1番になりたい!

ニュートランス

第1話

「……趣味は、ありません」

 中高生は学校へ通い、社会人は仕事をしているであろう時間に、私は就活の為企業へ面接を受けていた。

 受けてきた企業は数知れず。この企業で丁度10回目くらいであろうか。

 何度も受けたことで面接をする前から合否が予測できる無駄な特技を習得してしまった。

 私の感覚からすればここも多分落ちるだろう。

「じゃ、じゃあ特技は──」

「ありません」

 食い気味に面接官の言うことを否定する。面接官は40代くらいの女性で、私が面接に来てからずっと頭を抱えていた。

 その理由は分かりきっている。それは私がこの場所に相応しくないからだ。

「趣味もなし、特技もなし。そして通った大学も中の中で、秀でた部分は1つもない……一体貴方は今まで何をして生きてきたのですか?」

 彼女は少々キレ気味に質問する。別に秀でた才能が無くたってもいいじゃないか。

 しかし世間は人それぞれ秀でた才能を持っていることがマジョリティーらしい。

「“未来”の為ですよ。それが1番の理由です」

「お金の為ですか?」

「未来は人の名前ですよ。私の親友の名前です」

「これで面接を終わります。後のメールにて合否を確認してください」

 その言葉を最後に、面接は終わりを告げた。

 間違いなく落ちただろう。これに例外はなく、もし仮に受かっているとしたらあの面接官はかなりの物好きである。

 もしこのまま企業に就職できなくてもバイトでもしてお金を稼ぐ。合間に資格でも取得して中途採用でもしてもらえれば万々歳だ。

 今ではこう前向きに考えられるようになった私も、昔はそうでなかった。少し上手くいかなかっただけで諦めて、嫌なことから目を背ける。

 それも全て未来のおかげ。彼女が居なかったら今頃私はどうなっていたことか。

 帰りの電車の中、私は未来と出会った日の思い出を回想していた。

──私と彼女が出会ったのは高校2年生の頃。

 その時私はある問題に突き当たっていた。

 それは“1番になれない”ということ。これは入学した時から抱える深刻な問題であった。

 成績は40人クラスの内20位を推移し、テストも頑張って80点が限界。

 交友関係も心の底から話し合える友達は居らず、クラスにある女子グループの端っこで話を合わせ相槌を打つだけ。

 趣味は直ぐ飽きて、見せる友達の居ない私は特技を作ろうとしなかった。

 部活は取り敢えず写真部に入っていたものの人と喋るのを極力減らしたかった私は数回行って行くのを止めた。

 私がどう頑張ろうとも1番を取れない。つまりは褒められたり目立ったりすることがないという訳だ。

 これはやる気の直結することであり、最初はどんどん挑戦していた新しいことも数を重ねるごとにその回数は激減していった。

 どうせ頑張っても1位は取れない。1度付いた負け癖は私を必要に追いかけ回し、精神を擦り減らして行く。

 そんな生活が1年続き、2年生も同じような生活が続くのだと思っていたある日、そんな日常をたった1人の転校生がぶち壊した。

相園未来あいぞのみらいです。東京からここ広島に越して来ました。趣味は運動と読書とアニメ。特技はバク転と円周率100桁言うことです。まだ越して来たばかりなので色々と教えてください」

 彼女は黒髪ロングの清楚系美人で、歩く度優しい花の香りが鼻腔を刺激する。

 そして彼女の席は不運にも隣の席であった。彼女は「初めまして」と笑顔で私に微笑む。

 眩しくて目を見れない私は俯きながら少しだけ頷く。

 彼女はもっと話したそうであったが、それはホームルーム終了のチャイムと同時に流れ込んできたクラスメイトに阻まれた。

 クラスメイトは一瞬にして彼女を取り囲み、質問攻めをする。

 これは1回の休憩時間では止まらず、気が付けば時間は昼となっていた。 

 いつもならボッチ回避の為女子グループの近くで食事を摂っているのだが、転校生という注目の的が隣の席にいる以上、静かに落ち着いて食事のしたい私は誰も居ない屋上で食べることを余儀なくされた。

