桜木さん

突風が吹いた。


でも、それ以外は何も起こらなかった。


私は、カッターをポケットにしまった。


親指に、ハンカチを巻いて上條の元に戻った。


「スッキリした?」


「うん、何か嘘だった」


「トイレの正子さんと同じだろ?」


「そうだね」


私は、上條と並んで歩く。


「上條が、上の空じゃないの久々だね」


「そうかもな」


「興味あった?」


「いや、結斗を生き返らせれるわけじゃないから」


「そうだよね」


「でも、伊納の想い届けばいいなーって思ったよ。親指、見せて」


「はい」


「深く切りすぎたんじゃないか」


「かもね」


親指の痛みよりも、上條にしか話せなかった事を口に出せた事で、案外私はスッキリしていた。


「じゃあ、明日また迎えにくる」


「うん、ありがとね。上條」


私は、そう言って家に帰った。


二階の部屋にあがって、下らない事をしたと笑ってしまった。


でも、思ったより心は軽かった。


「前野先生、大好き」


目を閉じて、眠った。


「ふぁー、ィッ」


朝起きると、左親指の痛みだけがやけにリアルで、それ以外は臼ボケていた。


昨日の出来事は、夢だったみたいだ。


だけど、何か夢を見た気がした。


「あー。思い出せない」


私は、頭を掻いて用意をした。


「円香、おはよう」


「おはようございます」


「朝御飯、ちゃんと食べなさいよ」


「いただきます」


「あら、授業で怪我したの?」


親指の傷に、気づいた母は朝から手当てをしてくれた。


「ありがとうございます」


「いいえ」


「ごちそうさまでした。」


あまり食欲のわかなかった私は、半分以上残して家を出た。


兄と姉が優秀すぎて、私は、食卓にいると自分が惨めになる。


二人は、父の遺伝子を受け継いだのだと思った。


「おはよう、伊納」


「おはよう、上條」


上條は、だいたいこの時間に来る。


迎えにくると言っていながらもインターホンを鳴らすわけではない、7時30分に私の家の目の前を歩いてるのだ。


「昨日は、何か楽しかったよ。夜の学校にはいってさ」


上條の言葉に、臼ボケた輪郭がクッキリと頭の中で浮かび上がった。


「やっぱり、やったんだよね。おまじない」


「後悔してる?」


「いや、少しはしてるよ。やっぱりさ」


学校に近づくと、ザワザワしていた。


「パトカーと救急車だな」


「何かあったのかな?」


私と上條は、学校にはいる。


「皆さん、教室に入って下さい」


何人もの先生達が、声をかけていた。


「何があったのかな?」


「さあ?わからない」


私と上條も、教室に入った。


「全校生徒の皆さん、体育館に集まり下さい。」


その放送が流されて、体育館に集まった。


「皆さん、おはようございます。」


校長先生の挨拶から始まる。


「もう、たくさんの生徒が知っていますので、学校としては、隠さずにいようという事になりました。先程、桜の木の下で、生徒の一人が、首をつっているのが発見されました。」


【えー】


【自殺?】


【なに、なに、怖いから】


「皆さん、静かにして下さい。」


そう言われて、皆、静かになった。


「今、病院で手当てを受けている状況です。皆さんは、憶測で話をしませんようによろしくお願い致します。」


そう言われて、朝礼は終わった。


「二年二組の沢井真里花さわいまりかだって知ってた。」


「えー。丸ちゃんの彼女じゃん」


「マジ!」


「誰か、桜木さんに頼んだんじゃない?」


隣に座っていた二年生は、そう話していた。


桜木さん……!!!


まさか、そんな事あるわけないよね。


教室に戻ると一限目は、自習だと言われた。


「なあ、伊納」


自分の席から、上條がやってきていた。


「どうしたの?」


「桜木さんって、いるのかな?」


「なぜ?」


「二年生が、話してたから」


「まさか、そんな事ないよ」


「だよな」 


「上條が言ったじゃない。トイレの正子さんと同じだって」


「そうだよな」


そう言って、上條は笑っていた。


教室の窓から桜が見える。


「なあ、伊納」


「上條、まさかだよね」


私には、あの桜の木の下に一瞬誰かがいるのが見えた。


上條も、同じだと思った。


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