アイスクリーム

はるより

憧れのアイスクリーム

「紡は、アイスクリームを知っているかい?」

「あい……何だって?」

「その反応を見ると、知らない様だね」


 麟の口から出た聴きなれない言葉に、紡は首を傾げた。

 真夏の日差しが照らす、桜花神社の広場。

 あちらこちらから聴こえてくる蝉の鳴き声が、茹だるような暑さを助長しているようにすら思える。


 午前の稽古を終えた二人は首筋を流れる汗をそのままに、アルミ製の水筒から麦茶を飲んでいた。


「聞いた話だと、冷たくて甘い食べ物らしい。暑い日に食べるとこの世の何よりも美味いのだとか」

「へー……その話を聞いて興味が出てきたな」


 じりじりと肌を焼く太陽に手を翳し、日除けとしながら紡はそう言った。

 興味が出た、と言う紡に、麟は嬉しそうに表情を明るくする。


「なら、今日この後どこかの喫茶店にでも行って食べに行かないか?絃も誘ってさ」

「別に俺は良いけど……確か絃は、明日の冠婚式の準備で忙しいと言っていたぞ」

「そうか……それは残念だ」


 小さく肩を落とす麟。

 ここ暫く彼と多く関わるようになってから、紡の中の麟の印象は大きく変化していた。

 まず、常に冷静沈着だと思っていた麟だが、意外と感情の起伏は激しいという事が分かった。

 言動が荒れると言うことはないが、嬉しい出来事があった時と落ち込んでいる時がとてもわかりやすい。

 それは紡自身も他人をとやかく言えた話ではないが……紡の中で半ば鉄仮面と化していた麟も、年相応の心を持っていると分かれば親しみを感じるものである。


「俺も日を改めようか?」

「いや、いい!今日行こう、二人で」

「……頑なだな」

「この暑さだから、どうしても今日食べたい気分なんだ。だけど、その……」


 麟はそこで言葉を止めて、紡から視線を逸らすと、もじもじと膝の上で両手を握り合わせた。


「洒落たところに行くのは、慣れてなくて。特に、一人では……」

「つまり、その。喫茶店に一人で入るのが心細いということか?」

「うん……」


 俯いて恥ずかしそうに頷く、麟。

 数秒の間、紡はぽかんと口を開けていた。

 しかし紡は直ぐに、いけないいけない、と頭を振り、停止した思考を動かす。

 人間には誰しも苦手意識ぐらいある筈だ。

 現に自分だって、別段肝が据わっている訳ではない。


 今もなお、自分は麟に対して強者のイメージを持ち過ぎているらしい……と紡は思った。

 実際、麟が剣士としての抜群のセンスを持っている事は疑いようがない。

 それはこれまで紡が相対してきた中でも感じていた事だし……共に稽古を重ねた上でも、彼の体幹や咄嗟の判断力には舌を巻くものがある。

 だが私生活はそれとはまた別の話、という事だ。


 ともかく、尊敬する友人に弱みを見せてもらえたのは、信頼の表れのようで悪い気はしない。

 そして紡は末っ子として上から可愛がられ(いびられ)てきた故か……他者から頼りにされる事をとても喜ばしく感じるのである。


「分かった、今から行こう。今日はこのまま続けると、陽に当てられて倒れかねないし」

「ありがとう……!」


 ほっとしたというように表情を綻ばせる麟。

 そうと決まれば、と紡は水筒の中身を空にして、傍に置いた竹刀を拾い上げた。

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