第25話 殺人鬼遭遇

「もう夜か」

ダルクの家を出ると、外は完全な闇に包まれていた。こんな腐れた街だ、街灯なんてものはなく一度明るい所から外に出れば目が何も映さない。

だが少し経つと暗闇に慣れていき、多少の地形把握はできるようになった。


「帰るか」

ほんのりと柔らかく照らす月明かりだけを頼りに歩を進める。


たまに小石につまずきそうになりながらも帰路を順調に進んでいたときだった。背後から足音が聞こえたのは

「誰だ!」

「··········」

「がっ!」

瞬時に振り返ると目の前に跳躍して距離を詰めてきた鬼がいた。その鬼の飛び蹴りによって地面を削りながら数メートルほど飛ばされる。


「何が·····!」

すぐに立ち上がり、前を向くがそんな俺の反射神経を遥かに凌ぐ速さで鬼は接近していた。


「魔術·····ダメだ間に合わっ」

鬼の拳が俺の鼻の骨を砕いた。続けざまに回転蹴りを俺の頬に当て、鼻と同じように鈍い痛みが頬に走り、強い衝撃によってまたもや数メートル吹き飛ばされた。


頬が痛いがまだ戦える。

「魔術··········かはっ」

再び魔術を使おうとすると、急接近してきた殺人鬼によって喉を潰された。


「あがっ」

ダメだ、頬骨が完全に砕かれている。それにまともに声を発することもできない。そうなれば助けも呼べない、そうかそれが鬼の狙い、いや殺人鬼の狙いか。


「··········」

今度は落ち着いた様子でただ静かに歩いてくる。月明かりで照らされた鬼の仮面は身震いしてしまうほど恐ろしかった。


こんなところで出くわしてしまうとは油断していた。魔術が使えれば殺人鬼程度など軽くあしらえると思っていた。だが魔術が発動出来なければ、何もできない。くそ、怠慢だった。


「まじゅづ・げいどう·····」

頬骨が砕かれ、喉が潰され、上手く発音できない。

「お前は悪だ」

「はっ?」

詠唱を口ずさみ始めた瞬間、まだ遠くにいた殺人鬼が目の前にいた。


「だから殺す」

「がっあ、ぉぇ」

みぞおちを殴られた。内蔵が揺さぶられたその衝撃に耐えられず、込み上げてきたゲロを吐き出す。ダメだ、まともに立っていることすらできない。内蔵をミキサーされているみたいだ。


「お前はあの子を傷つけた、そして私を詮索した」

「あのご、どは、だれだ?」

しゃガラ声で聞く。

「お前に教える義理はない」

冷たく見下ろすようにそう言った。だが一つ分かったことがある、それはこの殺人鬼が女だということだ。少し聞いたくらいじゃ分からなかったが、この殺人鬼は立っている時の姿勢、歩き方、そして中性的な声、それら全てを考慮すればこの殺人鬼は女だということがわかる。


「お前は傷つけた、だから痛めつけて殺してやる」

だがまぁ、そんなことに気がついても意味が無いかもしれないがな。

「ふっ」

余裕の笑みを浮かべて俺の眼前に足裏を見せつける。踏み潰すつもりか?


「なめるなよ!」

「っ!」

両手で殺人鬼の足を掴み、バランスを崩してから足でこいつのもう片方の足を払う。


すると殺人鬼はド派手に地面に背中を打つ。その隙を見逃さず、近くに落ちていたレンガを持ち上げ手から立ち上がり、殺人鬼の顔目掛けてそのレンガを投げつけた。

「くっ」

だがそのレンガは殺人鬼の超人的な反応によって霧散してしまった。レンガを魔術無しで割るとはな、想定外だ。


「かはっ」

急に内蔵を激しく動かしてしまったため、再び激痛が走る。だがここで倒れてしまってはダメだ、ここで倒れたらこいつに殺される。

何とか足裏に力を込めて踏ん張る。そしてレンガを壊したことにより痛めた手を心配する殺人鬼に向かって正拳突きを放つ。


「邪魔だ!」

「ぐっ!」

だがそんな俺の拳は届くことなく、殺人鬼の足によって遥か空中に蹴り飛ばされる。だがこれは好都合!下にいる殺人鬼目掛け照準を合わせる。ここまでの空中にいればそう早くは来れない、悪手だったな殺人鬼、お前の身体能力が裏目に出た。


