第51話 生まれ変わる準備

 エスピラールの単調な階段を昇って行く、もう、どのくらい上ったのか分からない。

 どこまで続くのだろう?

 右、左と交互に足を階段に乗せていく、単純な行為を繰り返す。

 段々と頭がはっきいりしなくなってくるのは気のせいだろうか?

 夢の中に落ち込んでいきそうな感覚。

 目が覚めた時に、朝なのか夕方なのかわからない感じだ。


 響介は、不思議なことに気付いていた。

 なぜか昔の事を思い出す。

 映画館のスクリーンに映し出されるように見えるのだ。


 ここは、どこだ?

 草原が広がる。たぶん、川の近くの草原だ。そんな気がする。

 僕は、虫かごと虫網を持っている。

 草原の中の道を歩く。

 歩く度に、その道を小さな黒いものが避けていく。

 走り寄って、逃げて行く何かを確かめると、バッタだった。

 小さなバッタだ。

 その群れが、黒く道を覆い、近づくと逃げて行くのだ。

 都会では、決して見ることができない光景だ。

 ここは、キャンプ場だ。

 家族で来たあのキャンプ場だ。

 振り向くと、父さんが手を振っている。

 僕は、父さんの方に駆けよる。

 父さんは、草原を指さすと、草原に入っていった。

 すると、草原から何か飛んだ。

 結構大きな何かだ。僕の掌くらいの大きさだ。

 それは、羽を広げ飛んでいる。羽音が聞こえる。

 しかし、それほど早くはない。

「トノサマバッタだ」

 父さんが叫んで、「行くぞ」と僕の顔を見て草原の中に入って行った。

 僕は、父さんを追いかける。

 トノサマバッタが着地するところを目がけて走る。

 父さんが着地地点に着いた時、また、トノサマバッタが飛び跳ねた。

 父さんは、それを追いかける。

 トノサマバッタ大きいので、見失うことはない。

 近づくとバッタは再び飛び立つ。

 バッタは、飛べる回数が決まっているらしい。

 自分の全長の何十倍の遠くへ飛ぶのだから、とてつもないエネルギーを使う事だろう。

 父さんは、飛ばなくなったバッタを虫網で捕まる。

 僕は、虫かごの蓋を開ける。父さんがバッタを虫かごに入れる。

 僕は、素早く蓋を閉める。逃がさないように。

 虫かごを見つめる。

 大きいトノサマバッタだ。トノサマバッタの王様だ。

 僕は、笑って父さんを見る。父さんも笑っている。

 僕は、虫かごを持って、後ろから歩いてくる母さんの所へ、虫かごを高く上げて走って行く。

「お母さん、お母さん、バッタだよ。トノサマバッタだよ」

「大きいね」母さんは虫かごを覗き込んで呟くと、よくやったねと頭を撫ぜてくれた。

 うれしい。この喜びを忘れていた。

 響介の目頭が熱く感じた。


「……ねえ、訊いてる?」絢音の声だった。響介は、我に返った。

「あ、ごめん。聞いてなかった……」

 絢音は、響介の顔を覗きこむ。

「もしかして、昔こと考えない?浮かんでこない?走馬灯の様にさ」

「私たち、生まれ変わる準備に入っている?よく、死ぬ時て、今までの事が浮かんでくるっていうじゃない」

「そうなのかな」と、響介。

「私は、雪が降ってるところが浮かんできたの。はじめて、雪だるまを作ったの。母さんと父さんと。

 ああ、雪だるまじゃないか……。雪ウサギ。丸くてかわいい雪ウサギ」

 絢音が、目に手を当てる。

「上手に出来たねって、褒めてくれたの」

 響介には、絢音が、笑っているようにも泣いているようにも見えた。

「手も透けてくるの」

 絢音は、手をかざす。

「たまに、手がね薄く見えるの……だんだん、何も感じなくなるのかな」

 絢音はまだ、手をじっっと眺める。

「ねぇ、手を繋ごうか」響介の顔を見つめる。

「幼稚園の時のお散歩の様に、手を繋ごう。お願い」

 響介は、右手を差し出した。

「ありがと」

 絢音は、響助の手に自分の手を乗せた。

 まだ、感じることができる。

 お互いの体温を感じることが、まだ出来ていて、うれしかった。

「また、きっと会えるさ」響介が呟く。

「本当に?」

「僕が、探しに行くよ」

「絶対、見つけてよ」

「こうしていけば、大丈夫さ」

 響介は、掌を合わせ五本の指を絡ませた。

 絢音が、頷いた。


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