第3章 難しい=頑張れば出来る=頑張ればそのままの工数で出来る!
なんて胸糞悪い三段論法だろうか。邪悪すぎていっそ美しさすら感じる。
所属する業界に関わらず、このタイトルに戦慄した人は多いと思う。
疑問に思った人はTwitterで「IT業界クソ現場オブザイヤー」で検索してみよう。似たような話がザクザクでるぞ。
被害者の会が結成できるくらい、ありふれた三段論法なのだ。
ゲーム業界も例外ではない。
日本人は察する文化の中で生きている。大なり小なり空気を読み、当たり障りのない言い方で人との争いを避ける。
気遣いは素晴らしいことだ。表面上は誰だって仲良しでいたい。平和が一番さ。
しかし「気遣ってはいけない所」までそれをする必要があるのだろうか。
それこそ、期限があって具体的に出来ない原因がハッキリしているにも関わらず、察する文化は必要だろうか…。
何故、仕様には論理的なものを求める割に、こういう思考はまかり通るのだろうか…。
スタジオジブリの名作、映画『天空の城ラピュタ』でも、少しずれているが似たようなシーンがあった。
『天空の城ラピュタ』は「少年パズーが空から落ちてきた謎の少女シータと出会い、おとぎ話とされてきた天空に浮かぶ城・ラピュタを巡って冒険する物語」だ。
似たようなシーンというのは、物語前半にあるパズーが勤める工場の親方に匿われるシーンだ。
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ラピュタの手がかりとなる飛行石を持つ少女シータを追って街にやってきた空賊3人組。パズーとシータは、彼らに見つからないように逃げようとするが失敗する。
見つかって慌てる二人を逃がすため、パズーを知る街の人達は空賊と対峙する。
そこで空賊の一人は力を誇示するように筋肉を見せつけるようなポージングをし、それだけで白いタキシードのボタンを豪快に飛ばして、露わになったたくましい胸筋を誇らしげに晒す。
慄く周囲。しかし、パズーが務める工場の親方は動じない。
親方はおもむろに前に出ると空賊と同じくポージングをする。なんと、こちらは筋肉の圧でシャツが散り散りにしてしまった! 驚くべき怪力!
周囲がどよめき得意げにする親方をよそに、側で見ていた彼のおかみさんは言い放つ。
「誰がそのシャツを縫うんだい!?」
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昔は笑ってみていたが、もう直視できない…。
おかみさんの言っていることは正しい。親方が筋肉自慢対決に乗らなければ、彼女にシャツを縫う仕事は発生しなかった(のちのちおかみさんが修復したというシーンはないにせよ)。
しかし、親方の働きによってパズー達は逃げられた。パズー側からすれば彼は正しいことをしたんだ…。
横道に逸れてしまい申し訳ない。話をゲームに戻そう。
君が上層部にいるならば、この三段論法「難しい=頑張れば出来る=頑張ればそのままの工数で出来る」を実行し「難しい=出来ない」という考えをもつものを叩き潰そう!
工程なんて気にするな! シャツを豪快に散らせ!
大丈夫、ラピュタのおかみさん並みに歯向かう人間はいない。ヒエラルキーの頂点が言うんだからね。みんな命は惜しいのさ。
確かに、実際に作業をする側にいる言葉を、そのまま受け取ることはしてはいけない。
ずる賢い作業者が適当な理由を言ったり、突っぱねて押し切ったりすることがあるからだ。
そのため鵜呑みにはせず、出来ない理由を紐解いた方がいい。
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・作業が詰まっているせいで、時間(=工数)がなくて出来ないのか。
・検証が必要だが、それをするための時間がないのか。
・影響範囲が広すぎて、後々どんなことが起きるか分からず、かかる時間が予測できないのか。
・機材がなくて物理的に無理なのか。
・追加自体はいけるが、後続の設定の量が物凄い事になるので設定の時間はとれるのかが心配で反対なのか。
・素材がないから動けないのか …などなど。
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ここで「ほとんど時間じゃねぇか」と突っ込みを入れたくなるだろう。
案外、作業時間さえあれば解決できる問題は多い。
そう、時間さえあれば…。
作業者が理由を語る際、結構ハッキリと言い切ってくれる。~だから無理やら、~だから出来ないやら。
実際に対応するのだから、当たり前だ。引き受ければ下手すれば休日は潰れるし、残業も沢山増える。
余計な作業は増えて欲しくない。
そのため作業者と円滑に交渉したいのならば、作業用の日数を新しく追加するか、対応項目のトレードをするが一般的だろう。
しかし、日数の追加は基本的にかなわない。予算の兼ね合いで締め切りはガチガチに決まっているので動かせないからだ。
そのため、大抵は対応項目のトレードをすることになる。
対応項目のトレードは、簡単に説明すると「工数3日かかる追加作業なら、既存項目内から3日分の項目を消すか、想定する機能の内容を落として時間を圧縮して、スケジュールはそのままで稼働する」というやり方だ。等価交換ってやつですな。
追加項目が重要ならば、そのために犠牲を払うのが当然だろう。作業日数は変わらないのだから。
さて、恐ろしい事に、「難しい=頑張れば出来る=頑張ればそのままの工数で出来る」という思考の持ち主が上層部にいる場合、工数は変わらないが項目が増えるという状態になってしまう。
確実に溢れ出る工数はどこで補うのか? もちろん深夜と土日に決まってるよ。
得てして奴らの脳内のカレンダーの曜日は月月火水木金金だ。いわゆる“デスマーチ”ですな。
逃げだす人間がいても不思議じゃない。だって全知全能の神ですら週1回の安息日を設定してるんだぜ?
