弔花‐CHOKER‐

BOA-ヴォア

TRAILER

トレーラー1 JOY DIVISION

レンガ造りの下水路、一人の男が息を切らして走る。

(はぁ)

 (はぁ)

    (はあ)

慌てた様子で、大きなカバンを抱えている。

静かな空間、彼の革靴とレンガが打ち付けあう音が、断続的に響いている。

(かつ、かつ)

(かつ、かつ)

ある時点から、革靴の音が途絶えた。

革靴の持ち主である男の表情は、絶望であった。


男が見つめているのは、レンガでできた壁だった。

何かから逃げてきて、壁に当たった。


袋のネズミとは、よく言ったものだ。

下水道で何から、盗んで来たバックを抱えて、下水道に逃げて……壁に当たる。

まるで、ネズミ。


男は、絶望する。

袋のネズミになったこと、窮鼠猫を嚙むことができないこと。


(こつこつこつ)

後ろから、複数人の足音が響いてくる。

迎えが来た。

「ひゃあ」

情けない声を上げて、腰を抜かし、しりもちをつく。

下水が飛び散る中、後ろへと振り向く。


振とり向いて、目を見開いて……さっきよりも、冷や汗を垂らす。

下唇が小刻みに震えてしまう。


男が見たのは、

カーキ色のトレンチコートと軍棒をかぶった兵士たち。

そのコートの襟には、無数の煌びやかなバッチが取り付けられている。


「エレギアの部隊が、俺に何の用だ。」


エレギア……それは、20年前の事件がきっかけで設立された、対魔術師機関。

そんな、組織がただの盗人に、何の用なのか。

男は、疑問に思った。


「なぜ、仲間を撃ち殺した。 俺たちは、魔術者ではない。」

男がそう主張する。

嘘ではない。


彼は、魔術や魔法といった類は、全く扱えない。

それなのに、魔術師を取り締まる彼らに、仲間を殺された。


(なぜだ。)


彼の脳裏で、そんな言葉が沸騰する。

「ダンケダルク……この街に来た時……喫茶店で食べたアップルパイがとても旨かった。」

先頭に立つ兵士が語り始める。


一人だけ、帽子をかぶらず、服装も他と違って派手である。

階級が高い兵士なのだろうか。


「?」

男は、先頭兵士の言葉に、首をかしげる。

「喫茶店やバーは、情報収集に優れている。 周りに何がいるかも、民はわからずにベラベラと個人情報を垂れ流す。」

男の顔が青ざめる。

誰かがどこかの喫茶店で、自分たちの悪行を暴露してしまった。

そういうことなのだろう。


「東洋には、こんな言葉がある。 「壁に耳あり、戸に目あり。」」

先頭兵士がそう言うと、後ろでたたずむ兵士たちは、大きな小銃を構える。

「貴様が行った大罪は、すでに把握している。」

先頭兵士が続けて話す。

「魔術者たちへの資金援助、物資提供、情報提供……我が連邦では、裁判なしの極刑に値する行為だ。 だから貴様の仲間は殺した……しかし、それだけでは根本的な解決にならない……」

腰を抜かし、後退りする男にじりじりと近づく。


恐怖で声が出ない中、先頭兵士は腰につけたホルスターから、拳銃を抜き取り男の額に突きつける。

「さぁ、交渉だ……貴様と交渉していた、魔術者サタニストの情報を洗いざらい吐き出せ。

居場所に名前……お前が知っていることすべてだ……交渉に応じれば、お前だけは救ってやる。」

淡々と話す。

長い前髪から覗き込む、鋭い瞳から目が離せない。。

「わかった話す……だが済まない、その前に水をくれないか?」

男が交渉に応じると、先頭に立った兵士は振り返り、部下たちに命令する。

「この男は、自らの罪を償おうとしてくれている。 敬意を表し、聖酒を飲ませてやれ。」

すると後方から一人の兵士が、瓶に入った酒を持ってきて、男に手渡した。

男は、ありがたそうな顔をして、酒を一気飲みする。

そして一息つくと、洗いざらい話始める。


魔術者が、どこに潜んでいるか、名前から容姿まで……そして、ダンケダルクという町全体が、魔術者をかくまっているということを……


男は洗いざらい、話し終える。

「もういいだろ……家に帰してくれ。」

早く家に帰って、安心を得たい。

その気持ちでいっぱいだ。


すると、先頭に立つ兵士は、首をかしげる。

「何を言っているんだ……私は、救うといったのだ。」

「へ?」

再び冷や汗が頭から首筋まで伝っていく。

「神よ、この愚か者をたまへ、来世で同じ過ちを繰り返さぬよう……神の加護が付きますように」

先頭兵士が、そう呟きながら拳銃を向ける。

背後の兵士もつられて、ゆっくりと照準を男のほうへと向ける。


先頭の兵士は、腕解けを見つめると、「7月1日午前2時41分11秒……神罰執行!」といった。

薄暗い下水道に、閃光と銃声が響き渡る。

何発も何発も……やがて音が鳴りやみ、煙が通り過ぎていくころには、男の姿はなく。

そこには、ぐちゃぐちゃになった肉塊だけが残っている、その肉をドブネズミがむさぼり始めている。

「見ろ、やはり奴は、救われなかった……さぁ行こうか、我ら神聖なる部下たち……ダンケダルクに潜む、サタニスト及び、裏切者ユダリストへの神罰執行が待って居いる。」



兵士たちは、煙に紛れるように、下水道から姿を消す。

肉塊をむさぼるネズミたちは、兵士たちの存在に気づかない。

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