 屋上には立ち入り禁止の立て看板があるが、これはあってないようなものだ。

 1年の頃何かに行き詰まった時はよくこの場所を利用していた。

 私は看板を潜り抜けて埃だらけの階段を登ると扉の向こうには空が広がっている。

 人の声が一切届かない此処は今の私に最適な場所であった。

 私は1人、風に打たれながら持ってきた弁当を口に頬張る。

 やはりあの転校生は凄い。隣で話を盗み聞いた限りには、勉強面では全国模試1位。体育面では前の学校で入っていた水泳部で全国個人の大会で1位の成績を出したらしい。

 そしてミスコンにも出場したことがあるらしく、初出場にして1位を勝ち取ったという。

 私の欲しい1位の称号ばかり。いつもなら妬ましく思う私でさえその圧倒的差に思わず笑ってしまった。

 そんな1人寂しい昼下がり、普段誰も来ない屋上の扉から誰かが入って来た。

 足音でいち早く気付けた私は一体誰なのかを警戒しながらじっと待つ。

 すると出て来たのは、今頃新しくできた友達と仲良くしているであろう転校生、相園未来の姿であった。

 屋上に来た彼女は何かを探すように辺りを見渡し、私を見つけると手を振りながらこちらに向かって来た。

「こんにちわ! 隣……空いてるかな?」

 そう言って彼女は私の了承を得る前に有無を言わせず隣に座って来た。

「ちょ……っ」

「駄目だった?」

「ダメじゃないですけど」

「じゃあ座る」

 何しに来たのか。クラスメイトを放って私の元にくる理由が分からない。

 取り敢えずご飯を食べ続けていた私を横目に、未来は突然何か喋り始めた。

「私ね、本当は人と群れるのが嫌いなの」

 この瞬間、彼女のイメージはガラッと変わった。

 私より遥かに優秀で、勝てるはずのないと思っていた彼女は、私と同じような悩みを抱えていたのだ。

「本音を出せないというか、いつも誰かに嫌われないよう角が立たないような発言をする。だから本心が見え隠れするし、それって本当に友達なの? って」

「……確かに」

「最初見た時、貴方から近しいものを感じた。貴方なら仲良くなれるかもしれないって。私、勘は鋭い方なの。だからあの時もっとお喋りしたかったのに、直ぐ何処かへ行っちゃうんだから」