こうなる原因は、「察する」文化によるものが大きい。
例えば、依頼された内容を断る際、相手の気分を阻害しないように理由も言ったうえで「その対応は難しいです」といった曖昧な言い回しをすることが多いだろう。
「厳しい」「非常に難しい」「とても厳しい」「その対応は、ちょっと…」でもいいよ。
言っている側にとって、どの言い回しも意味することは「出来ません」になる。
上層部はここが違う。
奴らは「でも頑張れば出来るよ!」というポジティブワードで捉える。踏ん張りどころとか、ステップアップの機会だとかも。なんだそれ?
断るために挙げた理由は何故か無視する。
抗議すると、問題は頑張れば乗り越えられると言ってくる。
挑戦することに意義がある。根性が足りないんだと。実際に足りないのは工数ですよ。
お前は星一徹なのか。星飛雄馬が最後どうなったか知ってるか?
手のひらを反すという言葉あるように、よく「言葉を真に受けるな」と忠告する人は、何故か会議や相談する際は真に受けることが多い。
論理的に物事を言えという割に、何故か「頑張れば出来る」という精神論に落ち着くことも多い。
人間は完璧ではないから、そうなってしまうのは分かるけどさ…。
ここで第2章で説明した「テレパス」の概念を持ち出そう。
パブリッシャー内のテレパスと、デベロッパー内のテレパスとでは、受信するチャンネルが合わないことがある。
ヒエラルキーのトップは、パブリッシャー側だ。
そのため正しいチャンネルは、パブリッシャー側となる。
しかし、デベロッパー側のテレパスは、メッセージを受信できないのにテレパシーを使おうとする。
うまくいかないことが分かると、テレパシーの適応範囲の例外処理をするのだ。
そして“言葉を駆使した伝達”の道を捨て、“相手が望むセリフ”を探るようになる。
相手を気持ちよくさせていれば、円滑に仕事が出来ると思っているからだ。
「誰がそのシャツを縫うんだい!?」
ちなみにハッキリ断ると怒ってくる。もちろん理由を添えても何故か怒る。心象が悪いとわめく。
無謀な事を言ってんのはあっちなのにね…。
こういったことに対して駆け引きは必要云々言うアホがいるが、やるべき対象は別じゃろがい。お前の感情じゃねぇよ!
それに駆け引きしたって、詳細なり整合性なりは全部丸投げする。
感情云々でいうなら、こっちはもう既に頑張ってんだ! 灰になって燃え尽きる寸前なんだよ! みんなが力石徹じゃねぇんだよ!
更に恐ろしい事をいうと、対応項目の優先度を全て最高にした上で、追加項目を足し、「難しい=頑張れば出来る=頑張ればそのままの工数で出来る」論で押し切る者もいる。
優先度が全て最高ってことは、全て最低と同じだ。
4人で徒競走をしたとして、みんな同着だったら誰に金メダルを渡すんだ? 金メダルは1個しかないのに。
『スマブラ』だってストック制ルールで遊んだ場合、同時に場外K.O.になったらサドンデスに突入するぞ。ボム兵降らせてまで1位きめるぞ。
せめてもの抗議にと、作業者側で妥協できる項目を厳選したとしても、作業者とそうでない者だと、対応したい項目や見るポイントは変わるので、もうぐちゃぐちゃだ。
交渉する時間が膨れ、改修案もろくに出せず、結局1つしか対応できないこともざら。
あの無駄な時間がなければ…。
…かなり感情的になってしまったが、お分かりの通り、出来ないを言う者を叩き潰し、察してチャン化することで作業量を増やせば、目先の作業にくぎ付けになるので内容なんて二の次になる。
気づいた頃にはデバッグ期間。どうなるか明らかだ。
故にクソゲーを作りたいなら、「出来ない」という言葉を封じ、相手の気持ちよくなる言葉を使って、察してくれることを願い続けよう。
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