偵(仮)としてはワクワクして仕方ない。



  ❤︎



 派遣会社の人とロビーで待ち合わせる。青みがかった紺色のスーツのおじさん。スーツの趣味は良いのに、壊滅的にネクタイの趣味が悪い。今日は黒地には鮮やかな青の薔薇柄だ。良く見ると薔薇には油虫が付いている。いつもどこで買ってるか気になってる。


「天崎さん。おはようございます。緊張してない?」

「おはようございます。岩崎さん。大丈夫……と言いたい所ですが、やっぱり初日は緊張しますね」


 岩崎さん、つまり派遣会社の営業のおじさんは「そうだよね、でも甘崎さんなら大丈夫」ときっと誰にでも同じ事を言ってるよね?と思えるほど言い慣れた言葉をかけてくれた。


 私はにっこり笑って「頑張ります」と言う。

 どこの派遣会社で、働いてもこのやりとりは変わらない。テンプレだ。


 私、天崎美琴あまさきみことは今日からこのオフィスビルに入ってる商社で働く。5大商社には入れないが、そこそこの実績がある総合商社。の営業所。営業所だから社員数は少なく15名。私は産休を取る社員さんの代わりに最長で1年で働く事になっている。正直1年の拘束は長い。浮気探偵(仮)としては、最長で半年位にしてほしい。


 岩崎さんが受付に行くのをロビーで待つ。

 前に重ねた両手でバックを持って、背筋をピンと伸ばして、緊張しているふりをしながら周囲を観察する。

 緊張して少し落ち着かない人が良くすることだ。その位でちょうど良い。


 このオフィスビルには様々な企業が入っているため、ビル会社が管理する総合受付になっているみたい。

 そして受付のお姉さんにデレデレしてる岩崎さん。見るとなかなか色気のあるお姉さんだ。隣のお姉さんは典型的な美人。男の人は美人より色気のある女性を選ぶ傾向がある。やはり美人は気後れしてしまうのだろうか……。



 受付後は一緒にエレベーターに乗って8階へ上がる。ここで必要なスキルはエレベーターの操作はしない事。派遣会社にとって私は商品で、金を生み出す存在だ。だから岩崎さんに操作は任せる。


 『開』ボタンを押す岩崎さんに、軽くお辞儀をしエレベーターは先に降りる。

 その後は岩崎さんの2歩、後ろにつく。セキュリティドアをくぐり、その先にあるオフィスの一室のインターフォンで岩崎さんが自分の名前と私の名を告げる。


 ワクワクが止まらない。

 浮気探偵(仮)の出番があることを心から祈る!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る