第350話
呼びたい人物が居たら纏めて連れていくと請け負い、その場を後にした。タクシー運転手を誘って茶を飲むことにし、サルミエらが居るところへ向かう。
「待たせてばかりで悪いな」ベトナム語で話しかける。
「旦那のお陰で七日分の稼ぎでしてね、感謝してます」
飯つきだとは敵いませんななどと浮かれていた。気持ち良く働いて貰えたなら島もそれで構わなかった。
「この国のリゾート地域といったらどこだろうか」
米で出来た麺を吸い込みながら尋ねる。外国とは違った地域が人気かもしれないからとの調査だ。
「ニャチャンでしょう、カムラン空港から一時間位です」
南東部のどこかだったかなとの朧気な記憶だけがあった。
「どんな場所?」
「高官御用達のビーチだったけど、政変があってからは金持ちが利用するように。夢の世界ですよ」
それだけ官が力を持っていた時代があったと口にする。更に遡るとソ連軍、その前はアメリカ軍の保養地でもあったらしい。
「なるほどそいつは良いな。気が滅入っている親父殿にと思ってね」
「親孝行ですか、そいつは良いや。何なら地元のガイドを紹介しますよ、旅客業は横の繋がりがありましてね」
胸ポケットからすっと紙幣を取り出し運転手に握らせる。受け渡しも随分スマートになったと自嘲した。
「融通がきくベテランでお願いするよ」
「研修で一緒だった、グエン・ホアン・スンを紹介します」
カムラン国際空港から南に四十数キロにニャチャンリゾートはあった。運転手の説明通り軍が港として利用していたらしい面影が残る。
到着時間に合わせてガイドが駅で待っていた、自身の名前をカードに書いて掲げるのだから笑い話である
カムラン国際空港から南に四十数キロにニャチャンリゾートはあった。運転手の説明通り軍が港として利用していたらしい面影が残る。
到着時間に合わせてガイドが駅で待っていた、自身の名前をカードに書いて掲げるのだから笑い話である。
「グエン・ホアンさんですか?」
「ええ、よろしくお願いします」
「私もグエン・ホアンでして。スンとお呼びください」
最高の話題を貰えているので滑らかに会話が進んだ。明らかに場違いなサルミエ中尉らには、ニャチャンでの休暇を言い渡してある。幸いにして英語やロシア語が比較的通じるようで安心した。
「俺がホストだ、ダオで呼んでくれるかなスンさん」
大男が一人混ざっていて非常に目立つ。折角なのであのアオヤイで身を包んでいた。ベトナムにも稀に大男は居る、軍人でも将軍に巨漢が居たものだ。一方でメイファは小柄で百四十センチ程しかない、高校生というからもう少し伸びるかも知れない。叔母ははしゃいでしまって超がつくご機嫌ぶりで、しきりに島を褒め称えた。
――こうも言われたら逆に不気味に聞こえてくる。
軍の保養地だったのは過去のことではあるが、軍人が利用するのは今でも変わらなかった。子供時分に親に連れられてきていて、今は家族を連れてなどざらだ。ベトナム軍が警備にあたれば客は来なくなる、かといって問題が起きるのは日常茶飯事ときたらニャチャンとしても困る。
「特別区にして治安維持を外注してしまえば?」
誰かがそう言った。自治権を渡すのではなく、警察官補助員として警備をさせるとの意味合いで。国家的に中国やアメリカ、ロシアは候補から真っ先に消えた。フランスもイギリスも一世紀前を考えると不安があったようだ。隣国はもっての他で考慮すらされない。
結果、スイスやスゥェーデンなどの中立政策をとっている国から、警備会社を呼び込むことにしたらしい。特にスイスからの警備は、紛争地帯で負傷したりして最前線で勤務が出来なくなった、ドロップアウト組の受け皿として重宝しているそうだ。
一部の客からの苦情があり、見た目で身体的欠損がある人物は場にそぐわないと拒否されたようだが。外国人が多数居るので警備も意外と目立たない、そんな印象がある。
ニャチャンホテルに荷物を持ち込み、ドリンクを一杯手にする。ビーチはすぐ目の前で、ショップも近くにある最高の立地に満足した。
「スンさん、何かイベントがあったりしますか」
「ええあります。定期でショーを開催したり、匿名の有志によるスポットが」
「スポット? 具体的には」
何があるのか興味を持った。良ければ自分もやってみようと。
「何からのコンテストであったり、フリードリンクサービスであったり、夜には花火なども」
――意中の人物が優勝するように仕組むわけか、匿名も使い途だ。花火は良いな俺も注文するか!
「花火ですが、どんな種類が?」
「基本的には開催には百発以上と準備に一日必要です。打上の種類は幅広い内容が」
気になるならば専門に案内しますと言われ、そうしてもらうことにした。匿名の有志とやらに名を連ねてホテルに戻る。あちこち探したが皆が見当たらない。
――ビーチかな、折角だから見に行ってみるとするか!
見付からなくとも夜には戻るだろうから、大して気にはしなかった。
右も左も水着姿で一杯であった。アオヤイからゆったりしたシャツに着替え、サンダルに履き替えて歩き回る。サンダルとはいってもきっちり足に巻き付けるタイプを選んだ。
――どうしても緊急時のことを考えちまうな!
職業病だと呟き目の保養を兼ねてうろつく。リゾート地などは誰しもが気持ちがおおらかになる、そうだとばかり思っていた。
少し周りが距離を隔て騒ぎ立てる男をチラチラと盗み見る。対応しているスタッフの女性がしきにり頭を下げて宥めている。
「どうして私の船が入れないんだ!」
肥満した中年男がスペイン語でがなりてている。どうやらその若い女性スタッフしか近くに理解者が居ないらしく、他の客の迷惑になるからと説明しても聞かないようだ。
「こちらは海水浴用のビーチなので、クルーザーは入れないんです」
泣きそうになりながら繰り返すが、海は皆の物だから自分も使うと強気で文句を言う。
――まったくどこのどいつだ困った奴は。見た感じはアジア系中南米人か、単にスペイン語を喋る中国人かも知れないな。
「セニョール、何かお困りですか」
見かねて間に割って入る。百歩譲ったとしてもスタッフに文句を言うつもりはなかった。
「おお、このビーチをクルーザーで楽しもうとグアテマラからやって来たのだが、他所でやれと」
「ビーチ区画の外れか、沖合でお願いしています」
スタッフが危険だからとまた繰り返した。確かにこんなごった返した場所に船が来たら事件になる。
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