アフターエピソード:修了式への「のぞみ」
「Ladies and gentlemen, welcome to the Shinkansen. This is the Nozomi superexpress……」
私の拙いリスニング力でも聞き取れる丁寧な発音の英語のアナウンスを聞くと、新幹線に乗ってるんだなと感じる。
ビジネスマンでもない私が新幹線に乗るのは、特別なときだ。
そして、そこには特別な気持ちが伴う。「のぞみ」って名前はそんな新幹線にピッタリの名前だと思う。私はなにかの「
着慣れないスーツを着て、私は「
「未踏IT人材発掘・育成事業修了式のお知らせ」
そんなタイトルのメールが届いたのは、長かった未踏が終わって一息ついた、春の時期のことだった。
参加は任意で、私に堅苦しい式典は似合わないから辞退するという選択肢が頭をよぎる。
だけど私はスーパークリエータなんてものに認定されていて、これはその認定式でもある。IPAの理事長から認定証をもらって、記念写真の撮影なんかもして、お役所からプレスリリースも出る。
どうしても嫌なら参加しなくても罰則はないのだろうけど、これまでリモート参加だった色んな偉い人が忙しい中で会場まで来てくれるのだ。スーパークリエータに認定をしていただいたのだから、出席するのが最低限の礼儀って常識くらいは私だって持っている。
フォーマルなイベントは面倒だ。パンツにするかスカートにするか。ヒールはどれくらい? 髪型やメイクは? 考えること、気にすることが多い。スーツを着て革靴を履けばそれでいい男の人は楽そうだなって思ってしまう。昔に比べれば明確な女性差別みたいなものはなくなったと思うけど、男女の差は相変わらず社会全体に薄っすらと存在する。
新幹線の窓の外には新緑の景色。田んぼには新しい苗が植えられていて、もうすぐ夏がくるんだと思った。
採択されてから一年がたって、この一年色々なことが合ったなってのを思い出す。楽しいことも合ったけど、苦しかったり悩んだりしたことのほうが多かった。
苦境を乗り越えて成長したと言う人は多いけど、私のそれを成長と呼ぶのにはなにか違うような気がする。でも私が未踏を通して何かを得たのは間違いなくて、あえて言葉にするなら私はそれを「変化」と呼びたい。
書きたいと思った小説も、書くことができた。だけどやっぱりうまく書けなくて、かっこよく書いてあげられなくてごめんねと主人公に言いたくなる。それでも最後まで書いて公開したのは小さいようで大きな一歩で、新しい未踏の道の最初の一歩。
この修了式で、私たちは未踏事業という道は終えることになる。だけど、私たちはそれぞれが新しい未踏の道を進んでいく。これから何があるのだろう。
新幹線の窓からはたくさんの田んぼが見える。それは私たちみたいだなと思った。未踏を通して私たちの田んぼは少し豊かになった。そこに植えられた新しい苗は、今はまだ普通の苗に見える。だけど、成長してどんな穂になるかはまだわからない。美味しいお米になるかもしれないし、豊作になるかもしれない。不作になるかもしれないけど、そのときはまた新しい苗を植えればいい。
静岡をすぎると富士山が見える。富士山は綺麗で立派な山だけど、プロの登山家じゃなくても登れる。でも、誰もが富士山に登るわけじゃない。未踏は、富士山のようなものだった。私たちは、綺麗な山を登った。それは大きくて達成感のあることで、ちょっと人に言いたくなるようなキャッチーな体験。
富士山を登った私たちの中には、その道を進んでエベレストを目指す人もいるだろう。登山を趣味にするかもしれないし、全然関係のない道を進むかもしれない。
それでも、初めて富士山を登った体験は記憶に残り続ける。自信や勇気をくれることもあるだろう。これからどこに進むとしても、あのとき確かに私たちは未踏という道を歩んでいた。その経験は、きっと糧になる。
新幹線から降りるときには、一抹の寂しさがある。「のぞみ」に運んでもらうのはここまで。ここから先は自分の足で。
修了式は、スポーツ大会の表彰式みたいなものだと思う。認定証を受け取るのは、表彰台に登ること。部活動でスポーツをやっていたとき、表彰台に登る人たちを羨んでいたのを思い出す。スーパークリエータは順位で決まるわけじゃないけど、全員がもらえるわけじゃない。
胸を張って壇上に立とう。そうあるべきだと思うから。
未踏の道 zakuro @zakuro9715
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