霧が晴れるまで
谷村ともえ
知らないドア
今日から中学生活が始まる。私にとっては大した変化は無いと思っていた。周りは同じ小学校から来た友達ばかりだし、ただ勉強が難しくなる程度だと思っていた。
入学式が終わり、校内を歩き回っていると一階の右端に表札がない木のドアがあった。まるでポッと現れたかのようなドアに、私は惹かれてしまった。なぜ好奇心が湧いたか今でもよくわからない。気になったから、これ以外ないと思う。
金属のドアノブを握り、ゆっくり開けるとそこには上半身裸で、スカートだけの人がいた。西日に照らされた背中は生気が感じられないほど白く、青く、美しかった。
「やぁ」
私に気づくと、こちらを向き中性的な艶っぽい声をかけてきた。端正な顔立ちで、死人のような顔色の真っ黒な目が私を見る。
「し、失礼しましたッ!」
私は思わずドアを勢いよく閉め、慣れないスカートをなびかせ逃げ出してしまった。胸が今まで感じたことが無い痛みに襲われた。重りを付けられたように鈍く、針で刺されたような痛みが私の心臓を掴んだ。家に帰った後もその痛みは続いた。
それから数日、私は抜け殻のようになってしまった。始まったばかりの授業も頭に入らず、ぼーっと生きていた。頭が回らない。いつまでもあの時の光景が頭から離れない。
あの人は何だったのだろうか、そう考えながら一か月がたったある日。移動教室で理科室に向かっていると、前から二人の男子生徒と女子生徒が歩いてくる。男のほうは私たち一年より背が高い、恐らく上級生だろう。私は女性のほうに目を向けた。私より少し大きいぐらいのその人に、私は見覚えがあった。
脳みそが機能を止め、その人から目が離せなくなった。そして、あの時のような漆黒の目が私を捕らえた。鼓動が早くなり、呼吸が短くなる。気道が締め付けられるように痛い。顔が熱くなっていく。その人は微笑むと、隣を通り過ぎていった。
ますます気になる。あの人が何なのか、一体何者なのか。私はクラスメイトの一人に聞いてみた。
「色白でショートカットの先輩?」
「そう。目に光が無くて、綺麗な。」
「あぁ、3年の霧島先輩だっけ?美人だよね、あの人」
「何者なの?」
「分からない。でも良い人だよ」
他の人にも聞いたが、皆が口をそろえて”分からない”と言った。そして”良い人”だということ。入ったばかりで数か月しかたってない1年が、聞いた人全員がそう言った。
3年生ということは分かった。その日の放課後、私は3年生の教室がある三階に向かった。チラチラと1組から順に見ていくと、彼女を見つけた。3年4組の教室から出てきた彼女に私は声をかけた。
「霧島先輩!」
彼女はこちらを向いた。夕日が差し込む三階には私たち以外誰も居らず、私の声がフロア中に響いた。
「なんだい?」
「あなたは....何者なんですか?」
「どういう事かな?私は私。霧島ユウ、それ以外の何者でもないよ伊藤マキさん」
私の名を知っていた。まともに話したこともないのに。
「気になるなら明日、またあの教室に来なよ。放課後、待ってるから」
じゃあね、というと先輩は隣を通り過ぎ、階段を下りて行った。すれ違いざま、夕焼けに照らされた彼女の顔は不気味に笑っていた。
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