「それは……すいません……」

「別に謝ることじゃないわ」

 彼女は首を傾けて微笑むと、その場に立ち上がり腕を大きく広げた。

「友達になりましょう! 私と」

「本当にいいの?」

「当たり前じゃない」

 最初こそ完璧過ぎて妬むことさえもできなかった私と、彼女は友達になってくれるというのだ。

 私に此処まで正面から友達になろうと言われたのは初めてで、初めて友達と言える友達ができた。此処から私の人生は始まったのだ。

「名前は何て言うの?」

稲葉過去いなばかこっていいます」

「過去って、なんかマイナスな名前ね。まあいいわ。よろしく過去。私の名前は相園未来。気軽に未来って呼んでね」

「未来ちゃん……」

「チャンは付けなくていいよ」

「未来」

「よろしい」

 それから私達は一緒にご飯を食べ、教室に帰った。

 教室のドアを引くとクラスメイトの視線が一斉にこちらへ集まる。

 嫌な雰囲気。先程の転入生歓迎ムードは反対に、今は人間の負の感情が漂っていた。

 どんな断り方で教室を抜け出してきたのか、今直ぐ隣にい居る彼女に問いただしたい。

 暫くその空気に立ち尽くしていると、数人の女子生徒が立ち上がり私達を囲む。

 彼女らは私がいつもくっ付いていた女子グループのメンバーで、全員不服そうな顔でこちらを見つめている。

 女子グループを束ねる人物は特に不服そうな顔をしており、何かあったのか理由を聞こうとした瞬間彼女は私の頬を掌で強く打ち付けた。

「い……っ」

 私は反動でその場に倒れ込む。助けようとする未来の姿が見えたが、どうやら狙いは私ではないらしい。

「未来さん、こんなモブと連まないで私達と連みましょうよ」

 彼女らは私の後ろにいた未来に近付き、何やら交渉をし始めた。

 彼女達はいつも連んでいた女子グループで、今まで見せたことのない顔であった。

『角が立たない言い方をして、本心が見え隠れする』

 彼女の言っていたことは正しかったのだ。

 そして未来はキッパリと「嫌です」と断る。

「後悔しますよ。人付き合いは上手く立ち回らないとやがて身を滅ぼしかねません」

 グループのリーダーは脅すような発言をする。

 しかし未来には一切効いていないようであった。

「貴方とは仲良くなれる気がしないので。自分が弱いからそうやって群れを成しているのでしょう? 彼女より貴方の方がよっぽどモブキャラです」

 そう切り返されたリーダーは引き攣った笑顔を浮かべ、唇を噛んだ。

「分かりました。ではこれからの学校生活が悔いのならないように、幸運を祈ります」

 するとグループは目の前から立ち去り、いつものように隅に集まって雑談をし始めた。

「大丈夫?」

 未来はそう言って私に手を差し伸べる。

「う、うん」

「ほら言ったでしょ? 角が立たない言い方をする人はは本心が見え隠れするって。さっきまであんな歓迎ムードだったのが一瞬で地獄よ」

「そうだね……」

「あの時中心となって喋りかけてきたのは彼女達なんだけどさあ、さっき言った通り中身のない質問ばかりだったのよね。本当にあの人達を選ばなくて良かった」

 彼女はとびきりの笑顔を私に向ける。やはり良い人だ。

 初めて友達と言える友達を手に入れた私は浮かれていた。浮かれていたのだ。だからこれから起こる現実に対応することができなかった。

 翌日、私と未来の席はなかった。正確には、捨てられたの方が正しいだろう。

 教室の隅で女子グループがこちらを見て笑っている。犯人は間違いなく彼奴らだろう。

 それにしても女子グループが言っていた忠告が本当に起ころうとは。そう思うとまずいものを敵に回したのではないのか。

 それでも彼女は平気な顔をして地べたに座り、私を手招きする。

「ああいうのはね、ちょっとでも相手したら負けなんだ。調子乗るからね。いい? これから何をされてもやり返さないこと。そしたら嫌がらせは消えるから」

「う、うん」

 彼女は落ち着いていた。直ぐに謝りに行こうと思っていた私だが、彼女のこの言葉で少し耐えてみることにした。

 女子グループが主犯だと思われるこの嫌がらせは机が無くなるだけでは止まず、上履きを隠され、机は落書きされるなどの有名な嫌がらせは勿論、黒板に私と未来が仲が良いというだけで“同性愛者”と書かれたこともある。

