第9話 カラス人間
一羽のカラスが、大きな樹の上から、地上を眺めていた。
縄張りの確認。
それは、動物にとって一番大切な仕事。
<誰か来る>
カー、カー、カー。
仲間に知らせる。
注意深く様子を伺う。
昆虫たちは、騒がしくないか?
小鳥たちは、騒いでいないか?
動物たちは、鳴いていないか?、移動していないか?
草木たちの動きはないのか?
草木たちは、反応していた。
踏まれるとか、音に振動する土は、地中に張り巡らせた根により情報を入手し、
それを根や枝葉の接触や、注意を促す匂いまで使って遥か遠くの仲間に伝達する。
それは、生き残るためだ。
その情報も地中にいる動物も察知し、自分たちの仲間に知らせる。
みんな、生き残るためだ。
木の枝が振動し、すでに森の匂いが変わっていた。
カラスは、樹の根本に降りて地面をじっと睨み、精神を集中した。
少し地面が膨らんだ。
それを見逃さずに素早く、くちばしを膨らみに差し込んだ。
くちばしが、何かを捉えた。
カラスが、えぃと土から何やら引きずり出し、土をほろった。
毛むくじゃらで、ずんぐりとした身体、短い尻尾、大きな手、小さな目、ちょっと長めの鼻がぴくぴくと動いていた。
「離せよ、痛いじゃないか」
カラスは、モグラを地面に降ろした。
「聞きたいことがある。何があった?知っているんだろ? 教えろ」
「……それがものを訪ねる態度かね?」
モグラは、腕組をしてカラスを見上げたが、カラスの睨みつける目をみて視線を下に落とした。
「……教えてやってもいい……ぞ」
早く言えとカラス、くちばしでモグラを軽く突いた。
「わかった、わかったよ。教えるよ。地下鉄の出口に誰か来たようだ。
それは、植物でも昆虫でも鳥でも獣でもない」
「植物でも昆虫でも鳥でも獣でもない?……人間か?」
カラスは、あっと言う間に樹の天辺に飛び上がり、地下鉄の出口を見た。
確かに何かいるようだ。
カラスは、仲間に集合の鳴き声を上げると、地下鉄の方に飛び立った。
カー、カー、カー。
カラスたちの声が聞こえる。
真琴たちは、草むらに身を隠した。
カラスたちが真琴たちの傍に降りてきた。
カラスが地面に触れ、ニ、三歩、歩くと、カラスは人型に姿を変えていた。
三人は驚き自分の口を手で覆いながら、大きく目を開きお互いに顔を見合わせた。
声を出さないように。
先頭のカラスは、リーダーなのだろう。
鋭い瞳と高い鼻、薄い唇、綺麗だが冷淡さを感じさせる顔は、少し顎が上がっていた。
黒い紫に光る服は、気高いカラスそのものだった。
後ろの二人は、黒いヘルメットを被っていた。部下なのだろう。
「そこに居るの分かっている!」
リーダーであろうカラスが近づいてきた。
「見つかっちゃった……」
三人は、顔を見つめあう。
真琴と響介が、判断に困っているのをみて、絢音が頷いた。
「どうしょう?えーいい」
絢音がゆっくりと立ち上がった。二人も少し遅れて立ち上がる。
「やはり、人間だな……」
カラスは、三人を見渡して言った。上から目線だ。
真琴は、カラスが嫌いだった。
ゴミステーションを荒らしたり、コンビニ袋を持った女性を狙ったり、巣の近くを通っただけで襲ってくる。
何もしていないのに、攻撃してくる。
輩、そのものだ。
「お前たちは、カラス人間?」と、真琴が訊いた。
「カラス人間?失礼な……、やめてくれ……。お前たちと一緒にするな。失礼な」
リーダーらしきカラスが、答えた顎が上がっている。
「なぜ、ここに居る?」
「わからない……、気付いたらこの世界に来ていた」と真琴。
「答えになってないな。それじゃ、一緒に来てくれないか?」
と、リーダーらしきカラスが、顎で他のカラスに合図した。
三人は身構えた。
カラスたちは、一斉に飛び上がって襲いかかる。
一羽目のカラスが絢音に近づく。
絢音は、カラスをギリギリまで引き寄せた。
絢音は、直進してきたカラスを右に身体をかわし、頭にハイキックを食らわした。
カラスは不時着する飛行機のように土煙を立てて地面に転がった。
<いける、私たちは強い!>
絢音は、真琴と響介に目で合図した。
リーダーのカラスは、その光景を見て唖然としていた。
二羽目は、響介の頭上にくると足の指を広げて急降下し襲ってきた。
咄嗟に響介は、両手で顔を守った。
その時、カラスと響介の間に大きな木の枝が割り込んできた。
カラスが、木の枝に絡まり動きが取れない。
すかさず、響介はジャンプしカラスの足を掴んで地面にたたきつけた。
真琴は、リーダーのカラスに石を投げつけていた。
自分でも驚くほどの速さで石は飛んでいった。
大リーガーのレーザービームのように。
見事、命中し地面に転がった。
「あの森に行こう!」
響介が指さす。
絢音と真琴は、頷くと森を目掛け駆けだした。
三人は、後ろを振り向く事もなく、ただ、走り続けた。
ヒューヒューと風を切る風の音が耳に入る。
自分でも驚く速さで走っていた。
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