「まじゅづ・げいどう・がみなり・じんらい!」

荒れた声でそう叫んだ瞬間、轟音とともに太い雷が殺人鬼目掛けて落ちた。よし、これであいつは殺せた、あとは俺がどうやって着地するかだが·····


「········」

くそっ、当たりを見渡してもクッションとなるような場所がない。そう考え込んでいる間にも俺の体は急降下している。もう地面まで数十メートルといったところだ。ダメだ、迷っている暇はない、魔術を下にうって下に落ちるスピードを落とすしか方法はない。


「まじゅづ・げいどう・がみなり・らいごう」

俺の手から放たれたその雷はたしかに俺の体をわずかに浮かせた。だがほんの少しだ。また加速し始めてしまった。もう次の魔術も間に合わない、くそっ!タイミングを見誤った!


「くっ」

目の前まで来た地面に対し一回転して足裏を地面に向ける。足が犠牲になってしまうが死ぬよりはマシだ。


そう自分に言い聞かせ、目を瞑る。


すると何かが俺の体を包み込む。人の手だ。だが誰の?そしてそんなことを考えていると強烈な重力が俺の体を襲った。だが強いて言えばそれだけだ。その重力に耐えさえすれば何も問題はない。俺の事を抱えている人のおかげで何とか足を失わずに済んだ。にしてもすごい力だな、あれだけの高さから落ちてきた俺を受け止めるなんて。


「助かった·····よっ!?」

助けたのは誰かと思い振り返ると、俺の視界いっぱいに鬼の仮面が映った。こいつまだ生きてっ!反射的に逃げ出そうとするが、強力な力で締め付けられることによりその拘束を解くことはかなわなかった。

「お前は悪だ、だがたった今事情が変わった、今回は生かしておいてやる」

「は?」

そう言うとすぐに殺人鬼は手を離し、俺をその場に落とす。一体何が起こっている?状況が理解出来ずその場にへたり込んでしまう。


「じゃあな私は帰る、お前のせいで少し疲れてしまったからな」

手で黒い服についたホコリをはらう。見ると殺人鬼の体はところどころ服が焼け落ち火傷していた。決して全く効かないと言うわけではなかったようだ。いやにしても化け物か、神雷を受けてあそこまで余裕を保っていられるなんてな。


「·····づぎは、ぜっだいにがづ」

「ふん、言ってるといい」

そう言って、殺人鬼は闇夜に消えていった。


それを見てから俺は気を抜いて背中を地面につけて夜空を見る。負けたか、もう負けないと誓っていた筈なのに、また·····だが不思議だ、今の俺には悔しいという感情の他に高揚感が渦巻いていた。まだ世界には俺より強い人間がいる、その事実に少しワクワクしていた。


「がえろう、がいなが待ってる」

立ち上がって再び帰路に着く。想定外の人物に絡まれてしまったが、まぁ生きているだけで感謝するとしよう。


カイナはちゃんと家で待っているのだろうか?あいつは自分で待つと言っていたからそうそう出るとは思えんが、まさか変なやつに連れ去られていたりしてな、いやそれはないか、あいつは俺より強い、ちょっとやそっとじゃカイナを誘拐することなんて出来ない。


と、考えているといつも寝ている馬小屋についた。

「ガイナー、がえっだぞーおぞぐなっでずまない」

いつもならこの馬小屋の前で声をかけると満面の笑みで嬉しそうに出迎えてくれる。


「?、なんだへんじがだいな」

だが今日はそんなふうにカイナは現れず、馬の寝息だけが聞こえてきた。

「ぞどか?」

いつもこの時間帯ならだいたい馬小屋にいるのだが、たまに外で水浴びをしていることがある。


そう思い、馬小屋から少し離れた井戸に向かう。

「いない」

だが井戸にもいなかった。


身体中から脂汗がではじめた。何か、なにか、嫌な予感がする。

「ガイナー!ガイナー!へんじぃをずるんだぁ!」

喉を痛めてでも声を発する。馬小屋の周辺を必死に探す。だがついぞカイナは見つからなかった。


「どごに、ガイナー!!!!」

その日カイナは俺の前から姿を消した。



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