先生

結局、その日の授業は、ほとんどが自習になった。


キーンコーンカーンコーン


「伊納、帰ろう」


「うん」


一年の夏の事件以来、上條に話しかける人間は私しかいなかった。


上條に皆が見せる視線は、哀れみだった。


「上條、少しは元気になってきてよかった」


「元気なフリしなきゃさ。皆、悲しむから」


「そっか」


私と上條は、並んで歩く。


「結斗…」


「えっ?」


上條は、桜の木を見つめてる。


「ごめん、気のせいだった」


「いるわけないじゃん」


「だよな」


居たとしても、それは桜木さんではないだろうか?


遥か昔にあの木の下で、報われなかった恋に嘆き苦しみ自殺したという桜木さん。


桜木さんは、夢も破れていたって話。


夢と恋は、桜木さんが叶えてくれる。


「なあ、伊納。みんな、俺を哀れんでるのわかってるんだ。伊納だけは、違うこともわかってるんだ。」


「上條」


「高校に入ったら、俺。塾に通うから…。伊納とこんな風に帰れなくなるかもな」


「高校も同じとこ行かないでしょ?上條は、医者目指すわけだから」


「ああ、そっか」


上條は、そう言いながら笑った。


私は、ずっと上條が好きだった。


でも、中1になって五木君に出会って上條を諦めた。


それは、とても綺麗だったから…


五木君も、上條も…。


二人の間には、入れないって気づいた。


なのに、あんな事になるなんて。


あの後、上條を私は支えた。


けど、そこに恋愛感情は全く持ち合わせていなかった。


ただ、幼馴染みとして支えてあげたかった。


二年生にあがる頃には、上條は平気なフリをしていた。


その目の奥が、空っぽな事を私はずっと気づかないフリをしていた。


「なあ、伊納。」


「なに?」


「ちょっとだけでも、先生と付き合えたらいいな」


「無理だよ」


「それでもだよ。俺は、応援してるよ。伊納の恋」


「ありがとう」


私は、上條に笑った。


家に帰って、私は自分の進路を考えていた。


どうしようかな…。


私は、何がしたいのかな…。


【伊納の家に産まれたからには、ちゃんとした職につきなさい】


父は、小さな頃からずっとそう言っていた。


兄は、今、弁護士を目指している。


姉は、歯医者を目指している。


私は、ゴロンとベッドに横になった。


伊納の人間として、先生に恋をしてるのは恥さらしかな


私は、眠っていた。


夢を見る、あの日の私を私が見てる夢。


『その願い叶えてあげる』


「誰?」


『大丈夫、君は何も心配いらないよ』


「そんなのしなくていい」


『……………………』


ガバッ


「はぁ、はぁ」


嫌な夢だった。


ギリギリと縄の音が、やけにリアルに耳に残っていた。


今の何…。


だけど、何も思い出せなくて…


どうしよう


どんな夢だった…


思い出せ、思い出せ


思い出せなかった私は、次の日朝の6時半に家を出た。


「円香、早くない?」


「うん、ちょっとね」


家を出たら、上條がいた。


「なんで?」


「わからないけど、嫌な予感がする」


「もしかして、変な夢みた?」


「うん、覚えてないけど見た」


私と上條は、急いで学校に行く。


七時前に、校門についた。


「開いてるよ」


「ほんとだな」


「行こう、上條」


「うん」


私達は、桜の木に向かった。


「上條」


ギリギリと何かの音がする。


「伊納、あれ」


上條と私に、何かがうつる。


ゆっくりと、近づく…。


「ヤァーーーー。先生。上條、手伝って」


私と上條は、先生の体を必死で持ち上げようとするけどうまくいかない。


「とにかく、伊納、誰か呼んできて。後、救急車」


「わかった」


上條は、先生の首の所に指をいれようとしてる。


私は、とにかく走った。


職員室は、開いていて前野先生がいた。


「前野先生、早乙女先生が、早乙女先生が」


私は、ボロボロ泣き出した。


「どうした?伊納」


「とにかく、校庭の桜の木に」


私は、職員室の電話から救急車を呼んだ。


「あの、人が首をつってて、あの……中学校で」


うまく話せなかった。


前野先生は、もういなかった。


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