 その度彼女は必死になって消していた。それも私が見ないよう早起きしてだ。

 ある日、そんな嫌がらせ、いや、に耐えれなくなった私は、未来に私から離れるよう伝えた。

 しかし未来は「それで彼女らと連むことになるんなら、死んだ方がマシだよ」直ぐ否定。

 そんな最中にもいじめは止まることを知らず。私はひどく憔悴し、それは未来も例外ではなかった。

 そんなある日の放課後、壊されたり破られたりされた教科書や筆記用具を修理するのが日課となっていた私と未来は、夕日の差し込むがらんとした教室で雑談をしていた。

「この嫌がらせ、いつまで続くのかな……」

「それは彼女らが飽きるまでよ。それまでの辛抱よ」

「ねえやっぱ私達離れた方がいいのかも……」

「何弱気なこと言ってんの〜、此処までやってきたんだから、最後まで貫き通さないと」

 ふと横を見るが、やはり彼女の顔には疲れが感じられる。なのに彼女は見栄を張って私を心配させないと元気に振る舞っているのだ。

「はあ……」

 最近はため息が多くなっていたと思う。この変わらない現状に疲れは溜まるばかり。何より未来の身体が心配であった。

 そんな考え事をしていると、未来は突然ぐしゃぐしゃになった教科書をカバンに放り込み帰り支度をし始めた。

「ちょっと、まだ直ってないけどいいの?」

「今からどうしても行きたい場所があってさ。過去も着いてきてよ」

 彼女は嬉しそうに、そして半ば強制的に私は彼女の行きたい場所とやらに着いて行くこととなった。

 外はもうすっかり暗くなっている。夕飯の時間までには帰らないといけないので、未来は歩くペースを上げた。

 午後7時、赤色の果実が捕食者の口の中にすっかり飲み込まれた頃、私と未来は木々の生い茂った場所を突き進んでいた。

「ねえー、いつまで続くの?」

「もう直ぐだから」

 何度聞いたフレーズか。かれこれ1時間は茂みを掻き分けていると思う。

 しかし今度こそは本当にもう直ぐらしく、10メートル先に大きく開けている場所を発見した。私達はゴール直前にして茂みを掻き分けるスピードを早めた。

「はっ……!」

 一気に私の視界に光が差し込み、まるで朝日を見ているかのように目を隠した。

 恐る恐る目を開けると、そこに広がっていたのはカーテンのように広がっている星空の下で、暖かい光を幾つも放っている町の風景であった。

 今まで横ばかりから見ていた町の風景が此処から覗くとそのイメージを180度変える。

「綺麗でしょ。何かに行き詰まった時はいつも此処へ来るんだ」

 確かにこれなら辛い悩みも一瞬にして忘れられそうだ。

「私ね、どんなに辛いことをされても、過去がそばにいてくれたら何回でも耐えれた」

 彼女はそう言いながらその場に寝そべった。私も隣で同じように寝そべる。

「だから私は大丈夫。過去さえ元気なら」

「それは私もだよ。本当、未来は他人のことばかり考えすぎ」

 その時、まるで動きが同期したかのように横を見てみると目が合った。

 暫く見つめ合って、いつの間にか笑いが起こる。

 笑いが収まると、次に彼女は星空へ指を刺していた。

「あの星がベテルギウス」

 赤く光っている。

「あれがシリウスで──」

 3個の星座の中で1番明るく光り輝いている。

「最後にあれがプロキオン」

 赤く光るベテルギウスに対しプロキオンは白く光る。

「これが冬の大三角形だよ。それであの星が──」

「星好きなんだね」

「ちがっ……ただ知識があるだけよ」

 未来は柄にもなく頬を赤らめた。その姿に思わず笑いが込み上げてしまう。

「私は未来の1番になれたかな」

「当たり前じゃない。こんな心から話せる友達は後にも先にも貴方だけよ」

 この時、私は初めて1番を手に入れた。気付いていないだけでもっと前から持っていたかもしれない。

 この世界で私しか持っていない特別な1番。

 これから何が起きようとこの1番だけは絶対に守ろうと、そう思った。

 そう思ったら今まで弱気になっていた私が馬鹿馬鹿しくなってきた。

 彼女も同じ考えだろう。2人居れば怖くない。私達は2人で1人。

「絶対勝とう。私達の未来の為に」

 その決断の後も私達は星を眺め続け、ふと腕時計を見ると針は7時を回っていた。

 私と未来は急いで通って来た道を引き返し、街に入って直ぐ別れを告げる。

 明日は何が起きるのだろう。今の私は少し未来に期待している。

 相手が折れるのが先か、耐え抜いて学校を卒業するのが先か、とにかく私達が負けることはきっとない。

 その筈

 翌日、私と未来は放課後女子グループに呼び出された。

 直接的に向こうから会ってくることは初めてだったので、少し警戒心を強める。

 呼び出された場所は屋上、偶然にも未来と出会った場所と重なっていた。

 私と未来は心細くならないように手を繋いで屋上に向かう。

 するとそこに居たのは女子グループがフルメンバー、それと初めて見る男2人が律儀にも待っていた。

「あら、遅いじゃない」

 いつもの鼻に着く声の彼女。しかし今の彼女は然程脅威ではないのだ。

 彼女がすることは高が知れている。物を取ったり、使えなくしたりするただの嫌がらせ。

 しかしこの場にいるあの男2人だけは別だ。何をしてくるか分からない。それが1番怖いところであった。

 男の格好は1人が大柄の体型で、もう1人は背格好こそ小柄だが、襟は立てて捕食者のようなその目つきは間違いなく不良だ。

「本当にヤっちゃっていいカンジ〜?」

 背の低い男は関節から音を立てながら女子グループのリーダーに問う。

「ええ、思いっきりやって頂戴」

 彼女は不敵な笑みを浮かべて此方に視線を送る。

 まさか、彼女がここまで踏み切ってくるとは。今からされる事は大体予想が着いている。陵辱か、はたまた再起不能になるまで暴力を加えられるか。男の存在はそう示唆していた。

