第9話 ヤンデレメイド

「こっちだウスノロ」

「きしゃあ!」

わざと挑発するように動き、サソリの溶解液を誘発させる。

「きじゃあ!きしゃあ!」

「ぐっ!」

出来るだけ溶解液を避けるが、やはり全部を躱しきるのは至難の業だ。

避けきれなかった数滴は俺の体を溶かし始める。


「きしゃあ!」

「させるか!」

サソリがその場から動こうとした所で一気に距離を縮める。ダメだ、まだこいつを動かしてはいけない⋯⋯もう少し。


「きしゃ!?」

距離を詰めてきた俺にビビり、サソリはその場にとどまり、体を守るようにハサミを動かす。

それを確認してから俺はもう一度サソリと距離をとる。


そしてこれを繰り返していく。


「はァ!はァ!はァ!」

「きしゃきしゃきしゃ!」

まずい、溶解液が体全体を侵食し始めた。耐え難い痛みが全身を襲う。腕がただれ始め、皮膚は黒ずんでいった。

あの野郎、俺が弱ってるからって遊ぶように溶解液を飛ばしてきやがる。

あと少し、あと少しなんだ。あと少しであの調子に乗った顔面を吹き飛ばせる。


「きしゃ、きしゃ」

「くっ!」

絶え間なく溶解液を打ってきやがる。それをボロボロの身になりながら情けなく避け続ける。だが、被弾率は回を重ねる事に減っていった。

もしかすると、あいつ⋯⋯

「きし、きしきしきし!」

俺で遊んでやがる!俺が少しずつ衰弱していくのを楽しみやがって!


「こうなったら、魔術・系統・炎・延焼」

「があっ!!!!」

体に染み付いた溶解液を蒸発させるために自分に炎をつける。それにより腕がただれ落ちるのを防ぐ。熱い、熱い、熱い、けど我慢しろ、どんなに泥臭くても勝利を手にするんだ。


「きしゃきしゃきしゃ」

「ぎっ!」

余裕をかけるのも今のうちだぞ、もうお前の体には回ったのだからな。


「あっ⋯⋯」

立っていられなくなり、その場にへたり込む。

「きしゃあ?」

それを見たサソリはもう動かなくなった俺を疑問に思い、その場から動こうとした。だが、動けなかった。

「きじゃあ?きしゃ?」

サソリは戸惑い、体全体を見渡そうとするが、それもできない。


「動けないか?まぁそうだろうな、俺が束縛したのだから」

魔術・系統・草・操りの草

草系統において一番簡単に使うことが出来るこの魔術だけはこの環境も相まって草系統が苦手な俺でも何とか使うことが出来た。


魔術はその場の環境によって左右される。大雨や海の近くだと水系統が、自然豊かな場所だと草系統が、雷が鳴り響く場所だと雷系統が、熱い場所やマグマの近くだと炎系統が、風が吹き荒れる場所だと風系統が強くなり、扱いやすくなる。


そして操りの草は文字通り草を操る魔術だ。まだ慣れていなかったから、上手く操ることは出来なかったが、無事にサソリの体に草を侵入させることが出来て良かった。


「俺はこれを狙ってたんだよ」

「ぎ、ぎ、ぎ?」

震え、燃える足を黙らせて、立ち上がる。

「随分舐めたことしてくれたな、俺の攻撃がお前の外皮を貫通出来なかったことに余裕をかきすぎたな、教えてやるよ外から無理なら中から燃やせばいい」

「ぎ、ぎ、ぎしゃ⋯⋯」

「形勢逆転だな、魔術・系統・炎・延焼」

「ギシャャャャャャャャァ!」

サソリの体の中から伸ばした草に火をつける。瞬間、草は導火線のようにサソリの体に侵入し、中からサソリの体を燃やし尽くした。火は滞りなくサソリの体を燃やしていき、最初は暴れていたサソリも徐々に力を失っていった。

「はァ、はァ、俺の勝ちだ⋯⋯ざまぁみやが、、れ」

そして俺は安堵から意識を失った。



「やっぱりジル様はすごい、本当に雷系統を使わずに倒すなんて、カッコイイ⋯⋯」

カイナは頬を朱に染めて、まるで夢を見ているかのような虚ろな瞳で呟く。

カイナの”固有魔術・系統・花・ジルの花言葉”は最後にジルに触れた瞬間から三時間の間、いつでもジルの位置と何をしているのか、何をされているのかを第三者目線で見ることができるという、しかもこの魔術、自動発動である。この魔術は正しくカイナの異常な愛が生み出した狂気の産物だ。


