目撃

30で、ようやく医者になった私、一ノ瀬倫いちのせりんは、医者になって15年。


初めて、目の前で血だらけで倒れている人間を見た。


「救急車をお願いします。……、桜の木の前です。…病院までお願いします。」


私は、彼に近づいた。


綺麗な容姿ではない。


いかにもなおじさんだ。


「大丈夫ですか?」


もう、意識が薄れかけていた。


私は、腹部の止血をしていた。


救急車が、やってきてかわった。


自分の勤める病院に連れてきてもらった。


「ありがとうございました」


お礼を言って、救急車を降りた。


「一ノ瀬先生が、やりますか?」


やってきた上條かみじょうに、そう言われた。


「そうしよう」


私は、彼を治療した。


結果的に、あのまま死なせてあげるべきだったか…。


私は、桂木さんの病室を出た。


「救った事に、後悔してるか?」


病院の屋上に、上條に呼ばれてやってきていた。


上條の好きな缶コーヒーを渡された。


「ああ、八光はちみつさんと同じだ」


私は、医者として生きていく気力も体力も、もうなくした。


「あの人は、一ノ瀬のせいじゃないよ。」


1年前、八光亨はちみつとおるが運ばれてきた。


私は、必死で彼を救った。


目覚めると、人間の皮を被った悪魔だと罵られた。


「同じ事だ」


退院後、八光享は死亡した。


なぜ、運ばれてきたかは知らなかった。


ただ、あのまま殺して欲しかったと入院中、ずっと泣いていたのだ。


「医者なら、命を救いたいのは当たり前だろ?」


「その当たり前を、私は、随分前になくした。」


「まだ、引きずってるのか?旭川さんも浮かばれないよ」


「それでも私は、彼女を助けられなかった。」


「自分を責めてばかりだな。一ノ瀬は…。医者も結婚も諦めてさ。」


そう言いながら、上條は寂しい顔をして笑った。


「一緒に働きだした時は、こんな目をしていなかったか?」


「ああ、大久保も精神やられてきてるけど。一ノ瀬までとは思わなかったから…。さすがに、キツイかな。まあ、後1ヶ月悔いないように過ごせよ」


「ありがとう」


「捨てとく」


「ああ」


もう、私に誰も期待などしていない。


随分と前からだ。


ミスをされたら、困るという理由から診察を受け持つ事もなくなった。


何の為に、ここに働いているのかわからなかった。


いわゆる、窓際属ってやつだ。


医者になって、8年目。


38歳の時だった。


この辺りの地域で【連続婦女暴行事件】が、起きていた。


突き飛ばされたというものから、顔が腫れるまで殴られたものまでいた。


犯人は、なかなか捕まらずに三ヶ月が過ぎた頃の出来事だった。


付き合って二年。


私は、旭川愛梨あさひかわあいりと結婚の約束をしていた。


ちゃんとプロポーズをします。と約束をした日。


彼女は、事件の犯人に暴行されて運ばれてきた。


仕事の帰りだった。


顔の原型は、とどめていない程腫れ上がっていた。


身体中の骨が、折られていた。


治療のかいもなく、二日後死亡した。


その後、強姦未遂事件が発生し、犯人は逮捕された。


婦女暴行事件の犯人と同一犯だった。


犯人は、こう答えた。


【何人も暴力で支配できたので、次は襲ってやるつもりだった。】


愛梨を殺害した理由は、【ギャーギャー喚くから、いつもよりやっただけ】と話した。


殺すつもりは、なかったと…。


そして私は、窓際属になった。


あれから、7年。


優しさだけで、お荷物を置いてくれていた院長に辞める事を伝えた。


「優秀だから、置いていたんだよ」


と、嘘でも褒めてもらえて嬉しかった。


私は、ずっと空っぽだ。


そう思っていたのに、桂木さんは、薄れ行く意識の中、私の服を掴んだ。


だから、私は、彼を助けたのだ。


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