「どうしてこんな事するのよ!」

 命の危険を感じたのか、未来は声を荒げて彼女に言った。彼女が此処まで必死になっているのは初めてかもしれない。

 すると今まで笑みを浮かべていたリーダーの顔は一瞬にして曇り、私達2人に止めどない怒りをぶつけてきた。

「私がどんな思いで貴方をいじめてきたか分かる? 突然現れた転校生は私より性格が良くて、可愛くて、運動もできて、勉強もできて、転校初日から話を聞けば聞く程私じゃ勝てないと知らされるようだった。だから私は自分の融通が効くグループに誘って少しずつ痛ぶって行くつもりだったのに……」

 初めて打ち明けられた彼女の怒りは、私とよく似ていた。でも今は違う。私は未来と仲良くなり、彼女は力を使ってクラスを封じ込め、私達を居ないものとしようとしたのだから。

「それなのに……なんであんた達は折れないのよ! 最初は直ぐ転校か不登校になってくれると思ってたのに……あんた達は嫌がらせされても何も言わないし、未来さんに至っては毎回当てつけのようにテストでは100点満点、運動はぶっちぎりの成績、オマケにその美貌をクラス中に振りまいて……もう私うんざりなの!」

 彼女のその言葉を皮切りに、男2人はこちらに歩を進めてきた。

「過去! 逃げて! ここは私が何とかする」

 未来は私を手で制しながら身構えた。どうやらこの人数に1人で立ち向かおうとしているらしい。

「で、でも……」

「早く! 貴方さえ……貴方さえ無事なら、私は大丈夫だから──」

 残るべきか、彼女の言う通り逃げるべきか頭を抱えていた時、いつもなら誰も来ない教室に見覚えのある人々が屋上に流れ込んできた。

「私達も手を貸すよ」

 そこに居たのはクラスメイトで、どうやら助けに来てくれたらしい。

「ごめんね、私達が弱いせいで。あんなちっぽけな存在に歯向かうことすらできなかった。もしターゲットがこちらに向いたらなんて怯えるばかりで」

 彼女はクラスの代表で、人1倍ルールに厳しい規律を守る子であるが、心が弱い故にいじめを止められないでいた。

 そんな彼女がクラス全員を引き連れて助けに来てくれたのだ。

「でも大丈夫。今度は私達が助けるから。貴方達のおかげで立ち向かう勇気が出た。あんなにも酷い仕打ちをされて尚も立ち上がる貴方達の姿を見て」

「みんな……」

 圧倒的に不利かと思われたこの戦いは、クラスメイトの加勢により一瞬にして形成逆転した。

 クラスメイト含め私達の視線が一斉に彼女らに向かう。

「お、おい!こんなの聞いてねえぞ!」

「う、うるさい! 戯言はいいからさっさとやっちゃってよ!」

 人は追い詰められると仲間内を始めるらしい。

 一通り仲間内が終わると、彼女らは尻尾を巻いて屋上から去っていった。

「「…………」」

「終わった、の?」

 私は未来に問い、顔を見合わせる。

「そ、そうだよ! 私達勝ったんだ!」

 あれだけの屈辱を味わえば当分彼女が嫌がらせしてくることはないだろう。もし私が彼女なら学校にすら行きたくなくない。

 しかも今まで2人だけで戦っていたのが今ではクラスメイト全員が仲間に加わってくれた。

 この団結力があればもう何が来ても怖くない。私達はクラスメイトと歓声をあげ、抱き合い、この喜びを分かち合った。

 

