氷のウサギ

羽弦トリス

第1話幸福な時期

中森進一は小企業の『橋エンジニアリング』の経理担当だ。新卒で入社して早11年。その間に妻の優子と結婚して一人息子が産まれた。拓也はまだ8歳。

幸せを感じていた。朝、8時半に出勤すると既に資材担当の田口がお茶を沸かしていた。

「おはようございます」

進一は田口に挨拶した。

「あら、中森君。おはよう。お茶飲むでしょ?」

「はい」

「テーブル席座ってよ。今日は羊羹ようかんもあるのよ」

田口恵はこの道30年のベテラン社員だ。

少し遅れて、新人の荒川真琴が出勤してきた。

「おはようございま~す」

「おい、真琴ちゃん。羊羹あるよ」

「わーい、羊羹大好き」

「あなたは、若いんだからもりもり食べて脳に栄養をあげなさい」

田口が冗談ぽく言った。

9時前になると、従業員がぞろぞろ出勤してきた。最後に社長の橋貴史が出勤して来て、朝礼をして、みんな持ち場についた。


午前中、電話が鳴る。

「中森さん、1番にお電話です」

「はいはい」

話の内容は小学校で息子が頭痛がして嘔吐を繰り返しているようだ。

妻に電話して、小学校に行ってもらい息子を病院へ連れて行ってもらった。

昼食の時間になった。待ってましたとばかりに携帯電話がなる。

「もしもし」

「拓也、血液検査して、赤血球がすくなすぎて、白血病の値が凄く多いの。先生が言うには『白血病の可能性がある』って言われたの。どうしよう?」

進一は一抹の不安があったが、定時まで仕事をして、直ぐに帰宅した。


帰宅すると、布団で寝ている拓也の姿があった。優子は不安げな顔で、

「拓也、大丈夫かしら」

「大丈夫、大丈夫。そのうち治るさ。来週、大学病院へ受診が決まってるの。進一君も付いてきてよ」

「分かった。会社休むよ」



拓也の検査後、医師から中森夫妻は説明を受けた。

「息子さんは白血病です」

「あの、治るんですよね?」

「はい、治る可能性は大です。今日から入院してもらいます」

「よろしくお願いします」

優子は拓也のそばにいて、進一は着替えとその他を準備した。お気に入りのウサギのぬいぐるみをバッグに入れた。


進一は社長に一連の話をした。

「大変だな、中森君。今日から君は残業無しで。何かあったら直ぐに病院へ走りなさい」

67歳である橋社長は羊羹を食べていた。

「ありがとうございます」

この時は、まだ深刻では無かった。



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