それを行使することによってカイナはジルの戦いを全て見ていたのだ。

「あのクソサソリがジル様のお身体を傷つけた時はぶち殺してやろうかと思いましたが、手を出さなくて良かった」

この女、自分が言っている意味がわかっているのだろうか、自分があの場にジルを投げ出したというのに⋯⋯イカれている。


「あっ、ジル様を早く戻さなくちゃ、魔術・系統・花・風舞う花弁」

白い花弁が舞ったかと思えば、いつの間にかカイナの膝の上に頭を乗せ、意識を失っているジルがいた。

花系統の魔術・風舞う花弁、対象の位置と姿が見えれば強制的に自分の元に持ってくることが出来る魔術、普段は目に見える範囲のものしか持ってくることが出来ないが、ジルの花言葉と複合することでジル限定で遠くにいても持ってくることが出来るのだ。


「やはり、お美しいお顔」

火傷によってほぼ丸焦げ状態の顔を見てそうつぶやく。

「でもちょっと汚れていますからすぐに洗って差し上げますね、固有魔術・系統・花・ジルのゆりかご」

大量のピンクの花がジルを囲っていく。そしてしばらくしてその花が消えていくとジルの火傷や爛れは全て元通りになっていた。

ジル限定の回復魔術、その効果は全ての傷を癒し、死をも無かったことにしてしまう。この世の理からいち脱した禁忌の魔術である。



「すー、すー」

ジルは気持ちよさそうに風に揺られながら寝息を立てる。

「うふっ可愛い寝顔ですこと」

カイナは頬を染めて妖艶にジルの唇を撫でる。

(やべぇ、なんだよあのねぇちゃん、サイコパスじゃねぇか)

そしてそんなカイナ達の話の一部始終を聞いていた馬車を引いていた男はカイナの異常性に肝を冷やしていた。




ハサミと剣がぶつかり合う金属音が鳴り響く。

「ここだ!魔術・系統・空・時空剣!」

そして黒髪の青年が放ったその剣は巨大なサソリを真っ二つにした。

「やっぱりすごいですぅジルは!100体はいたサッソリを全部倒しちゃうなんて!」

すると青髪の活発そうな美女が黒髪の青年の腕にくっつく。⋯⋯正直羨ましい。

「いや、そんなことないよ」

「あるでしょ、何謙遜してるのかしら」

今度は赤髪のツンデレそうな美女が現れて、黒髪の青年ヴィルの小指をつまむ。


「謙遜なんかじゃ、僕はまだまだだよ」

「そうね、あなたはまだまだ甘い」

「ミラ!ごめん二人とも!」

「ちょっヴィル!?」

銀髪のスレンダーな美女がヴィルの前に現れたかと思えばヴィルは二人の美女を差し置いてその銀髪スレンダー美女に近づく。


「どうしてここに?学園からの任務は終わったよ?」

「あなたに会いに来た、理由はそれだけじゃダメ?」

「!、全然!嬉しいよ!」

ヴィルは小動物のように無邪気な笑顔を見せる。


「あのぉ〜前から気になっていたんですけどミラさんとヴィルのなりそめって一体どんな感じなんですか、私とかは奴隷商から解放されたとかあるんですけどぉ〜そう言えば二人のは聞いてなかったなぁーって」

「あぁそれは⋯⋯」

「待って!ミラ!僕が説明する!」

あろうことかこの黒髪たらしクソ男、銀髪スレンダー美女のありがたき言葉を遮りやがった。美女もビックリしている。


「あれはジルに負けて泣きじゃくっていた時、ミラは僕の前に現れた、そして力をくれたんだ!”君なら英雄になれる”って言ってくれたんだ!」

「ミラがくれた力はすごいんだ!僕の魔術の系統に”空”って言う系統を加えてくれたんだ!この系統すごいんだよ!僕に敵意のある魔術を全部異空間に吹き飛ばすんだ!しかも自動的に!」

ヴィルは肩で息をするほど絶え間なく喋ったことにより体が熱くなっていた。


「これで僕はジルに勝てたんだ!すごいでしょ!」

「流石ヴィルだね!」「ふん、やるじゃない」

なんなんだよ、この全肯定bot美少女達は洗脳でもされているのか?


「もうそんな自慢話はいいから、早く学園に帰って皆でお風呂にしましょ」

と銀髪スレンダー美女が提案する。

「おっけー!私はもちろんヴィルと同じ湯船に浸かるよ!ユリちゃんは?」

と青髪の子が言う。

「わ、私がそんなことする訳ないでしょ!」

「えー!それはやめて欲しいかな⋯⋯恥ずかしいし」

ヴィルは顔を赤面させて言う。⋯⋯死ね。

「ぶー、じゃあ学園まで手繋いで帰ろ」

「えーーー!」

なんだ、この典型的なハーレム展開は⋯⋯、あーあー、やっぱ第三者として見るならジルの方がよっぽど面白いな。

と、言うわけで読者のみんな!これからもこの俺、第三者くんをよろしくな!

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