──皆んな、元気にしてるかな。

 家の直ぐ近くまで来ていた電車によって、私の回想は終わりを告げた。

 残り2駅、私は回想の余韻に浸りながら未来と私が写っているケータイの待ち受けを眺める。

 あの後再びいじめが起きる筈もなく、私達は楽しい学園生活を堪能していた。

 高校のクラスメイトとは大学の時にあった同窓会を皮切りに、今も連絡をとっているのは特に親しくなった数人だけ。

 今年で20歳を迎える私は就活で忙しく、それは多分皆んなも同じだ。仕方がないと言えどやはり寂しい気持ちに苛まれた。

 こんな時側に居てくれたらとても力強い人を私は知っている。名は相園未来。私の1番大切な人だ。

 彼女は強くて、頭が良くて、勉強ができて、可愛くて。孤独だった私に友人として接してくれた。

 そんな彼女は私が生まれて初めて手に入れた1番であり、今もそれが生きる糧になっている。

「今頃元気にしてるかなあ」

 私の人生において1番大切な人。今日は過去を思い出したことで猛烈に未来に会いたくなっていた。

 でもそれは叶わない。なんたって彼女は今空の彼方にいるからだ。

 手が届かない。私の力ではその距離はいつまで経っても縮まらない。

──まもなく、池崎〜池崎です。お出口は右側です。

 遂に目的の駅に到着したらしい。私はこんなことではダメだと頬を強く叩き、電車を降りた。

 外はすっかり暗くなっており、寂しい私の心をより孤独にする。

 早くこの場から離れたいと思った私は急いで私の住んでいるアパートへ向かった。

 暫く走って、走って、やがて疲れて走るのを止めた。

 家に帰ったらご飯を作って、風呂に入って、歯磨きをして、明日面接に行く会社の準備を済ませて就寝する。毎日この繰り返し。

 終わりのないこの生活。周りが就職する度に焦りが増していく。

「未来……」

 走って疲れた私は近くにあった公園のベンチに腰を掛け、少し体力を回復することにした。

 逃げ出したい。何もかも捨てて。そんなことを休みながら考えていると、私のスマホに1通の電話が届いた。

「知らない番号……」

 こんな夜中に誰なんだろう。何かセールスの電話だと思い電話を切ろうとしたが、今日は何故か出てみたい気分だった。

 セールスでも何でもいい。私とお喋りをしてくれたら今の気が紛れるかもしれない。

「はい。過去です」

 私は電話に出た。しかし出てきたのは思いもよらない人物であった。

「久しぶり! 過去!」

 ノイズ混じりの声であるが、確かに聞き取れる懐かしい声。

「未来!」

 私は立ち上がって喜びを露わにする。その声にびっくりしたカラスが何匹か木々に羽をぶつけながら空に飛び上がった。

 電話の向こうからは数人の声が微かに聞こえ、男性と女性、どちらとも英語で喋り合っている。

 そう。彼女は数年前からアメリカに移住し、今は宇宙飛行士となって空の彼方に居るのだ。

 前も言った通り彼女は何に関しても優れており、宇宙飛行士やそれら研究者になるのは当然の定めだったのだろう。

 彼女がまだ地球に居た時はまだ連絡を取り合っていたが、今彼女は宇宙、てっきりその連絡手段は無いものだと思っていた。

「サプラ〜イズ。びっくりした?」

「ほんっっっとうに! でも電話を掛けてくれてありがとう!」

「どう? そっちは上手くやってる?」

「ま、まあまあかな」

「ふ〜ん。まあいいけど」

 嘘である。私は友人を悲しませないと咄嗟に見栄を張ってしまった。

「あまり根を詰めすぎないでね。人生なんて何となく上手く行くんだから、出来るだけ手を抜いて、が大切なんだよ」

「分かってるって」

「それでもダメな時は私に言ってちょうだい。そこが例え地球の反対側だったとしても、宇宙だとしても私はいつでも相談に乗るから」

「ありがとう」

 彼女と話したことで今までの悩みがまるで嘘かのように吹き飛ぶ。

「まあ過去が元気そうで良かったよ。それから──」

 未来が何かを言いかけた時、電話の向こう側で誰かに呼ばれたらしく微かに未来が英語で他チームメイトと喋っている声が聞こえた。

「ごめん! もう電話切らないといけないみたい。さっきの続きだけど、身体には気おつけて」

「うん!」

 込み上げる涙を抑えながら私は電話を切った。やはり別れというのは悲しい。

 次彼女と会えるのがいつか分からない。それでも私は今話して何年も待てるだけの勇気とやる気を貰った。

「よーし! 頑張るぞー!」

 私は大きく背伸びして帰路に着く。未来も頑張っているんだから私も頑張らないと。


──私は秀でた才能のない凡人だ。でも唯一、人に自慢できることがある。

 それは世界で私だけが持っている、特別な友情という1番。私はあの日、未来の1番になった。




 









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